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ここに来て60日目、つまりここに来て今日で2ヶ月です。伊藤くんを亡くした喪も明けて(本当は明ける事なんてないけれど無理矢理明けて)、先送りになっていた収穫祭でもしようと話していたわけですがこの60日目、私達に大きな変化が起こりました。ここに来て以降比べものにならないレベルでのサプライズ。だって、ここに私達以外の人が連れて来られたのです。…。
「林瑠奈の日記」より一部引用
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「ねぇ皆!起きて、起きてって。」
その日の早朝、まず異変に気付いたのは朝ご飯を作ってくれる林と大山だった。残念な事に俺と丹羽は朝に弱く、朝食を作ってもらった上に叩き起こしてもらうまでが日課になっているわけだが今日起こしに来たのは林だった。それも凄い剣幕である。
「…何だよ、朝だってのに。」
「丹羽くん早くズボン履いてよ。それどころじゃないんだって。」
「何だ?」
俺は異変を察して素早く体を起こす。
「そ、外に人!人が倒れてるんだよ!」
「何だって!」
丹羽はまさかの声に飛び起きて急いでズボンを履く。2ヵ月同じ屋根の下で過ごした林の前ではこの程度は無礼講の範疇だ。
「今、大山くんが起こしに行ってくれて…。」
「俺達も行くぞ。」
俺は真っ先に階段を駆け下りる。続いて丹羽、最後に呼びに来たにも関わらず置いて行かれた林、俺は開いている「1」の家の扉を越えて驚愕する。
確かに林の言う通りだった。目の前の光景、見慣れたはずのいつもの朝日に照らされた畑と、その前に立っている5人の男女、男子3人女子2人と比率に変化はあるが5人とも制服を身に纏っている。そしてそこに一足早く馳せ参じて彼等を起こし、俺達が来るのを待っていた大山も何とも言えない表情で俺達を振り返った。
「嘘でしょ…美凪?」
「…瑠奈先輩?」
そんな独特の静寂を破ったのは意外にも林だった。林は一目散に飛び出すと1人の女子の元へ駆けて行く。紺色のブレザーに紺を基調として水色の線の入ったスカート、良く見るとその女子の来ている制服は林のものと同じだった。
「何で先輩…ここって…?」
暫く笑顔で再開を喜んでいた林のその表情は束の間に終わり、彼女にも訪れてしまったこの事態と今後の運命を憂うような表情で大山に視線を投げ、この場を委ねる。
「俺は大山敦士だ。皆、今は凄く混乱していると思うけれど、説明するよ。中に入ってくれ。市来と丹羽は悪いが段ボール箱を運んでから合流してくれ。」
「あいよ。」
彼等の横にはご丁寧に見慣れた無地の段ボール箱が5つ。俺と丹羽は段ボール箱を分担して2階へと運んでから席に着く。急に大所帯になったが「1」の部屋にある椅子も机の幅も十分に足りている。不安げな表情をしている彼等の前には冷蔵庫で冷やしてあった飲料水のペットボトル、水も家も寝袋も無駄に豊富だった事に、今漸く納得する。この計画が立案、準備された時点でこの第2陣は想定内だったのだ。改めてこの2ヶ月間、黒幕の尻尾は掴めずに掌で踊らされ続けていた事を痛感して怒りを覚える。
「取り敢えず初めまして。目の前にある水は安全な水なので適宜飲んで貰って構わないのでリラックスして俺の話を聞いてくれ。改めて俺は大山敦士、信じられないかもしれないけれど2ヶ月前までは普通の高校3年生だった。2ヵ月前、突如としてここに連れて来られて以降は同朋とここで生活している。皆としては色々と質問したい事もあると思うし、不安な事もあると思うけど、まずは俺の知っている事を伝えさせてくれ。」
大山はそう切り出すと話し始める。
「今、話した通り、俺達も2ヶ月前にここに連れて来られた。初めに言っておくけれどこの土地に関して知っている人は誰もいないし、ここに連れて来られた理由も、何故俺達が選ばれたのかも不明だ。そして残念な事にそれは2ヵ月経った今でも進展はない。まず生存し続ける事に必死で後回しにしてしまっているのも事実だけど、この2ヶ月間俺達をここに連れて来た奴等からのコンタクトは一切なかった事も影響している。生存し続けるのに必死だったなんて言うと脅かすようだけれど見ての通り衣食住は最低限以上に整ってる。ここも見て貰えばわかるようにキッチンも冷蔵庫もあって飲料水も確保出来ている。外で見たと思うけれどこの家以外にも複数の家があって、寝床もあればトイレもあってシャワーもある。今、彼等に運んで貰った段ボール箱には個人個人に必要な物資、例えばコンタクトレンズ、常備薬、着替え等が入っているはずだ。後で確認してくれ。ここまでで質問は?」
