6-4
私達がここに来て169日目、女子は前回の日記でも書いた通り玲菜のお陰で樹里が改心してくれたし、その玲菜と芽郁がいつの間にか仲良くなってて、昨日は芽郁に連れられてだけど玲菜が「2」の家に遊びに来てくれるまでになりました。私としてはとても嬉しいです。問題は市来くんと大山くんです。ナシーフくんを亡くした上に大山くんの謹慎を無視してフェンス外に出た市来くんには、大山くんの判断で5日間の謹慎と3日間の食糧制裁が科されて、その期間は玲菜に探りを入れても大人しく謹慎してたようなんだけど、謹慎明けの今日、早速フェンス外での探索を再開しました。大山くんとしては実際危険な目にもあったわけだし、無理せず、活動の縮小・中止を提言するつもりだったようだけど、意見は合わなかったようです。この日記を見返すと、意外と2人の愚痴多くて今回もそんな日記になってしまったけど、次に書く時までに仲直りしておいてくれよ。私も明日にでも話してみようと思います。
「林瑠奈の日記」より引用
--------------------------
「ちょっと待て、松本。」
ここに来て170日目、昨日今日と、ブランクと恐怖心、更には俺としても秘めている考えと俺なりの葛藤もあったために5時間を守って探索に終始し、無事に帰って来た俺は、坂本も出掛けているので人で午後のゆっくりとした時間を過ごしていたわけだが中村と松本の来訪に阻害されて背を預けていた椅子から体を起こし、いがみ合っている2人を見る。
「何だ?」
「否、何でも。」
「市来先輩、私も市来先輩の活動に参加させて頂けないかと思って。」
中村ははっきりと俺に告げた松本に頭を抱える。
「急にどうした?」
「元々、先輩の活動には興味がありました。でも、ナシーフ先輩に加えて中村もいるし私が志願しても断れるのは目に見えてましたので。ですが、ナシーフ先輩を亡くして2人だけになって、私であっても使えるものは使いたいかと思って志願しました。」
「ほぉ。」
俺は松本を見る。相変わらず凛とした奴だ。逆に横で中村は狼狽している。
「ナシーフを失って傷心中の俺に、ナシーフよりも死にそうなお前を使えと?」
「確かにナシーフ先輩よりも持久力にも瞬発力にも劣ります。ですが、恐れながらナシーフ先輩も覚悟の上で先輩を支持したのでしょうし、私も覚悟して今日、ここに来ています。それに先輩も腹を括っているからこそまたフェンス外へ出ているのでは?」
「それは辛辣で聡明な意見だな。」
「市来先輩!」
俺は無表情のまま切り返す松本に苦笑する。正に孤高だ。聞くところによると学業もかなり優秀で、模試では県ではなく全国単位で上位を争っていたそうだ。逆に、松本の意見に折れた俺に対して中村は俺を非難するような声を上げる。中村は俺がフェンス外活動を再開した事に対してもまだ完全に納得していない節もあった。俺の事情に加えて、この辺りもあってリハビリ期間を設けているわけだ。
「俺は認めませんよ。松本では無理です。別に俺は同期だから言ってるわけではなくて、松本では根本的な才能に疑問が残ります。市来先輩は昔、俺に対してフェンス外に出て危険を目の前にした時に生死を分ける一歩を踏み出させるかどうかは走力でも敏捷性でもないって言いましたけど、それは走力と敏捷力としては問題ないレベルにあった場合の話です。俺は松本がその域に達しているとは思えません。それに、純粋に1人遅ければ前回までの到達地点へ到着するまでに時間を要して、新規開拓出来る時間も制限されます。総合的に考えて、松本を連れて今までと同様の探索をするのは無理だと思います。」
「…ほぉ。松本、反論は?」
「…これに関しては。市来先輩と中村より能力で劣る事は自覚しています。」
「良し。」
俺は手を叩く。
「松本、申し出には感謝する。だが、中村の言う事にも一理あるのは事実だ。新規開拓にお前を連れて行く事は現時点では出来ねぇ。でも、お前の言う通り人手不足なのも事実だ。中村の加入までは俺とナシーフだけだったが、中村加入後は更に効率も上がったし1回で採集出来る食糧も増えた。そこで松本にはそんなに時間を掛けずに採集だけで帰って来る日に試験的に一緒に出て貰おうと思うんだ。どうだ?」
