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体が軽い。その喜びのままにミグは起き上がりベッドから駆け出す――はずだった。
「ぎゃふんっ!」
全身からうそのように力がみなぎっているのだが、足が棒と化しまったく言うことを聞かなかった。想像とはほど遠く、ミグの体はベッドから一歩も出ることなく倒れて、惰性で床にずり落ちた。
まだ意思との同期が済んでないんだな、と〈名もなき石〉が言う。自分の声だから余計に腹が立つ。そういうものならもっと早く説明して欲しい。よく考えなくても今ものすごく恥ずかしい状況だ。あたりの沈黙が耳に痛い。
おそるおそる顔を上げると、ヴォルのねじれた前髪をわし掴み、そのお返しに頬をつねられているヴィンと目が合った。
「ぐうた!」
「ミグおねえちゃん!」
「ミグ……」
ヴォルを突き飛ばしてヴィンが駆け寄ってくる。急ぐあまりつまずいたヴィンを、ナキの小さな体が追い抜かして一番に〈六重・防護壁〉へ張りついた。一拍遅れて辿り着き崩れるようにひざをついたヴィンの隣で、首長レゾンも驚きと安堵の入り交じった表情でミグを見つめている。
転がった小太りの体が壁に激突したところは誰も見ていなかった。
「ミグ……!」
最後に懐かしい声がした。その声を聞くだけで楽しくて幸せだった子ども時代へ心が戻り、今を取り巻く柵を越えて切なくも美しい郷愁を運んでくる。子が母を求めるように目を凝らす先で、ヴィンとレゾンを押しのけ桃色の髪がふわりと揺れた。
「テッサ……!」
ミグを見るなりくしゃりと笑ったテッサの目に涙を見つけると、ミグも止まれなかった。あっという間にぼやける視界を拭う間もわずらわしく、手をつき足を引きずり床を這っていく。
足首にはめられた枷の音なんて気にならなかった。オレンジ色の壁に両手をつき、暖かな涙を流して待っていてくれる人の元へ迷わず進む。
鎖は〈防護壁〉まで一歩届かなかった。ミグは繋がれた足をベッドのほうへ投げ出し、身を光の壁へすり寄せてなんとか指先だけ触れる。テッサも額をすり寄せて、壁越しに手に触れてくれた。




