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「ダメだ見るな!」
震える体を掻き抱いてヴィンはミグを自分の胸に押さえつける。
『胸部がまだ露出していますが』
『幼い体には少し大き過ぎましたね。なに、成長とともに馴染んでいくでしょう』
しかしどうしても会話までは振り払えず、強く閉じたまぶたの裏に焼きついた記憶が瞬く。
連れ去られてきた時のまま、一度も着替えていない少女の薄汚れたワンピースの胸部は血に濡れていた。軍人の腕の中、ぐったりとして動かない少女を見て少年はついにひとりになってしまったんだと絶望した。
けれども白衣の連中は少女の体をまた箱に戻した。壁の色はオレンジ色に変わり、血溜まりが黒く映る。仰向けに寝そべる少女の胸に見慣れない突起があった。それは時折強く光り、どういうわけか壁越しでもその赤がはっきりとわかる。
ナイフで殺されたんだ。悲しみよりも次は自分の番だという恐怖に取り憑かれた目の端で、投げ出された少女の指がぴくりと動く。自分の目を疑う少年の鼓動はどんどん早くなっていった。少女の手はなにかを掴もうと浮かび上がりさ迷う。
少年は走る自分の鼓動が、突起物の明滅と重なっていることに気づいた。瞬間、少女の目が見開かれる。胸に突き刺さる異物と同じ、〈防護壁〉の光を弾くその赤い眼光はヴィンを見つめて無邪気に微笑む。
骨が浮き上がる手を差し伸べられてヴィンはあとずさり、少女から目を背けた。
『ちがう。あれはもう人間じゃない。バケモノだ』
顔を覆い、荒い息とともに震える唇からもれた言葉は、どうしようもなく浅ましく醜かった。
『ああ、自分じゃなくてよかった……』
この数日後、箱を壊した将軍――ゼクストがミグを助け出した。ただひとこと『すまない』と言って置いていかれたヴィンは、そこではじめて自分の愚かさに気づいた。
罰だと思った。いっしょに連れていってくれなかったことも、諦めて帝国の駒に成り下がったことも、ミグがなにもかも忘れていたことも。謝ったところで首をかしげられるどうしようもないこの罪悪感に、一生焼かれつづけることが報いだと自分を嘲笑してきた。




