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ふと、テッサにすがり泣くナキの姿に黒髪の少女が重なって映り、レゾンは目を見張った。そんな少女は知らないはずだ。どこかで会っていたとしても今思い出す必要はない。幻を見たような衝撃にドクドクと走る胸を押さえ、唐突に思い至る。
黒髪の少女は〈レティナ〉の中にいた。ちょうどナキと同じくらいの年頃だった。わけもわからないまま実験に利用され、魔石を埋め込まれ――あの子もまた、今目の前で泣いているナキと同じだ。それなのに世界は、自分は、かわいそうと思いながらさらなる責め苦を与えようとしている。
プロキオン帝国が歪めた道から、少女ひとり救い出せない無力は罪ではないのか。
「レゾン様。顔色が優れませんね。この先は私の口からお話ししましょうか?」
秘書ヴォルから指摘され、レゾンはひとつ深呼吸した。申し出を魅力的だと思ってしまった心を叱咤して、いやと断る。
ヴォルは人の嫌そうな顔を見るとわくわくする変わった趣向の持ち主だ。だがら嫌われ役もよく買って出る。
けれどヴォルだって人から嫌われてまったく傷つかないというわけではないとレゾンは知っている。
「いいんですよ、無理しなくても。どうせ責任はあなた持ちなんですから」
軽く言ってくれるヴォルにレゾンは苦笑った。嫌われて傷ついてもいいと思うのは、その傷の重さはレゾンに比べれば大したことなく済むからだそうだ。ヴォルの存在は緩衝材よりは役に立たないが、いっしょに怒られてくれる者がいるというのは少しだけ心が軽くなる。
忠実な部下というより悪ガキ仲間。レゾンにとってヴォルはそんな存在だった。
「わかった。お前も怒られてくれ」
「よしきた。テッサ様? 我々はその少女にまだ用があってですね。つまり誰が、なんの目的で、スパイを仕向けたかってことなんですよ。それについてかるーく質問させて頂いたら、すっかり怯えられまして」
「最低です」
ナキをぎゅっと抱き寄せてぴしゃりと断じるテッサに二の句もなく、レゾンは目を覆いたいのを堪える。しかしこの程度の冷風なら笑って受け流すのがヴォルという男だ。




