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「歴史を、改変……」
机の一点を見つめたままヴィンは静かに腰を下ろした。ミグが背負わされた事の巨大さに、薄く開いた唇はなにか言いかけるがついに声にならず固く引き結ばれる。
「彼女は、どこの国にも置くわけにはいかない。彼女を手に入れることは、世界の歴史を手中に収めたも同然だからだ。そんなことは五大国もどんな国も許しはしない。話し合うことすら避けるべきだ。でなければ必ず、戦争が起きる。トリックスターの判断が出るまで少々時間がかかったが、我々の答えは必然的にひとつに絞られた」
自分の声がどこか言い訳めいて聞こえてきた時、狭い取調室に乾いた笑いがこぼれた。
「世界の歴史を変える? ぐうたにそんな崇高な思想も興味もねえよ。あいつはただ姫さんを守りたいだけだ。将軍との約束だって今まで律儀に守ってきた。大それた力があったって、あいつに使う気なんか――」
「監視役としてつけたディレットの報告によれば、ミグの意識に混濁が見られたらしいな。まるで別人となったかのように口調も振る舞いも変わったと。つまり彼女の意識は徐々に〈神の意思〉に侵されているか、もしくは圧倒的魔力に抗えない状態だと推測される。ミグにそのつもりがなかったとしても〈神〉が『やれ』と命じたら彼女は逆らえない。加えて精神不安による暴走も見受けられてはとても――」
我ながらよく口が回るものだな、と思いながらレゾンは首元に伸びてくる隻腕を眺めていた。
ヴィンに胸倉を掴まれ腰が浮き、つづきの言葉を塞き止められる。カタンッと物音がした隣室をレゾンは鋭い視線で制した。
「ふざけんな! 一度暴走したくらいでぐうたの全部を決めつけてんじゃねえよ! てめえにだって癇癪を起こした覚えのひとつやふたつあるだろうが!」
きょとんと瞬いて、レゾンはヴィンの顔をまじまじと見つめる。眉を釣り上げて眉間のしわを深くし、険しい目でレゾンを射抜く表情はまさに真剣そのものだ。