大山はここで軽く質問時間を設ける。だが、緊張と混乱もあるようで質問を投げ掛ける人は皆無だった。大山の声以降、室内は静寂に包まれる。
「最後にまた質問を取るし、逐次質問があれば聞いてくれ。じゃあ折角座って貰ったし、この中の説明は後に回して初対面の定石通り自己紹介をしようと思うんだけど。」
大山自身も緊張感のある空気を感じ取ったようだ。説明を進めるより先にアイスブレイクする事を選択する。
「じゃあ先に俺以外のメンバーを紹介するよ。皆、2ヵ月前まで高校3年生だった奴等だ。まず丹羽祐司、出身は神奈川でムードメーカーだし人当りも良くどんな相談にも乗ってくれるはずだ。次に市来峻、彼の生まれは岐阜で俺も良く知恵を借りる頼り甲斐のある奴だ。そして紅一点の林瑠奈、福島出身で気配り上手でとても頑張り屋だ。特に女性陣は色々頼りにして良いと思うよ。改めてよろしく。」
「何で1人1人に挨拶させてくれねぇんだよ。」
「お前に特大の前科があるからだよ!」
威厳を持って外面良く話していた大山も丹羽の声には普段の大山に戻る。丹羽もそれを想定済で大山にこの話題を振ったのだ。前科に覚えのある俺と林も失笑で答える。大山は咳払いをして彼等に向き直った。
「失礼、じゃあ1人1人簡単に自己紹介をして貰って良いかな?えっと…じゃあ彼を基準に時計回りで。」
大山は5人の中で一番落ち着いて見える男子を選択した。身長は割と小柄で痩せていて眼鏡を掛けており前髪は長くミステリアスな印象の男子だ。
「中本一理です。出身は東京で高校2年です。部活は囲碁・将棋部に入っていました。よろしくお願いします。」
声色も落ち着いている。利口そうだ。俺は中本の横に視線を投げる。
「えっと、佐藤ナシーフです。東京出身の高校2年生です。ナイジェリアと日本のハーフですが日本語以外は話せません。部活は野球部です。よろしくお願いします。」
5人の中で最もインパクトのある容姿だ。肌は黒く容姿も日本人離れした彫で体格も180cmあって俺達の中ではトップの丹羽よりも大きく屈強である。それでも日本語以外話せないと言った時の表情には愛嬌を感じた。
「ナイジェリアって何語なわけ?」
「英語です。」
「じゃあ少しは話せよ。」
「英検4級です。」
「4級なんて誰でも取れるって。」
早速意気投合する丹羽とナシーフの会話を大山が咳払いで制す。
「次。」
「島田律っす。高2です。」
島田はこれまでの雰囲気を無視して不愛想に挨拶をする。態度に関しては俺も言えたものではないが俺のように知略家なのか透かしているだけなのか寧ろ反抗的なのかは見極めなければならなそうだ。
「兼子美凪です。出身は福島県で瑠奈先輩の後輩の高校2年生です。部活も瑠奈先輩と同じく合唱部に所属しています。よろしくお願いします。」
兼子は気さくな性格のようだ。見知った先輩である林の存在もあるだろうが緊張もそれほどなく笑顔を見せていた。容姿としては林より幼げで、少しぷっくりした頬と垂れ目もあって人懐こそうな印象を受けた。
「宍戸真由です。出身は千葉県です。高校2年生です。よろしくお願いします。」
トリを飾った宍戸は緊張のせいか徐々に早足になって自己紹介を終えた。容姿自体は目鼻立ちのはっきりした綺麗な顔をしているが顔の半分以上を大きな眼鏡で覆っており、表情と声、仕草からは内気な印象を受ける。
「よろしく。じゃあ外を案内するよ。」
「ちょっとだけ質問しても?」
話の腰を折ったのは島田だ。大山を睨むように見ている。
「俺としては4人とも怪しく見えるんですけど。4人が俺達をここに連れて来て先駆者面してミスリードしようとしている可能性もあるし。その辺どうです?」
「根拠ねぇ…。」
大山は困ったように笑って俺に目線を投げる。
