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炎の光を赤く艶かしく照り返すその腕が水音とともに引き抜かれた時、長く太い爪の間には心臓が挟まれていた。人とは思えない大きな鼓動音があたりに響いている。驚くことにその臓器は肉体と離されてもなお動いていた。
『また貸しひとつなんだな、ゼクスト。早く返しに来んと、利子もつけるぞ』
ぐらり、崩れた大男は瓦に倒れた拍子に頭がこちらを向いた。軍人らしく短く刈り上げた銀髪、褐色の肌に走る左目の傷痕、見開かれたまま硬直した青い目は虚ろにヴィンを見つめている。ゼクストの亡骸の向こうで歌うように口ずさむ少女は、しげしげと見つめていた心臓を握り潰した。
鼓動が消える。
赤い液体に濡れた頬をほころばせ、ヴィンを映した眼差しの色は異なれどそれはミグに違いなかった。
腕に抱えた体が熱い。
「うそだ……。うそだうそだうそだうそだ」
「ぐう――」
低く、血へどを吐くようなミグの声に、ヴィンは肩を持って顔を覗き込もうとした。その手の甲に痛みが走る。怯んだ体を突き飛ばされ一歩、二歩とミグから距離があく。手の甲には赤く血がにじんでいた。その向こうでヴィンをにらみ上げるミグの目も赤く染まっている。
あり得ない。この世でその瞳を持つのは唯一、ドラゴンだけだ。
「あれは私じゃない。私はやってない、知らない。あの子なんだ。あの子のせいなんだ全部ぜんぶ、あの子が勝手に、ううう! あの子のせいで!」
「あの子? 落ち着け、ぐうた。将軍は正気じゃなかった。お前も襲われたんだ。仕方なかった。やらなければお前がやられてたんだ」
「仕方ない? ちがう違うチガウ! 私はやってない! 私じゃない!」
赤の目に金色が差し黒い影が浮き上がる。血のように真っ赤だと伝え聞くドラゴンのそれとは少し様相が違っていた。
しかしひと度にらまれただけでヴィンの背筋に怖気が走り、くらりと意識を持っていかれる。まるで無理やり高魔力を体に流し込まれたあの実験の時のような感覚だった。




