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けれどゼクストに引導を渡したのは娘のミグではない。帝国の植えつけた魔石に乗っ取られたミグだ。そんな形はけして望んでいない。
「私は、せめて自分の手で、やりたかったの」
『お前にできるとは思えないんだな』
ずばりと言われて心が怯む。それを隠すようにミグは水面から体ごと背けて、いっそう強く自分を抱き締めた。
あの時、テッサがゼクストに立ち向かっていった時自分はなにもできなかった。巨体が近づいてきてその腕に首を絞められるまで、体が動かなかった。
自分どころかテッサまで死んでいてもおかしくなかったのだ。そんな局面に立たされても、ゼクストに向けて魔法陣ひとつ描けなかったミグでは殺せないとわかっていた。
「いいの。それでも。ゼクストに殺されるならそれでもよかった……」
『それこそあいつが報われないんだな。殺せ、と声が聞こえたんだ、ゼクストの心の声が。やつの魂は植えつけられたまがいものの魔石の力に囚われていた。自分ではどうすることもできなかった。だからまがいものの心臓を取り出して自分を止めろと、言ってきたんだわ』
父ならそう言うかもしれない。思ってしまったら涙があふれてきた。けれどミグは首を横に振って、自分に都合のいい考えを散らす。
「てきとうなこと言わないで。私にそんな声は聞こえない」
『……だったらあの声は聞こえるか?』
不思議な問いかけに誘われて顔を起こすと、水面の中のミグの姿をした〈神の意思〉は赤い目を上に向けていた。つられて天井を見上げると、膜を隔てたように不明瞭な声が降り注いでくる。反響がひどくてうまく聞き取れない。
「だれ?」
『さあて。それは起きて自分で確かめてみるんだな』
「神様なのに意地悪だね」
そう言うと〈神の意思〉はとぼけた顔をして目を逸らす。なに、と鋭く問うと赤い目をした自分は奇妙に笑った。水よりも粘度を持った液体の中で笑っているような音だった。
『〈神の意思〉も他人が決めた呼び名なんだな。こっちは神と思ってない』




