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2-3

事件はいつも唐突に起こる。

それは島田の相談に乗った3日後、俺達がここに来て71日目の事であった。


「おはようございます。」

男子の家となっている「3」の部屋において基本的に朝強いのは大山とナシーフだ。俺と丹羽は相変わらずで、中本も息を潜めるようにして最後まで寝ているタイプで日中も気を抜けば転寝してたりする。そしてそんな俺達を起こしてくれるのは朝だというのに元気なナシーフの仕事だ。今日も俺達はミーティングのためにナシーフに起こされる。


時計がなく時間の概念の欠落してしまったこのフェンス内では、何時集合のように時間を正確に決めて動けない事に対するストレスもあったが、その生活にも凡そ慣れた。勿論それは、分単位のイベントに縛られた生活ではなくある程度時間に余裕のある生活をしている事にも関係しているはずだ。俺達の日課と言えば日が昇った後に「1」の家に集合してミーティングをし、朝食を取って、畑仕事と「7」の家とそれぞれの居住地の掃除に分かれる。午後は凡そ切迫した仕事もないので洗濯をしたり昼寝をしたりと各々の時間を過ごす。最近では丹羽とナシーフが「7」の家にあったノートと無地の段ボールを利用してトランプを作った事でトランプに興じている姿も良く見かける光景になった。


「丹羽、そろそろ行くぞ。」

俺は起こしてもらえさえすれば寝起きは良いが丹羽は現実の世界に戻って来るまでに時間を要する。大山は大抵粘って丹羽を起こすが俺は加勢せずにナシーフと中本を伴って先に「1」の家に行くタイプだ。今日もその流れは変わらずに俺は扉を開ける。


だが俺は、扉を開けて外に出た瞬間に強烈な違和感を覚えて足を止める。急に足を止めた俺をナシーフ達は心配そうに見つめた。何だ、この違和感は…俺は、素早く目を移して異変を探す。いつも通りの晴れた朝、手入れの行き届いている畑、朝日に照らされる家と俺らを囲っているフェンス…ただその一部、一度も開けた事はなく固く閉ざされていたはずのフェンスの扉が半開きになっているのを見つけた瞬間、俺の眠気は吹き飛んで全身の毛が逆立つのを感じた。


「林!市来だ!俺の許可が出るまで家から出るな!」

俺は通常の俺であれば考えられないような大声を出して、まだ「2」の家にいる、もしくは既に「1」の家に移動している可能性もある林達に警鐘を鳴らす。そして、ナシーフ達を蹴り飛ばすようにして室内に戻すと扉を素早く閉めた。


「何だ?何があった?」

「フェンスにある扉の鍵が開いてる。」

異変を察知して大山は階段を駆け下りてすぐに飛んで来る。俺は、見たままの事実を大山に伝えた。


「この部屋にいるべき男子は現時点で全員揃ってる。開けられる可能性があるのは女子、もしくは島田でこれまでの事を考えると…。」

「あの野郎…!」

「待て、大山!」

俺は飛び出して行こうとする大山を制止する。


「何で俺が扉を閉めたと思ってる?フェンスが開いてるって事はこのフェンス内に奴等が入って来てるかもしれねぇんだぞ。もし既に侵入を許していた場合、無警戒に外に出て行けば餌食になるのは目に見えてる。」

俺は他の危険も考慮しつつもまずは獣の侵入を許した可能性について言及する。


「それならどうすれば良いんだ?」

「少数精鋭で慎重に行く。」

俺は、そう言って現状戦力となり得るメンバーを確認する。まず、最悪の事態を想定して今後の事まで考えた場合にトップである大山を連れ出すのは論外だ。丹羽と中本は選択肢としては有りだが寝起きで瞬時の判断には不安を残す上に最適任ではないように思える。俺は素早くその判断を下すと、ナシーフを見る。


