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ここに来て38日目。毎日続けようと思っていた日記も気付けば3日もサボってしまいました。3日ぶりの日記です。とは言っても特に生活に変化はなく、完成して苗を植え終えた畑に朝昼夕と水をあげて、1日2食の食事を作ってそれを食べてシャワーを浴びて寝る。市来くんがたまに黒幕を呼んでいる私達をここに連れて来た人達からは一向に何もなく、無理矢理連れて来られたにしては開放的で優雅な生活、それでも勿論、皆と過ごす日々に不満はないけれど、贅沢を言ってしまえば退屈な日々を今日も送っています。家に帰れる日って来るのかな。もし、このまま何も起こらず誰かに見つけてももらえなければ私達はこのままここで一生…。

「林瑠奈の日記」より引用

--------------------------


「何だよ、丹羽。急に襲撃して来た上に連れ出して。」

俺は多少不機嫌に、最近の暇を持て余した末の日課になってしまった昼寝中に強襲して来た丹羽を責める。連れて来られたのはシャワー以外ではあまり使用する事のない「3」の家だ。そして連れて来られた先には先着している大山と伊藤、俺は頭を掻いて椅子に座る。


「本当にどうしたんだよ、丹羽。」

「そんなに怒るなって。大事な話があるんだよ。」

「本当に大事な話なんだろうな?」

俺は機嫌も徐々に直って丹羽を煽る。マンネリ化した生活の影響で活気を失っていた丹羽は何故か久しぶりに元気だ。俺は丹羽の話を傾聴する。


「最近に始まった事じゃねぇけど、ここでの生活も良い意味で落ち着いて、正直ここに来た頃の盛り上がりはなくなったし退屈に漫然と過ぎて行く日々にも飽きて来た。特に瑠奈は元気がねぇ。そもそも瑠奈は女の子1人で相談相手がいねぇ上に体調の変化もあるだろうし俺達の何倍も大変なはずだ。そこで、俺は閃いた。瑠奈のために簡単なレクリエーションをしようと。なぁ、ここは1つ俺の顔を立てて乗ってくれよ。」

「人の良い奴だ。」

自分だって活気を失っていたくせに。俺は丹羽を鼻で一蹴する。それでも丹羽の言う通りだ。日々筋肉痛に苛まれ、それでも充実感のあった農耕も苗を植え終わり日々の畑の手入れだけになった事で俺達の生活の張りは失われた。1日の大半が暇で溢れている。これを期に何かを為せば良いのだがそこまでの目的意識はなければ機会も失われている俺達は暇を持て余してしまっているのが現状だ。特に丹羽と林はそれが顕著であるように見えた。実際、林は停滞した空気の中でボーッと空を見上げている事が多くなっているように感じる。


「レクリエーションって言っても何するわけ?」

「名付けて、第1回『瑠奈を笑わせた奴が勝ち選手権』。瑠奈には審査員をやってもらって、俺達で瑠奈を笑わせる。瑠奈の決めた優勝者は良識の範囲内でお願いを1つだけ叶える事が出来る。どうだ?」

