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「だから、どんなに怖くたって目を逸らさないよ。テッサとヴィンとシェラがちゃんと私を見ててくれるから」
飛び込んできたテッサを受けとめ、そっと寄り添うシェラと笑みを交わし、うなずき合ったヴィンが後ろへ回るのを待ってから、ミグは灰色の小箱に手をかける。その服の袖を下からつんつんと引かれた。
「ナキもね、ミグおねえちゃんのことちゃんと見てるからね」
愛らしい仕草と健気な言葉だった。ちょっと照れた笑みをこぼして、無邪気にテッサに抱きつく小さな命が尊いと感じる。
けれどもミグはどうしてかうまく笑えなかった。ちゃんと見てる、と言ったナキの言葉がいつまでも鼓膜から離れない。浮遊大陸群の遥か下をたゆたう大海のように、吸い込まれそうな青い少女の瞳がなにか引っかかっていた。
「おい、あんまりもったいつけるのもやめてくれよ」
「……注文が多いな、きみは」
ヴィンを茶化す笑みで誤魔化して、ミグは小箱に向き直る。とにかくまずは〈レティナ〉の確認だ。この記録用魔動機にどんな映像が保存されているか、確かめなくては前に進めない。
ミグはわずかに硬いふたの抵抗を感じながら小箱を開けた。ノーブルが店内でひと目見せた時と同じく、〈レティナ〉は白いクッションに包まれ座している。しかしやはり、黒目の部分がくすんでいて全体は色を失っていた。
この魔動機は沈黙している。
そこへミグの後ろからヴィンは腕を伸ばして〈レティナ〉に触れる。すると鈴の震えるような音がした。魔力の高まるうなりを上げて〈レティナ〉が紫色に光る。
ミグは思わず小箱に顔を近づけた。その光は確かに戦火の中でヴィンの左目にあったものと同じだ。黒目に向かって無数の細かな光彩が集まり、血管の代わりか紫の魔力を通す管が複雑に走っている。限りなく人のそれに近い、精巧に作られた目玉にシェラののどが鳴った。
「ちょっと、あれだよね。うん、気持ち悪い」
「おい。濁しといてはっきり言い直すなよ」
「私もあまり見つめていたくはないですね」




