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「なにかありました?」
「い、いや。なにもない。王が呼ぶまできみはここで待っていなさい」
そう言われてミグは王の様子をうかがった。ジタン王のそばには白に近い金の髪を持つ美しい女性が寄り添い、歩み寄ったテッサを熱く抱き締めている。王妃だ。心労から病がちな王妃とこうして間近に会うのははじめてだが、テッサの部屋に飾られた家族の肖像画で見ている。
王妃はこれから王立病院の地下に避難した民たちのところへ慰問に向かうと話し声が聞こえてきた。
ミグが視線を戻した時、ラッセンは籠手をはめた手で額の汗を拭っていた。初秋の季節、日が沈んで気温も下がったが身につけた防具が暑苦しいらしい。ふと、額を行き来する手に握られた紙を見つけ、ミグはそれが暗殺者の持っていたものだと思った。
「あ。その紙なんでしたか? なにか書いてありました?」
ところがミグが声をかけたとたん、ラッセンは目に見えて体をびくつかせ紙を離した。
リンッとかん高い音が落ちる。指輪? 床に転がったそれはすぐにラッセンが拾い上げて見えなくなった。一方、紙はひらりはらり、ゆっくりと舞い落ちていきミグの前を通り過ぎたところで着地する。
拾ってあげるつもりで駆け寄ったが、目がつい文字を追いかけた。
“リゲルの宝ふたつとひとつ、我らの手中にあり”
そこまで読んだところで紙がミグの中から消える。振り向き見たラッセンの表情にミグは息を呑んだ。男は岩のように感情を消していた。しかし毛先から肩から、重々しい泥状の憤怒が滴っている。
そこへ王から呼び声がかかった。しかしミグはラッセンに気圧され返事もできない。怪訝の色を帯びてジタン王が再度呼びかけた時、ラッセンが視線を外してはじめてミグは返事をすることができた。
「こっちに来てくれ。ラッセン、妃の護衛を頼む」
ミグはバクバクと脈打つ胸を抱えて歩き出した。途中、すれ違った王妃に礼をすることも忘れ、目配せしてきたテッサの合図にも気づかなかった。頭の中は見てしまったメモのことでいっぱいだ。




