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「なんだ。なにかが妙だ……」
そこへ周囲を見ていたヴィンがなにやらつぶやきながら戻ってきた。
「なにかありましたか?」
テッサが問いかけるも、ヴィンは数拍の間を置いて首を横に振る。思うところはあれどいうまく言葉にできないというような煮え切らない顔をしていた。
「ヴィン。これをきみに渡しておくよ」
まだヴィンのものと決まったわけではないが、ミグは〈レティナ〉が入った小箱をヴィンに差し出した。
「いや、それを最初に開けるのはぐうただ」
ところがヴィンはそう言って小箱を受け取らない。もし自分のものではなかったらミグが持っているべきだとも言う。ミグにとって優勝賞品は練習につき合ってくれたヴィン、いっしょに戦ってくれたテッサ、そして探すのを手伝ってくれたシェラ、みんなのものだ。独り占めするのは気が進まない。
だったらせめて、ヴィンの〈レティナ〉かどうか確かめてみよう。そう思って小箱のふたに手をかけたとたん、ヴィンとテッサとシェラが同時に大声を上げた。
「……びっくりした。急に大きな声出さないでよ」
「そりゃこっちのセリフだ、どんた。さらっと開けようとすんなよ。心の準備がいるだろ」
ここにいて新たな――例によって不名誉なあだ名をつけるヴィンにミグはむくれる。長身男が見た目に似合わず慎重なんだと思ったが、テッサの手が包むようにしてミグの手を押し留めた。
「ミグ、これがもしヴィン様の〈レティナ〉なら、戦場でおじ様があのあとどうなったかわかるかもしれないんだよ」
温かな親友の手の中で、小箱を持つミグの指が震えた。急激に手のひらのものが重く感じる。思考が嫌な方向へ流れる。
戦場へ一番に到着したリゲル国船団の歩兵部隊に、沈む父の姿が映っているのか。まさか、その増援を鬼神のごとく蹴散らす父の狂気を目の当たりにするのか。
ミグは早鐘を打つ胸を押さえる。どちらにしても辛い。だが娘としてせめて、父が罪を重ねず逝ってくれていたらと思う。いいや、そんなのはきれいごとだ。本心は生きていて欲しい。プロキオン帝国兵として多くの命を奪っておきながら許されない欲望だとしても、地下でひっそりと貧しい暮らしのつづきがしたいと願う。




