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「だいじょうぶですよ。ミグの魔法はどんな傷もすぐ治してくれますから」
それはもちろんナキを安心させるための方便だったが、「ほんと?」と目を輝かせた少女の他にも真に受けた者がいた。シェラの背中から再び盛大なため息が聞こえてくる。
火竜の優等生が炎魔法科目において首席の成績を修める者に贈られる称号だと、ミグはテッサからこっそり教えてもらった。一部の授業免除に加えて飛び級の打診がされ、卒業後の就職先は引く手数多だという。
魔法陣学校に通う学生なら誰もが憧れる赤の一等星だ。だがそれはシェラの望んだ勲章ではないのだろうと、ミグは少年の胸中を思う。たったひとりの母親を病魔から守る力を求めた少年に開花した才が、誰よりも強い破壊の力だったなんて皮肉なことだ。
「シェラ」
つい呼びかけたものの、ミグの中にはまだその先に繋がる言葉がなかった。
「あ、ごめん。俺に治癒魔法が使えたら治せるのにって思っただけなんだ。気にしないで」
結局、困った笑みでそんな気遣う言葉を言わせた自分が、ミグは情けなくなった。それにシェラには勝負の結果に満足していない節がある。それが魔法陣を描く手を止めたあの一瞬に表れていた。
この少年は他人にやさしいくせに、自分には厳しく頑固だ。
「シェラ。次はきみの最大魔法で勝負しようよ」
ハッと振り返った目が、知ってたの? と問う。手を止めた時、シェラは最大火力を出せる上位魔法に切り替えるか迷った。それを引き出させるために、ミグがわざと水をまいたことにも少年は気づいていた。だがシェラはやさしさ故に、寸前で修羅になりきれなかった。
「そうだね。今度は魔力満タンのミグと一対一で勝負したいな」
ああ、本当にどこの神様だろう。明るく笑いながら、心の底では友を傷つけられやしないとわかりきった目をしている少年に、修羅の力なんて授けたのは。
そしてやっぱり今の自分には、苦悩するシェラを解き放つだけの力がないのだと、ミグは痛感した。




