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魔法学――ドラゴンの知識さえ人は発展の肥やしにしている。文句を言ってその恩恵を手放すことなど今さらできるはずがない。レゾンはヴォルに目配せし、軽く首を横に振った。今は聞き流すことにしておく。
「そうか。さっきマグマの中にいたと言っていたが、帰る気はないのか?」
『そりゃまた静かに暮らせるもんならそうするんだな。だがミグが燃え尽きるんだわ』
「きみが彼女から離れればいい。そのための術があるなら協力する」
『ない。こっちと離せばミグは死ぬ。それは許さない。鎖も早く解くんだな。さっきから動きにくくてかなわん』
にわかに苛立ちを表しはじめた赤い目に捉えられたとたん、レゾンの視界は歪み頭が熱にやられたように鈍痛に襲われた。思わず折れた体にヴォルがすかさず寄り添う。少女へ銃口を向けようとした腕をレゾンは強く押さえつけた。
〈六重〉の壁越しでもなおこれほど強い魔力にあてられたのだ。そのつもりならレゾンとヴォルは、薄朱色の弾丸が届く前にやられる。戦ってはいけない相手だ。
上手く立ち回れ。そう自分を奮い立たせてレゾンは深く呼吸し、うっすら笑みを浮かべた。
「もちろん鎖は外す。ただ私たちもミグの体が心配でね」
『殺そうとしておいて?』
「ミグを殺したかったわけではないよ。我々はきみに怯えているんだ、〈神の意思〉。たとえばきみの力でミグの心臓を正常に治しつつ離れることもできないのか?」
『ない』
〈神〉と呼ばれる絶対的な魔力を有する存在にも、覆らない理があるのか。疑念に思ったレゾンはしかし、次の言葉でそっけない返答の真意を知る。
『ミグに心臓はもうない。同じ人間に取り除かれた。失ったものを蘇らせる代償は大きい』
レゾン。と、ふいに呼びかけられて肩が跳ねる。頭の整理が追いついていなかった。
『なにに替えてもという覚悟が、お前にはあるのか?』
白く焼かれた頭の中を掻き回しても、答えは見つからなかった。