大山は初日に丹羽がセクシー女優の名前を出した時に似たリアクションを見せる。それでも停滞した空気を大山自身も感じているはずだ。崩れた表情には笑顔も見える。


「萩斗も峻も、どうせ笑いに関しては俺が優勝候補筆頭だし、人を笑わせるキャラではねぇって事もわかってるけどここは乗ってくれよ。頼む。」

丹羽は深々と頭を下げる。俺としては別にそんなに頭を下げなくても乗るつもりだったがクールな俺に笑いを求める事への丹羽の気配りも感じられた。


「言われなくても乗るよ。笑わせれば良いんだろ?」

「マジ感謝するぜ。じゃあ、決行は明日の昼前後って事で準備よろしく。」

伊藤も自信はなさそうだが頷く。こうして丹羽の命名した第1回『瑠奈を笑わせた奴が勝ち選手権』開催の運びとなったのだ。


そして翌日の昼、企画会議をした「3」の部屋に俺達が集まる中、丹羽に強引に連れて来られた林は困惑の表情を浮かべて俺達の輪に入って来る。


「え?何、皆いるの?何するの?」

「順番決めようぜ。公平にじゃんけんで。」

困惑する林を他所に俺達はじゃんけんを始める。困惑を続ける林の表情は最近の表情の変化に比べると豊かなものに思えた。


「よっし、俺3番。」

公平なるじゃんけんの結果、伊藤→俺→丹羽→大山の順番になる。


「ねぇ、本当に何するつもり?」

「そろそろ教えてやれよ、丹羽。」

困惑続く林に大山が助け舟を出す。丹羽はその声にニヤッと笑うと高々と叫んだ。


「第1回!瑠奈を笑わせた奴が勝ち選手権!」

丹羽の声に合わせて俺達は拍手を送る。林は全く容量を得ていない上に当然だが予想もしていなかったようで困惑を更に深めたようだった。


「え?…第1回…?」

「要するに瑠奈を1番笑わせた奴が優勝って選手権を今からするって事。瑠奈は審査員で今から俺達が順番に極上の笑いを提供するから1番を決めてくれよな。」

「ハードル上げるなよ。」

大山は丹羽に突っ込みを入れる。この素人軍団、加えて俺、大山、伊藤は元々人を笑わせるムードメーカータイプではないのだ。底は知れている。


「じゃあ、順番通りにまず萩斗、よろしく。」

「ちょっと待ってて。持って来る。」

伊藤はそう言うと外へと出て行く。


「萩斗は何するんだ?」

呟く丹羽の声、確かに気になるところだ。大人しく、人を笑わせるよりは丹羽の雑な笑いにも静かに笑っているタイプの伊藤がどんな切り口で林を笑わせようとするのかは人として興味がある。


「えっと…。」

まだ置いて行かれたままの林は俺に目線で助けを求める。

「最近暇でする事もねぇって事で面白い事をしたくなったんだと。丹羽の企画だ。」

何でこのメンバーの中で俺に視線を投げたんだと思ったせいで林への説明はぶっきら棒になってしまった。これでは丹羽も報われないので俺は言葉を付け足す。


「けどまぁ…あれだ。丹羽なりに考えがあるんだろうよ。無理にとは言わねぇけど、意図はこっそり読み取って気分転換にでもしてくれ。」

全く以て俺らしくないような発言に、大山と丹羽は温かな笑顔を見せる。林もその言葉で凡その意図は理解してくれたようで少し目を細めて俺の声に頷いた。


「お待たせ。」

暫くして、伊藤は3枚の皿を持って戻って来た。

「俺は丹羽のように喋りで人を笑わせられるタイプじゃないから別の角度で攻める事にしたよ。大山には許可を貰って冷凍している食材を使って料理して来ました。本当はお昼を食べないんだけど今日は特別に。」

丹羽は俺達の前料理を出す。油で揚げたパリパリの見た目をしたあの料理だ。


「ポテトチップスを作ってみたんだ。普段はお腹を満たすための主食として食べてるけど今日は鑑賞のおやつとして。一応塩も振ってあるし美味しくなってると思うよ。」

「マジか。ポテチとか懐かし過ぎるぜ。」

丹羽の感嘆を伊藤は笑顔で肯定をする。林も目の前にあるポテトチップスに対して既に笑顔で目を奪われているようだった。


「どうぞ、召し上がれ。」

「頂きます。」

林は挨拶をすると小気味良い音を響かせてポテトチップスを咀嚼する。そしてすぐに笑顔になった。


「素材の味があって美味しいよ。」

「ありがとう。皆もどうぞ。」

林は早速2枚目に手を伸ばし、俺達も手を伸ばしてポテトチップスを口に含む。絶妙な塩味と共に素材感のある香ばしいポテトの旨味が口に広がった。


「上手いところ突いて来たな。」

俺も感嘆する。ここに来て以降、食事は生存のための手段であり娯楽ではなかったのだ。元の世界にいる時には確かにご褒美として少し豪華なものを食べたりストレス解消と称してスイーツを頬張ったりもした。その感覚を忘れかけていた事を今更ながらに痛感する。食糧に関する問題であり、大山に確認した上で決行した事も伊藤の細やかな配慮だ。ネタを知っていた大山も満足そうにポテトチップスを味わっている。


