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舞い上がった近衛兵長のマントが静かに下りて信じられない光景が目に飛び込んでくる。ラッセンがジタン王の体を光の柱に押しつけていた。ふたりの足元に血が滴り、ジタン王が苦悶の表情を浮かべている。噛み締めた歯の隙間からひと筋の血が流れた。
王の震える腕がラッセンに向かって伸びる。しかしその手は親しみを込めてラッセンの首裏を引き寄せた。
「戦友よ。お前を修羅に変えたのは、なんだ……」
「実家に帰っていた、身重の妻と娘が……人質に、とられました……!」
ラッセンの声は涙に濡れ、肩が震えていた。
「俺は、はあっ、はあっ、はあっ! 見捨てられなかった……! 妻と娘は、俺の……俺の……!」
「なによりも守りたい宝だ。わかっている。お前は悪くない……」
「ジタン様っ、我が王よ……! どうかお許しください! この、よよ弱い俺を……どうか!」
身を引いて王にすがりついたラッセンの体の隙間から、ミグはジタン王の胸に深々と突き刺さる剣を見た。言葉を失う。体中から一気に熱が逃げ出して寒さに凍える。
思考までもが氷に閉ざされようとした時、幼なじみの声がその薄氷を叩き割った。
「おのれえっ!」
怒りに染まった低い絶叫は到底、可憐なテッサのものとは信じられなかった。ミグが見開いた灰色の目の中で、剣を抜いたテッサはその刀身に水をまとい円卓を踏み越えてラッセンに踊りかかる。
「テッサ! ダメだよ!」
叫ぶが、すでに踏みきりラッセンのことしか見えていない友は止まらない。ためらいなく振り下ろされた水の斬撃を、ラッセンは目を閉じて受け入れた。
近衛兵長の鎧から首が落ちて床に転がる。それを追うように旧友の体はゆっくりと倒れた。
「お父様しっかりして! ミグ、治療を! 早く!」
気づけば遺体に釘づけとなっていた目を剥がし、ひと足早く治療の魔法陣を剣先で描いているテッサに加わった。しかしふたりの手を他でもないジタン王が止める。
「よしなさい。手遅れだ。魔力を無駄に使うな……」




