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ホットミルクを飲むと思い出すこと

作者: 水辺ほとり

習作です。

やまなし、おちなし、いみなし

 この離れ小島には、牧場なんかない。だから毎日、夜の最後の連絡船と一緒に牛乳は届けられる。

 今時、日本で牛乳瓶の配達なんてわざわざやってるのは俺ぐらいではなかろうか。

 今日は最終便に俺しか乗っていない。ここは、地上に星を撒いたような都会と違う。オレンジの明かりがポツリとポツリと消えていく。霧の形に歪む灯台の電気が淡く届く。この小島は、冷える夜こそ湿気が多い。

 船がまもなく岸に着く報せ、と汽笛がぼやけた音で喚いた。停まりかけの船の奥で、牛乳瓶がかちゃかちゃ鳴っている。かじかむ手を擦り合わせて、白いため息を吐いた。


ーーー


 この島には、牛乳屋用の小屋がある。ぶーーんと鳴るデカイ冷蔵庫に、煎餅布団と冷暖房があって、俺は、牛乳のケースを冷蔵庫へ仕舞うと、夜の10時には煎餅布団へと潜り込む。

 そして、5時きっかりに起きて、牛乳瓶と瓶入りヨーグルトを届けに出る。

 今日は冷えるから、いの一番にストーブつけねえと。

 独り言を言って電気をつけると、

「わあっ」と高い声がして、布団がばさりとした後、隠れるように丸くなった。

「ああ"?いたずらしに来たのか?」と脅しながら、布団をめくった。

 そこにいたのは、案の定こどもだった。怯えた顔に、泣きはらした目、涙の跡が生々しい。体育座りして泣いたのか、長ズボンの膝小僧が濡れていた。

 正直、どうしていいのかわからなくなった。

「あーーーー、なんだ、悪かったな」布団を元に戻すと、ぽんぽんと叩いて、

「追い出さねえから」と伝えた。

 こどもは、ずるずると布団からゆっくり這い出してきた。じっと顔を見てきた後、ぽつりと言った。

「……何があったか、聞かないの?」信じられない、と言いたげな声音だった。

「聞かねーよ。興味ねえし。大体、聞かれたくないんだろ」しっしっと追い払うように手を動かすと、

「うん……」こくりと頷いた。

「牛乳」

「えっ?」

「牛乳飲むか?」

 パッと少年が顔を上げた。

「あったかいのなら、飲む」

「わかった」やっと、俺は石油ストーブに火を入れた。


ーーー


 この汚え小屋にも、最低限の調理器具と食料がある。俺は自分の財布から小銭を二枚取り出し、仕事用の財布に入れてから、予備の牛乳瓶を二本、冷蔵庫から取り出した。

 きゅっぽん、と音を立てて、瓶の蓋が外れ、ミルクパンへどぽどぽと牛乳が注がれた。石油ストーブの上にミルクパンを置く。それが珍しいのか、こどもはしきりに鍋の中を覗き込んでいる。

「沸騰したよ」とこどもは義務感に満ちた表情で伝えてきた。

「おい、持ってきてくれ」

「いいの?僕が運んでも」

「誰が運んでも同じだろ」と言うと、うん、と呟いた。

 がたん、とミルクパンを手に取ると、ゆらゆらする牛乳の水面を見ながら、恐る恐るすり足で近づいてくる。

「水面を見て、肩の力を抜いて、脇を締めろよ」と言うと、心得たようでスタスタと寄ってきた。

 無機質なステンレスマグ2つにもうもうと湯気の立つ牛乳を注ぐと、ほらよと手渡した。

 こどもは嬉しそうに両手で受け取ると、こちらが口をつけるのを待ってから、いただきます、あちっ、と牛乳を啜った。

「ありがとうございます」舌足らずな声で言われるには堅い言葉で笑ってしまった。

「気にすんなよ」と言うと、ううん、と首を振った。

「僕は、色んなことがうまくできないけど、はじめて解決してもらった」

「あ?まさかミルクの運び方の話か?アドバイスしただけだろ」

「ううん、言葉でわかったら、体がちゃんと動いた。僕は、知らないだけってわかった。だから、ありがと」

「そうかよ」

 これしきのことで感謝されてもなあと頭をぼりぼりかく。

「また来てもいい?」

「いいけどもう寝るぞ」

「わかった。次は牛乳代持ってくる」

「飲む気満々じゃねえか」

 結露で曇った窓を仰ぎ見れば、煌々と月がぼやけて光っていた。同じ布団に潜り込んだこどもの体温は、とても暖かかった。


ホットミルクを飲みながら1時間で書きました。

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