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今まで誰と喋っているつもりだったのか。レゾンの返事も自分のひとりごとだと思い込んででもいたのか。真剣な顔でどこか古めかしい口調を使い、無邪気に繋がれた裸足を差し出してみせるその存在をレゾンは奇妙な目で見た。
『それにしても〈神の意思〉なんてよく知ってたんだな。わかるか? ん? 意思と石をかけてるんだわ!』
水を打ったように恐ろしい静寂があたりを支配する。
『だあーっはははは!』
一拍後、ひとり腹を抱えて爆発した笑い声がますます恐怖で、レゾンの背は悪寒に震え目元はぴきぴきとけいれんした。奇妙な、なんて言うのはひかえめな表現だったと頭を抱える。想像の斜め上を突き抜けていってもうついていけない。
「恐ろしい。これが〈神〉か。予想とは違う意味で話が通じるとは思えない」
「銃じゃなく、笑いの沸点が低い通訳を連れてくるべきだったとは、なかなかやりやがります。レゾン様、ここはこっちも一発ダジャレをかましてやらないと空気に呑まれますぜ」
「やめろ! 清廉潔白、月下の麗人と言われるこの私がそんな辱しめなど……!」
ひじで小突いてくるヴォルに気を取られていると、大きなため息が聞こえた。見ると今さっきまで笑っていた少女は目をどんよりと濁らせ、眠たそうにまぶたを閉じかけている。そのまま少女の四肢はベッドマットに投げ出され、片手を枕にくつろぎはじめた。
『ここんところひとりで退屈だったから、変に興奮してしまったんだな。もう気が済んだ』
言葉尻があくびに吸われて間延びする声を聞きながら、レゾンは内心で九死に一生を得た! と叫んだ。ヴォルの出任せに乗せられていたら、ここで果てたいほどの恥をかいていたところだ。
目的のためにはやむなしか、とちょっと考えた悔しさを偶然そこにあった足を踏んで晴らす。
しかし落ち着いた〈神の意思〉は天井をぼんやりと見つめるばかりだった。眠たいというよりはまるでこちらに関心がない。これはこれでやりにくさを感じレゾンがヴォルに視線を送ると、下唇をぎゅっと釣り上げてあごと眉間にすごいしわを寄せていた。
そんなに痛かったか。すまん。




