5-6
俺達がここに来て180日目、俺達は想定外の事態に混乱していた。
本来であれば今日は5人の中学1年生が来るはずの日に当たるわけだが、一通りくまなくフェンス内を探しても誰も見つける事は出来ず、俺達は「1」の家で顔を突合わせている。不気味なのは空家である「5」の家に追加物資として「7」の家で不足していた生活必需品の入った段ボール箱が置かれていた事だ。つまり、黒幕は間違いなく昨晩俺達に介入し、フェンス内にも入ったが6期になるはずだったメンバーを置かずに去った事になる。俺は隣で眉間に皺を寄せている大山を見る。
「どう考える?」
「想定外だよ。もし仮に、「5」の家の段ボール箱がなければ意図は別としてまた期間を2ヵ月に伸ばした可能性もあったけど、こうして介入自体はあった以上、意図を以て6期になるはずだったメンバーを準備しなかった事になる。でもここまで来て法則を崩す理由は…例えば6期まで来て小学6年生に当たるはずの7期が来なければ中学生までなんだと納得する事も出来るけど、今回は中学2年生と中学1年生の間なわけだし…。」
「そうだよな。」
俺は大山に相槌を打って席を開けている中本、山本、中村の3世代のリーダーを待つ。
「戻りました。」
「お疲れ様。報告してくれ。」
「南京錠の鍵は全て無事で開けられた様子もありませんでした。見慣れてる中村とも一緒に各南京錠を見て回りましたけど異常はありませんでした。それと…水の事なんですけど。」
中本はそこで一度言葉を切る。背後で中本の告げようとしている事を知っている山本は口角を歪めて渋い表情を見せていた。
「山本達と一緒に追加されて以来追加がなくて本来であれば今回で、と思っていたんですけど段ボール箱に入っていたのは「7」の家の備品だけでした。残りの水は以前にもお伝えした通り、頑張っても2-3ヵ月程度だと思います。」
「了解した。ありがとう。」
中本は淡々と報告し、大山がそれに応える。
「皆、聞いてくれ。」
大山は手を2-3度叩いて注目を集めると立ち上がって前に立つ。
「今日は間違いなく田中達が来て30日目なはずだけど、皆も知っての通り6期に当たるはずのメンバーは誰も来なかった。6期にされてしまうはずだった人達にとっては朗報だけど俺達にとっては想定外の事態だ。「5」の家には知っての通り段ボール箱があって「7」の家の不足した備品の補充が行われた事から、黒幕自体の介入はあったわけだけどその上で意図的に誰も置いて行かなかった事が考えられる。理由はわからないけど。でもまぁ、俺達の生活自体は何も変わらないわけだし、考えても理解出来ない意図を考察し続けても答えが出るわけでもないので、昨日までと変わらずに生活をしてくれ。今日の仕事は…。」
大山は明るく努め、そのままミーティングを開始する。俺達の中にある不安、それはこれを最後に見捨てられるのではないかというものだった。
それから2-3日待ってみたが、更なる黒幕の介入はなかった。ここまで来て不手際なんてオチではないと思っていたが実際不手際で6期の到着が遅れたわけでもないようで、俺達の疑念と不安は募るばかりだ。そして俺と大山と林は今、その件に関して各期のリーダーと共に「6」の家に集まっている。
大山への帰属を発表して以降、坂本は小林のお陰で女性陣にも溶け込んでいたので「2」の家に戻したが俺と中村は「6」の家に住み続けていた。理由としては単純に人数が増える事に加えて家単位での感染症、そして緊急事態…例えば大山と俺が風邪で共倒れなんて事にはならないように、リスクは分散させておく事になったのだ。同じ理由で元々人数の増えた女子のためにシャワーとトイレを優先的に使えるようにしていた「4」の家を完全に女子部屋として「2」の家には林、小林、坂本、岡田が、「4」の家には美凪、宍戸、本田、松本、堀が暮らすようになっている。勿論、俺と中村を「6」の家に残したのは知的財産であるこれまでの探索記録を保護する事も目的には含まれていた。そして結果として「6」の家には俺と中村と、会議の主要メンバーしか住んでおらず、「1」の家を占領するよりも周りに気を遣わなくても良いので会議は自然と「6」の家で開催するようになっていた。
「どうなるんだろうね?」
「俺に聞かれてもわからねぇよ。」
俺は隣に座っている林に答える。10月末になって急に寒暖の差が激しくなった。一時期は完全に放置してあった冬服の制服を慌てて取り出して来て、林は繋を来た上でブレザーを膝掛けにしている。山も徐々に麓まで紅葉が降りて来ている。
「皆、心配してます。このまま見捨てられるんじゃないかって。」
「判断するのは時期尚早だし少なくともあと1ヵ月は待って判断しても遅くはねぇけど、1ヵ月待とうと言うのもそれはそれで酷な話だな。」
「そうだよね。」
「タイミングも悪いな。俺が探索を中止したタイミングと重なるなんて。」
「それは偶々だよ。もし偶々でなければ意地の悪い話だけど、今まで黒幕は俺達の一挙手一投足で何かを変えたりはしなかった。今回も計画の内なんだとは思うけど。」
俺をフォローする大山の発言も徐々に歯切れが悪くなる。探索の中止によってなくなった希望、6期が来なかった事によって見捨てられたように感じる焦燥、そしてウィンターブルーの季節、沈む気持ちを留めておく浮輪を見出すのは困難に思えた。
