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ぼんやりと思う。この男性はルンの変身した姿だ。黒髪で色白の美青年はルンが酒を暴飲したい時の姿だとディレットが話していた。なぜドラゴンから人に戻ったのか。目で問うミグのかたわらに「どっこいせ」と腰を下ろした青年は、後ろに手をついて上層を仰ぐ。
「あんたには負けたよ」
にわかに信じがたい言葉だった。「なに言ってんだ」と怪しむヴィンの声がする。
「……〈防護壁〉で俺の〈防護壁〉破いたろ。あれ、魔導師としては結構な屈辱。魔力と魔法精度で俺は負けたんだよ。なあ、優等生の坊っちゃん。あんたならこの気持ちわかるだろ?」
ルンの声は苛立ちがにじみ、投げやりだった。シェラは無言を返す。それは言葉よりも雄弁に魔導師の矜持を語っていた。
「それに、〈防護壁〉の中に捕まった時点で俺としては詰みだった。あの状況からライフ守りながら脱する方法はドラゴンに変身するくらいだ。その最終手段を使わされたから俺はもう降参する」
「意味がわからねえ。お前はまだその〈変身〉を維持できるくらいの余力があるんだろ」
ヴィンの指摘を待ってたとばかりに、ルンは「そうそう、そこだよ」とノリよくうなずいた。
「自分よりでっかいものに変身するって疲れるんだぜ? ドラゴンともなれば〈六重〉級だ。俺には今の〈変身〉を維持できる力しか残ってない。この魔法が解けるくらいならぶっちゃけゲームの勝敗なんてどうでもいい。俺そこまでこのゲームに懸けてないんで」
「はあ? 虫の息のぐうたを前にしてそっち優先するって、元はどんだけブサイ――」
ヴィンの失言は途絶え、ルンが一体どんな顔をしていたのかミグには見えなかったが、サッと吹き抜けた絶対零度の風だけは感じた。
「それに、ミグ。あんたを負かすのはあんたの全力の〈防護壁〉を俺の〈防護壁〉がぶち破る時だ。その日までこの勝ちは預けとくよ」




