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ヴィンに片ひざをつかせた魔力のせいか、髪ひもが切れたミグの黒髪が肩に流れる。実際には炎風など吹いていないはずなのに、それはさわさわと揺れながら羽のように広がる。
ヴィンは息を呑んだ。〈レティナ〉が見せたゼクストを殺した姿と同じく、目の前のミグの髪も毛先から赤く変わりはじめていた。
「ダメだぐうた! 自分をしっかり持て!」
その赤はミグが自分を否定すればするほど濃く染まっていくように見えた。しかしミグは地面に踏み下ろした足から風を起こし、ヴィンの声を拒絶する。魔法ではない。魔法陣が見えなかった。ほとばしる魔力の威風としか言いようがない。
「私じゃない。こんな世界が間違ってるんだ」
ミグは拳を宙に叩きつけた。するとヴィンのあるはずのない左目を刺すような痛みが襲う。ミグの背後で灼熱の空に亀裂が入っていた。
〈レティナ〉の映像が壊された。ぴたりと止まった火の粉や町を焼く炎を見てヴィンはそう確信する。炎の海に呑まれるベガ国の光景は時折ノイズが走り、醜く歪んだ。
パラパラと映像がガラス片のようになって降り注ぐ。空にあいた穴をミグはゆっくりと見上げた。
「ミグ!」
「ミグ待って!」
そこへシェラとテッサが駆け寄ってきた。今、空間が繋がったのか、それともどこかで同じ映像を見ていたのか。正直ヴィンも〈レティナ〉の映像を広範囲に投影させたことがなくわからなかった。この映像は勝手に流れ出したのだ。
〈レティナ〉が発動する間際に感じた誰かの作為が、嫌な仮説を連れてくる。
この映像をここにいる全員に見せることが、罠を仕かけた目的だとしたら?
「外はまずい。ぐうた!」
だがヴィンが呼びかけた時にはもう、ミグは地を蹴って穴を突き破り外へ飛び出していた。その人とは思えない跳躍に呆然とするテッサとシェラを脇目に、ヴィンは〈レティナ〉の状態を確める。多少、電流の走るような衝撃を感じたが割れてはいなかった。




