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「あー。〈神の意思〉よ。ひとまず自己紹介させて欲しい。私はこの国の首長レゾン。そして横にいるのは秘書のヴォルだ。きみに名前はあるのだろうか。このまま〈神の意思〉と呼んでも差し支えないだろうか」
しばらく反応を待っていると、枷のついた少女の足がだらんとベッドから垂れた。それを気ままにぶらぶらと振りはじめる。ついてくる鎖が石畳の床とぶつかる音は実にわずらわしかったが、それが楽しかったのか動きはどんどん激しくなっていった。
耐えかねてレゾンは中指を突き出した拳で〈防護壁〉を叩く。音というよりは触れたことで広がった魔力の波紋に気づき、赤い目がくるりと向いた。
今さらながらその赤にゾッとする。眼球が傷ついて、水晶体の中に血が溜まっているかのようだった。
瞳孔の下に黄金色の光彩が怪しく差している。こんな色彩はまず人の目ではない。
『なんだ、まだいたのか。鎖を取るつもりなら、ほれ。勝手に取るんだな』
気が済んだと言って話も終わらせたつもりだったのか。鎖も勝手に取れと口にしながら、足を止める気配は一向にない。その気まぐれな振る舞いは人との接し方を知らない幼子に似ていた。
「ではこうしよう。鎖を外す代わりに、私の質問に答えてくれ」
少女はパッとしない表情でわずかに首をひねった。気位の高い女性が話してもいいかしら、と考えあぐねるような間だった。レゾンはその沈黙を都合よく受け取り、すかさず口を開く。
「きみに目的はあるのか? その少女、ミグの体を使ってやりたいことは」
『ないな。あえて言うなら人間観察なんだな。特にゼクスト、あいつは意味不明で飽きない。赤の他人を助けたばかりに早死にしたくせに、いまだミグを案じている。やつの魂を近くに感じるんだな』
そう言ってレゾンを通り越し、部屋の隅を赤い目が見つめるものだからつい振り返ってしまった。当然そこにはなにもいない。視界の端でヴォルがぶるると震えた。そういえば秘書はこの手の話を苦手としていた。