「じゃあ、このまま食いながら峻よろしく。」

「あと1枚食わせろ。」

俺はポテトチップスを口に加えて準備に入る。準備と言っても既に持って来てはある。俺は家の裏に回ると、準備してあった模造紙と農耕に使っている鉈を持って家に戻った。


「何すんだよ。あんまり物騒な事するなよ?」

「まぁ、見てろって。俺も、丹羽のように王道で笑わせるのは苦手だから色々な意味の邪道でスカッと笑わせてやるよ。」

俺はそう言って椅子を程良い感覚に空け、そこに模造紙をテンションをかけて張り付ける。林達は書かれた文字に唖然とし、大山だけは呆れた笑顔を俺に向けた。


書いた文字は「黒幕」。俺はそのリアクションを確認した後で鉈を振り下ろし、書かれた文字を一刀両断して見せた。ただの紙の無駄使いだ。それでも俺は真っ二つになっている黒幕と書かれた文字を見て満足感で満たされ笑顔になる。


「1回したかったんだよ。」

「お前が1番喜んでるぞ。瑠奈を喜ばせろよ。」

「でも、少しはスカッとしたろ?」

丹羽は俺の返答に参ったとばかりの笑顔を見せる。肝心の林は苦笑いだ。それでも俺としては非常に満足したので意気揚々と定位置に戻り、余っていたポテトチップスを口に含んだ。


「次はお前だぞ、丹羽。」

「よっしゃ、お待たせ。」

丹羽は俺の声に応じて立ち上がる。カンペを片手にやる気満々だ。


「えー、優勝大本命丹羽祐司です。物真似します。まずは、峻に反論を受けずに完璧な方針を立てられた時に嬉しくて思わず漏れる大山敦士のドヤ顔。」

ネタの前に一笑い、物真似のネタのチョイスが既に秀逸だ。大山も自覚はあるようで観念したような笑顔を見せる。丹羽は一笑い収まると、声色を変えて大山の真似をし、大山の癖である何かを言った後に目が座って口角の上がるドヤ顔を見事に再現し、俺達の失笑の篭った笑顔を攫った。


「えー、続きまして。瑠奈に声を掛けられて必要以上に驚いてしまう伊藤萩斗。」

チョイスの秀逸さは丹羽がそれだけ周りを見ている証拠だ。俺達は、腹を抱えて爆笑するタイプではないがネタの内容を聞いただけで思わず表情を崩す。


「伊藤くーん。」

「そこは似てねぇぞ。」

大山が合いの手を入れる。林の声真似をした裏声は図ったように下手だ。


ただ、次の瞬間部屋は流石に爆笑に包まれる。驚いた表情を再現した丹羽は大袈裟に飛んでそのまま俺のずらした椅子に背をぶつけたのである。

「…は、は、林さん…お、おお、俺に、な、なな、何の…。」

「こ、誇張し過ぎだよ。」

ここで大人しげにしていた伊藤も笑顔で突っ込みを入れる。確かに伊藤は女性慣れも話慣れもしていないせいで不必要に声掛けに対して驚いたり吃ったりはするが流石に何もかも誇張し過ぎだ。恐らくそれも計算の内、唯一の計算外は飛んだ先にあった椅子とそれによってぶつけた背中のようだ。丹羽は背中を擦って体を起こしネタを続ける。


「えー、続きまして。名探偵眠りの小〇郎ばりに壁に寄り掛かって寝るも、寝相が悪くて転けるようにして床に突っ伏す市来峻。」

丹羽の次のチョイスに俺以外の三人は失笑を漏らす。そして、壁に寄りかかったものの首を揺らし始めて、倒れるようにして地面に伏せる物真似をすると、手を叩いて笑いが起きた。俺として自覚はなかったが確かに起きると床に突っ伏している事が多く、周りからはこのように見えていたのかと頭を掻くしかなかった。


「えー、最後に。瑠奈のおっぱいについて一言。」

丹羽は危険な香りを漂わせてから口を開く。


「Aカップ、Aカップ。ブラは水色。Aカップ、A…。」

「ちょ、最低!」

そして丹羽は独特なリズムで林の胸に関して歌い始めたのである。まぁ、これだけ日夜を共にしていれば何色の下着を着けているかは見えてしまうし、それなりに貧乳である事は皆、知っていたがここでぶち込んで来るとは思わなかったのだ。ただ、林は鼻尻に皺を寄せて怒った顔をしているが目は笑っていて下ネタに関する寛容な態度を見せてくれた。