「ナシーフ、行けるか?」

「行けます。」

ナシーフも既に覚悟していたようだ。俺の要請に対して即座に反応する。


「俺も…。」

「立場を弁えろよ。お前だけはダメだ。間違ってもお前に死なれるわけにはいかねぇ。」

俺は大山の申請を即座に退ける。それにナシーフの選択は咄嗟に消去法で決めたわけではなく、この中で運動神経に最も秀でているナシーフを第一選択にするのは自然な判断だと言える。俺はナシーフに視線を戻す。


「行くぞ。」

唯一2階に部屋のある「1」の家にまず行って索敵する事も考えたが奥の部屋の窓は段ボール箱で塞がれている上に窓のある方向も限定的で死角はどうしても生まれる。それであれば真っ直ぐフェンスに向かってまずは扉を閉める事が先決だ。俺は決断をすると扉を開けて外に出て周囲を素早く見渡す。一見すれば、危険はなさそうだ。畑が踏み荒らされた様子もなく、先程咄嗟に出してしまった大声に対する反応もなかった。しかし、家の裏などに身を潜めて俺達を狙っている可能性もあれば、大山に対してまだ明言を避けているその他の可能性もあるために俺は警戒をしながらフェンスを閉じるべく歩みを進める。


大山に明言を避けているその他の可能性、それは島田による自作自演の可能性だ。島田による自作自演とすると混乱する俺達を他所に息を潜めて俺達に対して危害を加える隙を狙っている可能性もあれば、手薄で非力な林達のいる家に侵入し何らかの危害を加えようとしている可能性もある。その点で言えばまず第一に林達のいる家へ向かって安全を確認する事も検討したのだが最大の懸念事項を放置するわけにはいかないと気持ちを律して、今はフェンスに向かって歩いている。


「閉めるぞ。」

俺は半開きになっていたフェンスの扉を閉め、閂をする。南京錠の鍵に関しては「7」の家で管理する事にはなっていたが取りに行こうと思えば誰でも取れるようにはなっていた。この扉の南京錠には鍵は刺さっておらず近くを軽く見た限りでは発見する事は出来なかった。俺は開けた張本人が持っている可能性が高いと判断して安全のために南京錠を閉じる。


ナシーフも外に出た直後は緊張で汗を掻いていたが少し表情にも余裕が出て来たようだ。俺の背後で周囲の観察を怠らないでいてくれる。俺はナシーフの様子も注視しながら警戒は怠らず、その足で林達のいるはずの「2」の家へと向かった。何事もないとは思いながらも何かあってしまっているとすればここだとも思っている。俺の中の緊迫は表には出さずとも最高潮に達していた。


「林、俺だ。市来だ。」

「市来くん?」

俺の危惧に反して林達のいる「2」の家の扉を叩くと林の声が聞こえて来た。


「何があったの?」

「後で詳しく話す。安全である事を確認するために扉を開けるぞ。」

俺は林が脅迫されて意に反した対応を取っている可能性まで考慮して扉を開ける。「2」の家は女子部屋で普段は近付く事もなかったが扉を開けると見慣れた間取りの中で林は不安そうに立ち上がって俺達を見ており、同じく椅子に座った兼子と宍戸も不安げにこちらを見ていた。


「無事だな?」

「私達は大丈夫。「1」の家に行こうと準備してた時に市来くんの声が聞こえて家に留まっていただけだから。それよりも…。」

林は更に話を続けようとしたところで口を噤む。そして行ってと目線で俺に諭す。まずは俺をフリーに動かす事こそ先決と考えてくれたようだ。相変わらず賢い選択をする。俺は目配せで感謝を表すと、杞憂に終わった一抹の安堵感と共にナシーフを連れて島田の根城にしているはずの「5」の家を見に行った。


結論だけを言うと、俺の予想通り「5」の家は蛻の殻だった。更に大雑把にではあるがフェンス内と合わせて「4」~「7」の室内を捜索した段階では島田発見には至らず、結果として1時間ほどフェンス内を歩いた中で獣とも遭遇しなかったために一先ずは安心として、大山にも声を掛け、「1」の家に集合して朝食兼ミーティングをする運びとなっている。


