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おてんば姫として城下町でも有名だったが、越えてはならない一線はきちんと理解している聡明な親友だった。
「放埒男に毒されてる!」
「ある意味そうなのかもね」
同じく置いていかれたシェラが隣に立ち、苦笑しながら湖のほうへ目を向けた。「ある意味ってどういう意味!?」ミグは少年の肩にすがる。年下ながら、テッサとヴィンの影を追って遠くを見やるシェラの横顔は大人びていた。
「たぶん、好きなんだと思う。テッサからは、好きな男子の話をする女子生徒と同じ雰囲気を感じるよ」
「好きな、男子……? 誰のこと」
「ヴィンのことかなって。たぶんだよ?」
「その、好きってさ……おつき合いしたいってこと? テッサはヴィンを恋人にしたい……?」
シェラがうなずいた瞬間、細長いパンを両端から同時にかじり合ったり、湖のほとりをやたら笑いながら駆けっこしたりするテッサとヴィンの想像が頭を巡り、ミグは慌てて両手で描き消した。
「ダメダメダメ! そんなっ、お姫様と元敵兵なんてダメだってば!」
「ヴィンが帝国の……。でもミグ、戦争は終わったんだよ。テッサがいいなら、いいんじゃないかな」
「そ、それは……。だけどジタン様になんてご報告したらいいかわからないし!」
とっさにテッサの父王の怒りに染まった笑顔がちらついて、ミグは自分の主張に正統性を見出した。
しかし今度は秘書ヴォルや首長レゾンが顔を覗かせる。プロキオン帝国兵だからという理由でテッサとの関係を認めないのは、彼らと同じだ。ヴィンの人格をまるで無視している。
それはよくないことだと追い払ったところで、ミグの心はまだいやだと叫んでいた。
「……『いや』? 『ダメ』じゃなくて? なんだろう、この気持ち……」
「わっ、あっ、ダメだよにいちゃん!」
男の子の声がして目を向けた時、厨房の勝手口からクールが飛び出してきたところだった。その後ろの勝手口からはシャルとナキの頭がひょっこり出ている。しかしミグと目が合うとシャルは勢いよく扉を閉めた。




