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聞こえてくる言葉はやさしいのに、なぜだか目の前で扉を閉められた心地だ。苛立ちにも悲しみにも似た衝動からテッサに手を伸ばそうとした時、扉がノックされた。扉の向こうから「ラッセンです」と訪問者が告げる。
「なんです」
「王がお呼びです。ミグとともに司令室までお越しください」
テッサの顔にさっと苦みが広がった。ミグはそそくさとベッドを下りて扉に向かう。「ミグ!」と咎めを食らい軽く舌を出した。
「だってジタン様の命令じゃ仕方ないじゃない?」
テッサは深いため息で返事をした。
有事の際、司令室となる中枢部へは王の寝室にある隠し階段でしか行けない場所だった。狭く急ならせん階段を上りきった先に隙間からまばゆい光がもれている。ラッセンはその光に指を引っかけて小さな扉を押し上げる。大人が身をかがめてやっと通れるほどの入り口を潜り辿り着いた部屋は、ミグの想像に反してこじんまりとしていた。
部屋の中央に置かれた円卓と地図、それ以外はなにもない。イスのひとつもだ。その地図を覗き込むジタン王の後ろには輝く柱があった。
風に揺れる火のように輝きは時折瞬く。ミグはあまりにも巨大な柱が部屋を小さく見せているのだと遅れて気づいた。白い輝きは埋め込まれた魔石の放つ光だ。頼りない瞬きは帝国が降らせる砲撃音に重なって起こる。間違いなく〈五聖塔〉を支える一柱だ。この部屋はまさに国防の心臓部であった。
「お父様」
「テッサ、間に合ったか。こちらへ来なさい」
ジタン王に手招かれてテッサについていこうとしたミグは、ラッセンに肩を掴まれて止められた。その手からわずかに震えが伝わってきてミグは近衛兵長を見上げる。頬が強張っているように見えた。
「ラッセンさん」
一度目の呼びかけで反応は返ってこず、ミグは強めにもう一度名前を呼んだ。すると、ここがどこであったか確かめるようにラッセンの目玉が動く。ミグのことはちらりと見ただけで視線はなにもない床石に落ちた。