「取り敢えず、おはよう。」

大山は全員の着座を確認して挨拶をする。ただ、それぞれの面持ちは決して明るくなく、笑顔に溢れた朝とはかけ離れた空気感だ。


「皆、色々と不安に思っている事はあると思うし、俺も行動の一切をまだ把握してるわけではないので市来にこれまでの事を話して貰おうと思うんだけど、市来大丈夫?」

「了解した。」

大山は俺にバトンを渡し、俺はそれに頷く。


「まず朝、いつも通りミーティングのためにこの「1」の家に向かおうと俺、中本、ナシーフの3人で外に出た際、俺はフェンスの扉が開いているのを発見した。外を彷徨ってる獣のフェンス内への侵入を第一に危惧した俺は、林達に家から出ないように声掛けをした後で扉を閉め、事態を受けて走って来た大山にその旨を報告した。」

俺は自分自身の行った行為の整合性の判断も兼ねて丁寧に今日これまでの事態を全員へ向けて報告する。


「大山と議論し、まずは獣の侵入を避けるためにナシーフの協力を得て、2人でフェンスの扉を閉めに行った。フェンスは南京錠を開けられたまま半開きになってる状態で、俺達は閂をして南京錠をして扉を閉めた。尚。これは後で確認した事だが「7」の部屋に保管していた南京錠の鍵が1つ紛失していて今も何処にあるのかは不明だ。その後俺達はその時点で安否の確認出来てなかった林達、そして島田の拠点を回り、島田が行方不明になっている事を確認している。念のために他の家もザっとは見たが島田はいなかった。その時点である程度フェンス内での活動時間も経過していて俺達に対して獣の反応はなく、俺達も獣の存在を確認出来なかった事で、現時点で獣がフェンス内に入り込んでしまった可能性は非常に低いと判断してここでの集合に至っている。俺からは以上だ。」

「ナシーフ、付け加える事は?」

「ないです。市来先輩の言う通りでした。」

「…って事は、島田はフェンスの外に出て行っちまったが取り敢えず現時点でフェンスの中の安全は確保出来たって事か?」

質問して来たのは丹羽だ。ただ、俺と大山は目を合わせて渋い表情をする。


「何だよ…。」

「市来、話してくれ。その件に関しては議論しなければいけないと思ってたんだ。ただ、皆は今から市来のする話はあくまで懸念の一端であって、現実的には今、丹羽の言った通りである可能性が高いって事だけは理解しておいてくれ。」

ここで、ある程度の影響力のある俺と大山によって推測の範疇にある発言を披露する事は危機管理のためには有益である代わりに疑心暗鬼になるリスクも伴っている。それを承知の上で大山は釘を刺しつつ発言を許容した。


「まず、第1に想定するのは丹羽の言う通り島田による逃亡だ。島田は誤解を恐れずに言えば、俺達とも良好な関係を築けていない上にここでの生活に馴染めてなかったし、生活の安寧を追い求めるばかりで元の日常を取り戻す努力を怠っているように傍目からは映る大山のスタイルに賛同してなかった。その結果としてフェンスの外に希望を見出し、鍵を盗んでフェンスの外へと出て行ってしまったと考えられる。」

「他にもあるのかよ?」

丹羽の声に俺は頷く。


「第2に島田による計略だ。今言った通り、島田は俺達に馴染んでなかった。そしてそれを島田がどのように解釈していたかに関しては不明だ。例えば、その事に対して島田が俺達の事を恨んでいると仮定する。あくまで仮定だ。その場合、島田は俺達に鍵を開けて外に出たと思わせてまだフェンス内の何処かに潜んでる可能性を考えておく必要がある。俺とナシーフは、あくまで切迫した危険の回避と島田が気まぐれで別の家で寝ている可能性を調べる事を目的にザっと見て回っただけ、隅々まで探したわけじゃねぇ。意図して身を潜めている島田を見つけるのは困難だ。」

「…その場合、島田の目的は何だと思います?」

中本が冷静に尋ねる。


「色々考えられる。腹癒せに俺達に危害を加えようと画策している可能性もあれば、性欲を満たすために女性陣を襲う事だって考えられる。勿論、何度も言うが可能性であり今話しているのは俺も想定だ。島田の人格を貶めるものではねぇし、そこは忘れるなよ。」

