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ハッと息を呑むかすかな空気の揺れが、闇の世界に滑り込んでくる。
「それなのになんでお前は地下でぐうたを殺さなかった……?」
計算された完璧な美しさを意識してレゾンは微笑み、目を開ける。
「きみと話せてよかった」
言うなりファイルを片づけて席から離れる背を、黙って行かせる相手ではなかった。
「待て! なんでこんな回りくどいことをしたんだ! お前には別の考えがあるのか? それがもしぐうたを見逃すものなら話してくれ。俺も協力する。悪役になってもいい!」
扉に伸ばした手を一度ゆるく握ったレゾンは、ため息とともにそれを下ろした。あとはノックして外で待機する警備兵に開けてもらうだけの扉を眺め、ふと、どうして自分はわざわざ機会を作ってヴィンに会いにきたのだろうと考える。
すべてが決定した今、事実確認などしても無意味だ。無駄なことは嫌いだ。一国の首長なんてしていると時間はいくらあっても足りない。
けれど、行動のちぐはぐさに困惑する頭とは裏腹に、胸は満たされていた。
「これも言ったと思うが、私は判断材料が欲しいのだよ。すべてのね」
「どういうことだ。会議は終わったんだろ」
「会議の決定がどうであれ、私が納得するまで行動してなにが悪い」
そういえばこの男にはひどい侮辱の言葉を贈られたなと思い出して、レゾンは半身振り返り口端でせせら笑った。
「命は、重いのだよ。ヴィン。簡単に割りきれると思うな」
私は帝国とは違う。
決然とした憤りとリゲル国首長の名にかけた誇り、そして亡き盟友への親愛を込め、レゾンは兵士に開けさせた扉を勢いよく閉めた。
窓の外は星まで透かし見えそうなほど見事な快晴だった。白い石柱と花壇の緑に彩られた庭で昼食をとるのも悪くなかったが、今日は風が強い。冬の寒気を運ぶ北風に吹かれては、せっかくの料理もあっという間に冷めてしまうだろう。




