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「そうか。我々人間に少しは興味を持ってもらえているようで安心した」
鎖の音がぱたりとやむ。そして少女は唐突に『人間は弱い』と吐き捨てた。遠くを見つめるその眼差しに、レゾンはあえて口を挟まずひたと視線を注ぐ。
『マグマの中で眠っていたら、人間がぽろりと落ちてきた。迷惑だから帰してやったのに、そいつはまた来て焼け死んでいった。すぐにあたりを探ってみたが追っ手はいない。そいつは自ら死んだのだとわかったんだな。不思議だわ。自分から死にたがる生物なんて人間だけだぞ』
ぽつぽつと語られる情報を整理しながらレゾンは苦笑を浮かべた。今まで考えてもみなかったが確かに生物として人間だけは様々なところが歪んでいる。他者の目にはそう映ってもおかしくない。
『だが、うれしそうに死んでいく人間はいないとある日気づいた。人間は死にたくて死んでるんじゃない。人間をやめたいだけなんだな。だからやめさせてやった。落ちてくる人間全部、翼のある獣に変えたんだわ』
「は……? 翼のある獣だと。その言い方、まさか鳥ではあるまい」
そう言ってレゾンの目は赤い眼球から逸らせなくなる。この色と同じ光彩を持つ生物は世界に唯一。
「ドラゴン、なのか。きみがドラゴンを生み出した?」
かつてドラゴンに襲われどれほどの人々が死に、いくつの町や国が滅んでいったか。その時代に生きていなかったレゾンの中には、怒りになりきれなかった驚きと虚しさが込み上げてきて困惑させる。
少女は『人間はそう呼んでいたんだな』と肯定を返し寝返りをうって、ベッドについたひじの上にのんきな頭を乗せて微笑んだ。
『翼があればもう落ちないんだわ』
混じりけのない声と表情だった。いっそ悪意のひと欠片でも忍ばせてくれれば、レゾンは犠牲者に代わって怒鳴りつける言葉も浮かんできただろう。
しかし人間がドラゴンに怯えていたのはもう百年以上も前の話だ。加えて現代の魔法の知識はすべてトリックスターを介してドラゴンから得たものだった。