「事実だろ?」

「違うし。ギリギリBはあるし!」

林はそう言ってからハッとした顔をする。逆に自分で地雷を踏んでしまったようだ。そして林は恥ずかしくなって耳を赤くしながら下を向いてしまった。


「以上でーす。」

そんな中、丹羽はご満悦で終了を宣言する。俺達は林も含めて温かな拍手を送った。


「じゃあ最後は敦士だぞ、よろしく。」

丹羽は最後に大山を指名する。大山は困ったような表情を見せて頭を掻いた。

「お前、準備忘れたなんて事は…。」

「否、準備はしてあるよ。でも3人とも三者三様なりにキャラを活かしてこんなにも完成度の高いものを準備して来てるとは思わなくて。」

大山はそのまま困った表情で弱気に弁明を始めると立ち上がって1枚の紙を取り出す。


「実は良い機会かなと思って、俺は手紙を書いて来たんだ。」

大山はそう言うと手紙を広げ、少し照れ臭そうにしながらも丁寧にその手紙を読み始めた。


「瑠奈へ。あ、初めに言っておくけれど今日から俺も丹羽に倣って瑠奈を名前で呼ぶ事にしたよ。いつまでも林さんでは味気ないし。さて、瑠奈と出会って1ヶ月以上が過ぎました。それはつまりこのフェンスの中に囚われて1ヶ月以上になるって事でもあるけれど、俺にとっては、市来、丹羽、伊藤、そして瑠奈と出会って仲良くなって一緒に生きるために頑張った大切な思い出の一ヶ月です。瑠奈はこの一ヶ月、不安に思う事も沢山あったと思うし、同性の友人もいなくて辛かったと思うけど、気を張って、そして気を配って、自分の仕事をこなしてくれました。本当にありがとう、心から感謝しています。俺は、何か困った時に気軽に相談に乗ってくれる瑠奈に救われていました。まぁ、一緒に考えた結論を市来に一瞬で論破された事も一度や二度じゃなかったけど、それもまた思い出です。俺は皆より気が利かなくてもしかしたら瑠奈の心のSOSをキャッチ出来ていない事もあるかもしれないけれど、辛い時や悲しい時は鈍感な俺にも分かるくらい大きな声で叫んで。助けるなんて格好良い事は言えないけれど、一緒に足を止めて一緒に前に進めるように考えます。勿論、この企画を提案してくれた丹羽も、一緒に料理をしてくれる伊藤も、他人なんて興味ないふりして実は気にしてる市来も、皆同じ気持ちだから。マンネリ進むこの生き続ける意味を自問自答したくなるような日々だけど、これからも5人で手を取り合って、時には足を引っ張りあったりしながら、ここで生きていこうよ。大山敦士。」

大山は読み終えると手紙から目を外して俺達を見る。俺達がしたのは拍手ではなく親指を下に立てたブーイングだ。林は笑顔になるどころか泣いてしまっていた。


「敦士、大失格!」

丹羽は満面の笑顔と大きな声で大山の失格を宣言する。これには林も泣き笑いだ。昼下がり、今日一の温かな空気がこの小さな5人だけの空間を包み続けていた。


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ここに来て39日目、今日は素敵な日になりました。丹羽くんの企画してくれた『第1回、瑠奈を笑わせた奴が勝ち選手権』。凄く気を遣わせてしまった申し訳なさもあるけれど、久しぶりに心から笑って泣きました。丹羽くんの物真似は面白かったし、伊藤くんの準備してくれたポテトチップスは美味しかったし、市来くんは自己満足感が凄かったけれど心の奥底にあった不平不満をあんなに真っ直ぐに表現してくれてスッキリしました。大山くんの手紙は…反則だよね。大山くんの優しさと温かさが伝わって来ました。優勝は、私のおっぱいをネタにした減点を差し置いても、企画をしてくれて企画に沿った笑いを体現してくれたし丹羽くんに挙げました。でも私にとっては皆、オンリーワンです。本当にこの4人には感謝してもし尽くせません。最近は悲観的にばかりなっていたけれどこの5人でいる事の幸せを感じました。今度は私がみんなを笑顔に出来るようにしたいな。因みにこの選手権、私は知らなかったけれどちゃんと優勝者には特典があったみたいで、良識の範囲内でお願いを1つ叶える事が出来るらしいけど、丹羽くんは一体何をお願いするのかな?

「林瑠奈の日記」より引用


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