「困ったね。根拠…でも島田くん、そこまで疑っている君に対して何かを提示したとしてもそれは予め準備していたものと判断されてしまって信頼には足らないでしょ?俺達だってここに連れて来られた時にその点に関して考えが至らなかったわけではないけれど、この閉鎖的とも言える生活環境の中で疑心暗鬼になったら暮らして行けないよ。それに関しては自分の目で今後判断して貰ってって事にしてもお茶を濁しても大丈夫?」
大山は無難な回答で島田を躱す。島田は、納得はしなかったようだが更に言い返して来るような事もなかった。
「こんな感じで質問は逐次してくれ。じゃあ外を案内するよ。」
大山は沈黙を以て質問を終えた島田から全体に視線を移す。
「見ての通り、家の扉には数字が振ってある。「1」の家が一番大きくて2階建で唯一キッチンのある家だ。俺達はここを拠点として生活して来た。「2」~「6」は同じ構造になっていて「1」の家にないものとしてはシャワーと洗濯機が完備してある。トイレは「1」~「6」にそれぞれ水洗の洋式トイレがあるよ。そして「7」の家は備品倉庫になっている。歯ブラシ、シャンプー等の消耗品であったり農耕に使用する堆肥等も保管してある。」
大山と丹羽を先頭にして俺達は「1」の家を出て以降、それぞれの家を見て回る。
「畑は俺達で作ったんだ。幸いにして備品はあったし、食糧の安定供給はここでの生活に欠かせないからね。今では早いものでは収穫し始めているよ。畑仕事に関しては君達にも手伝って貰う予定でいる。」
大山はそのまま中本達を先導してフェンス際まで歩く。
「フェンスの外は見ての通り、大洋と森に挟まれている。ここで大事な事。このフェンスの外に出るのは絶対に禁止だ。現時点で外に獣を確認していて奴等との遭遇は命に関わる可能性が非常に高いと判断している。フェンスの外、特に森に関しては探索したい気持ちはあるんだけど、それでも命あっての事だ。理解してくれ。」
大山はそのままフェンス際を歩いて足を止める。目の前にあるのは伊藤の墓だ。
「隠しても仕方ないので言っておく。俺達も最初は5人だった。だけどこの2ヵ月の間に同朋を1人亡くしてしまった。名前は伊藤萩斗、真面目な奴だった。皆もその内目にすると思うけれど「7」の家にある備品リストは伊藤が1から数えて丁寧に作ってくれたものだ。今でもとても役に立っている。彼は感染症で命を落とした。ここには医者はいないし、薬もない。風邪でも命を落とす可能性はある。それを忘れないでくれ。」
大山は伊藤の墓に合掌する。島田以外の4人は大山に倣って伊藤の墓に合掌してくれた。
「最後にここでの生活に関して気を付けておいて欲しい事を話すよ。別に明文化してあるものではないけれどまず人として、日本の法に触れるような事は止めてくれ。例えば意図して危害を加えて怪我を負わせたり、人のものを強奪したりする行為だ。強奪に関して付け加えると、「7」の家にある備品は主に丹羽に、食糧と水の備蓄に関しては主に瑠奈に責任者となって貰っている。有限なものだ。多少の我慢を強いるけれど人のものを食べたり、備蓄を勝手に盗んだりはしないでくれ。それと説明した通りフェンスの外に出るのも禁止だ。あとは、まぁこんな事を1つ違いの俺に言われたくもないと思うけれど他人の事を敬って、報連相を忘れずに、して貰った事には感謝の気持ちを忘れないでくれ。そんなところかな?」
最後、一周して「1」の家に戻る中で大山は初めて所謂禁止事項に関して触れる。これまで伊藤を含めて5人だった時にはその都度問題を解決していたし、人間として問題のある行為はなかったので特に明確化してなかったが人数も増え、それに併せて大山の掌握範囲を超えた活動も出て来る中で禁止事項を設け、目に余る際には何らかのペナルティーを科す可能性に関しても言及しておく必要がありそうだ。
「説明は以上だ。質問はある?」
中本達は静寂を以て答えとする。静寂と言うよりは意気消沈、大山の説明は丁寧だったがそれ故に早々に事態の深刻さに気付かせてしまったとも言える。
「まぁあれだ。数日落ち込んで貰って、その後は俺達の仕事を手伝ってくれよ。仕事をしてれば多少は気も紛れる。」
こんな時、丹羽の剽軽さには救われるものだ。和む空気、俺はその中で大山に対して話がある事を意図した目線を送ったのであった。