「各期の様子は?中本から順番に。」
「2期としては俺からは特に。」
「3期も同じくです。正直、瑠奈先輩任せで申し訳ないですけど。」
「4期も同じくです。」
山本と中村は渋い顔で答える。2、3、4期は奇しくも構図が似ており、残っているのはリーダーである男子と女子2人だ。同期として話しているところは見るが、実際林よりも把握出来ていないと言ったところが本音であるように見える。
「5期は?」
「5期も大きな変化はないとは思います。山下も先輩達のお陰もあって何とか。」
「それはお前と井上の成果だ。」
唯一、5人全員が生存している5期はリーダーの田中を抱擁感と洞察力のある井上が支えるようにして上手く生活しているように見えた。当初問題になった岡田も坂本の一喝のお陰で以来溶け込んで、1周回って坂本と仲良くしているし、相変わらず落ち着かなかったり仕事を上手く続けれなかったりする山下に対しても田中と井上が中心として積極的に一緒に過ごして支えてくれているようだった。
「瑠奈としては?」
「大きく変わりはないように見えるけど、強いて言えば4期と5期かな。4期は楓と里桜の連携が取れてないし、5期も同じく由佳と樹里はそこまで仲良くないし。でも、楓はあれだけど別にそれぞれ仲良くしてる人はいて孤立してるってわけではないし、少し様子を見ながら過ごして行くよ。」
「よろしく頼む。」
「こんな時、丹羽くんがいてくれればね。」
「そうだな。」
「肝心な時にいねぇんだよな。」
俺達1期の嘆きに答えるお調子者はもうこの世にはいない。そして数日後、予想通り俺達の懸念は現実のものとなるのである。
その日、まだ朝早くで寝ていた俺はノック音で目を覚ます。控えめなノック音だ。中村も気付いたようで体を起こして俺と目配せをする。俺は中村に目線を起こると慎重に扉を開け、そこに立っている松本と泣いている本田を視認した。
「どうした?」
「入っても?」
「勿論だ。」
松本は本田の肩を抱いて「6」の家に入って来る。中村は困惑の表情で同期2人を見た。
「この手の事は瑠奈先輩のところに行くよりも市来先輩かと思いまして。それに丁度良く中村もここにいるし。」
「まずは座ってくれ、どうした?」
相変わらずの歯に衣着せぬ言い草で松本は俺に向けて話を始める。それでも俺の勧めた椅子に本田を座らせる動きはとても丁寧に見えた。
「死のうとしてたので止めて、連れて来ました。」
そして松本ははっきりと告げる。俺は内心動揺したが表情には出さないでおいた。
「話を聞かせてくれ。本田、松本から話を聞かせて貰うぞ。」
俺は本田が頷いたのを確認して目線を松本に戻す。
「今日の朝、里桜がフラッと外に出て行ったので不審に思って付いて行ったんですけど、そのまま「7」の家に入って畑に使ってる縄を首に合わせてたりしてたので声を掛けて、里桜も希死念慮を認めたので連れて来ました。」
「成程。見つけてくれて感謝するよ。適切な判断だった。」
「否。それに関してはお構いなく。」
俺は本田を見る。
「俺はお前を責めるつもりはねぇし、不必要に腫物のように扱ったりもしねぇ。俺は今までのお前の知ってる市来としてお前に接する。その上で俺に話してくれるか?」
「……時々、急に悲しくなる事があるんです。急に理由もなく悲しくなる事もあるし、帰れなくて悲しくなったり、加藤くんに暴力を振るわれた時の事を思い出したり、灯里が死んじゃった時の事を思い出したりして悲しくなる事も…もしかすると灯里が私の事を庇ったせいで殺されたんじゃないかって思ったりもするし、それで余計に…それに今回、6期の人が来なくていよいよ見捨てられたのかなって思うとそれも辛くなって…でも、今日本当に死ぬつもりはなかったんです。」
「あぁ。」
「でも、どうなるのかなって思ったりはします。」
「普通の事だ。」
本田は暫く俺の問に答えず俯いたままでいたが軽く頷くと話を始め、俺は単発な発言に終始して本田の聞き手に回る。本田も段々落ち着いて来たようで、漸く顔を上げて俺を見た。皆、一概に言える事だが本田は特に来た時よりも痩せたように見える。
「…ご迷惑お掛けしました。出来れば、瑠奈先輩達には言わないで下さい。」
俺は松本をチラッと見た後で本田を見る。
「わかった。松本も中村も含めてこの事はここで留めておく。だけど覚えておいてくれ。ここにいてこんな事になれば辛くなるのも悲しくなるのも当然だ。それはお前自身のせいではねぇ。それに辛くなった時は俺でも同期のこいつらでも林でも、もし良ければ相談してくれ。そんなに人生の年季もねぇし、答えを出してあげられる事はねぇかもしれねぇけど、話を聞く事は出来る。それとこれは俺との約束。死なないでくれ。頼むよ。」
「…わかりました。」
「良し。松本、後を頼むぞ。」
「了解です。暫く散歩して帰ります。」
松本は本田を連れて「6」の家を出て行く。緊張の糸が切れた中村は椅子に凭れて深く息を吐いた。
「お世話になりました。」
「何をしたわけではねぇよ。話を聞いただけだ。功労賞は松本だよ。」
俺達は冬を乗り切れるのだろうか。俺も深く息を吐く。この息が白くなるのも時間の問題だ。暖房機器のないこのフェンス内で心身ともに過酷な冬を過ごし切って春を迎える自信は、俺とて完全にあるわけではなかった。