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イスと床がこすれる慌ただしい音につづき、駆け寄る足音とヴォルのバツの悪そうな短いうなりが聞こえたが、レゾンは振り返らなかった。振り返らなくともテッサがどんな目で自分を見ているかわかる。
「少女の右目は摘出した」
だからこそレゾンは堂々と言い放った。「なんてことを……!」と非難されようと、自分が取った選択は正しいと信じている。そしてそれをテッサにも証明しなければならない。
「彼女の目も〈レティナ〉だったのだよ。その機能を停止させるには体から切り離すしかなかった。彼女の意思とは関係なく、自動的に魔力を消費し動きつづけるよう設定されていた」
そして、と言葉をつづけるレゾンの視線の先で、ガゼポに寄り添って植わるサザンカの花が強風に乗ってひとつ落ちていった。
「〈レティナ〉に仕組まれた魔法陣を解析した結果、少女が見た光景は映像として記録されるのではなく、対の〈レティナ〉に常時転送されていたと判明した。これだけの技術に加え、少女本来の目に限りなく寄せて造られた巧妙さは単なるいたずらでは済まされない。これがどういうことかわかるかね、テッサ王女」
「ナキさんが、スパイだと仰りたいのですか」
「私はそう見ている」
予想よりも落ち着いたテッサの声に振り返ったレゾンだが、すぐに後悔した。ふわふわのパンのように丸みを帯びた愛らしく儚い手が、必死にテッサの腕にしがみついていた。繊細な白金の髪が波打つ肩は震え、小さな体はもっと小さく見せようと強張っている。
きっとナキに悪意はない。埋め込まれた魔動機のこともその目的もよくわからないまま利用されている。少女の目には眠っているうちに片目を取ってしまったレゾンのほうが恐ろしく映っているだろう。
「テッサおねえちゃん……」
涙に濡れた声が、はなをすする音が、レゾンの怒りを呼び覚まし拳を固く握り込ませた。無知で無垢な少女から片目を奪わせた黒幕への憎しみが募る。
幼い心に刻まれた傷は治癒魔法で癒せるものではない。この先もずっとナキは右目を鏡越しに見る度に、この風の強い時の中へ巻き戻されるのだ。




