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黒髪の少女を見つめたまま少年の自分は動かなくなった。生きているものが彼女しかいなかったから、そうして少しでも生を感じたかったのかもしれない。
やがて少女も気づくが、その足取りはひどく覚束ない。長い監禁生活と栄養不足のせいだ。特に筋肉の発達が進んでいない少女の衰えは顕著だった。
「名前は……家はどこ……」
伝わらないと知りながら口にしたあの日の言葉をなぞる。少女は自分よりも大きなヴィンの体や明るい髪色を珍しそうに見るばかりだった。
よく動くわりに少女の表情は乏しい。でもその目が自分を映している。自分に反応している。それだけでヴィンは言い知れない安堵を感じられた。
そして少女の目は、なにげなく壁に置いていたヴィンの手を見つけ、小さな手を重ね合わせた。
「はじめての、会話だったな」
思わず手のひらに視線を落としてから、少女と触れ合ったのはこっちではないと気づく。上腕の半分から下をなくした腕をわし掴んだ。
ずっとこのなくした腕は自分への罪だと思っていた。そのことに暗い安らぎさえ抱いていた。
なのに、今でも覚えている。もう腕はないのに、少女の手と重なった時確かに感じた温もり。指先から心へ駆けていった喜び。壁を壊して抱き寄せたいと願った愛しさ。
「くそ。なんだよ、なにを今さら、惜しんでいるんだよ……」
箱の中の少年と少女は手のひらの背比べをしている。この日から毎日そんな手遊びをした。ヴィンの手を捕まえる鬼ごっこや、動物の形を作った指人形劇、相手の動きをまねるものまねごっこ――そう、この時も少女はきっとまねっこ遊びだと思っていたのだろう。
小指を立てた手を掲げるヴィンと向き合って、無邪気にまねする少女がいる。次はどんな形を作るのか期待する目を受けとめるのは、真剣な眼差しだ。
少年の唇の動きに合わせて、ヴィンの脳裏に何度も破り捨ててきたはずの声が響いた。
――俺が守るよ。ここから必ず助け出してあげる。約束だ。