俺は中本の質問に答えながらも過度に島田を貶めないような配慮をする。


「そして第3に想定する事。これは本当に話したくねぇし、本当に疑心暗鬼にならねぇでくれよ。ここまで俺は島田を加害者と仮定して話したが、島田が被害者だった可能性だって当然ある。今、俺達は少なからず思ってるはずだ。今の島田であればこの事態を起こしたとしても不思議ではねぇと。それを利用して、俺達の中の誰かが島田という隠れ蓑を使って何らかの目的を達成しようとしてる可能性もある。例えば島田を殺して遺体を隠し、その上で島田を失踪させたように偽装して俺達に危害を加えようとしている…とか。今、もし事件があった場合真っ先に疑われるのは島田となり嫌疑が自分に向けられるのを回避する可能性も上がる。…なんて、ここまで言ってしまえば何でもありだ。まぁこの中の誰かがそんな事をするなんては少しも疑ってねぇけど。」

俺はそう言って話を締めくくる。ただ、空気はむしろ重くなったままだ。彼等の中で今まで想定していなかった様々な可能性が心を蝕んでいる。昨日まで、当たり前にこの辺境の地で笑い合っていた奴に疑念を向けなければいけないとあれば、尚更だ。


「市来、話してくれてありがとう。まぁ、そういう事で色々な可能性があるわけだけど、それ等を想定してこれからの話を俺からさせてくれ。」

重くなった空気を察し、大山は努めていつも通りに話し出す。


「まず、少なくとも獣の侵入に関する可能性は市来達の調査のお陰で低くなったけれど、南京錠の鍵を紛失してしまってる以上、「7」の家にある他の鍵と残りの扉の南京錠の整合性を確認した上で、あの扉に関しては暫く監視をしておく必要がある。本当に外に出た島田が戻って来る可能性もあるし。その場合には南京錠してある上に鍵穴には外からは届かなくて困って叫んだりするとは思うけど。それと、市来の懸念の通り、島田によって危害が加えられる可能性を否定出来るまでは単独での行動は謹んでもらうようにするよ。それと、林達には申し訳ないけど、また暫くの間は一緒に暮らすように提案したいんだけど。」

「勿論。私達からもお願いします。」

まだ怯えている兼子と宍戸の横で林が冷静に答える。先輩として逞しくなったものだ。俺は林の歩んだ進歩に対して内心笑顔になる。


「それで、取り敢えずは今する事としてはもう一度各家を見て回る事、他の鍵と南京錠を確認する事、必ず安全だと言える拠点を確保した上で開いていた扉を監視する事、この3点だと思うんだけど…。」

大山はここまで言っておいて俺を見る。その視線に対して、合ってるから最後までしっかりこなせと俺は手で門前払いをした。大山は笑顔を見せる。


「分担としては、家を見て回るのは俺と市来と美凪、そして南京錠を中本とナシーフ、丹羽と瑠奈、それに真由は待機して拠点となる「1」の家の確保と扉の監視を。その前にまずこの「1」の家の安全だけは全員で確認する感じで。灯台下暗しは笑えないし。」

大山の作為のある分担だ。最も危険を伴った家々の探索に自分を配置した上で俺と組む事で俺に有無を言わせないようにした。南京錠に関しては「7」の家を管理している中本と危機管理の観点で運動神経に定評のあるナシーフを組ませた。留守番には信頼のおける同期の丹羽と林を置いた。残りの女子2人に関しては2人とも留守番にした場合に有事の際の丹羽の負担が増えると判断して、兼子は自分と俺で引き取る事にした。恐らくはこんなところだ。それに俺としても大山と組めるのであればそれはそれで好都合である。俺はまた視線を送って来る大山に対して沈黙を以て是とする。俺は、仮に島田の痕跡をフェンス内で見つけられなかった際の次の一手について考えを巡らせていた。


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