「私としてもまずそれで、よろしくお願いします。」
「…まぁ、それであれば。」
中村も仕方なくといった様子で俺の提案を承諾する。
「明日、早速採集に出る。その時に俺達の知ってる事も話す。家に関しては毎日参加するわけでもねぇしこれまで通り「2」で過ごし、明日の明朝こっちに顔を出してくれ。松本を必要とする日にはその都度声を掛ける。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
「松本。」
俺は話をまとめて今にでも踵を返しそうな松本を呼び止める。
「俺の活動の何処に興味を持った?」
「市来先輩の活動は希望だと思ってます。大山先輩の道理が御尤もなのは百も承知です。リスクを全て排除してフェンスの中で生活すれば安寧を得られる。でもそれでは鳥籠の中の鳥です。元の生活に戻れるか否かを天に任せるだけでは…いつか頑張れなくなりそうで。」
「お前の気持ちは理解した。明日はよろしく頼む。」
「よろしくお願いします。」
最後、松本にしては人間らしい一面を見せ、それでも颯爽と家を出て行く。このペースを持って行かれそうになる感じに高倉を思い出して、俺は懐かしくなった
「市来先輩、俺を試しました?」
「何の話だ?」
「勘弁して下さいよ。それに俺は正直、松本を加える事には反対です。それにまだ俺は…。」
「市来、大山だ。瑠奈もいる。」
中村の話はノックと大山の声に遮られる。俺は大山と林の入室を許可し、中村も体裁を整えて大山達を出迎えた。
「今、楓来てたけど良く来るの?」
「否、あいつがここに来たのは初めてだ。俺の活動に興味があるのでナシーフの代わりに自分を使ってくれと自薦しに来た。」
「それで?」
「制限を付けて許可した。まずは採集を中心として5時間までの活動に留める日に連れて行って様子を見て、今後に関しては判断する。」
俺の回答に当然、大山と林の表情は曇り、胡麻化す気配もなくはっきりと松本に関して大山達に告げた俺に、中村は少し苛立った様子を見せた。
「止めてくれれば良かったのに。」
「本人の自薦だ。それに人手が足りないのは事実だからな。」
「市来、今日はその事を話しに来たんだ。」
林と俺の会話を大山が遮る。俺は真面目な表情をしている大山を見る。
「フェンス外活動を中止してくれないか?」
「急にどうした?今まで俺の活動は黙認されてたし、それによる恩恵もあったはずだ。流石に時期的にもバナナは採れなくなったがまだ木の実は採れる。」
「勿論、その事に関しては感謝してるよ。今後寒くなって食糧難になった時に市来が採って来てくれた食糧が重要になる事も知ってる。木の実で作ったジャムは今も今後も貴重な食糧だ。でも、現実的にrisk vs benefitに解離が起こっている事も事実だ。市来だってそれはわかってるはずだろ?結果としてナシーフも亡くした。ナシーフを亡くした事を理由に辞めろと言うのはここまで頑張って来た市来にもナシーフにも酷な話だけど、それでも転換期に来てる、良い機会だ、とも俺は思うぞ。」
反論の余地のない正論だ。俺は渋い顔で大山を見る。横で林も心配そうに俺を見ていた。俺は大きく長く息を吐くと困った表情で大山を見る。
「俺も悩んでるんだ。」
「…話してくれよ。ためには市来の相談も聞かせてくれ。」
「俺の活動が停滞している事は俺自身良く理解している事だ。活動を始めて10日もした頃にドームハウスを見つけはしたがそれ以降は探索範囲を拡大しても黒幕の痕跡は見つけられず、探索期間も1ヵ月を超えて、決死の覚悟で5時間のタイムリミットを無視して探索するようになっても結果は変わらず、最近では大分このフェンスを離れた場所まで足を伸ばしているがその影響でそこに達するまでの往復の道中に殆どの時間を費やしてしまってる状態だ。勿論、目的の1つだった食糧の確保に関しては俺自身貢献出来ていると意義に感じている。だが大山の言う通り、今の俺達の活動のrisk vs benefitは解離してる。それでも、俺がこの活動を続けるのは…。」
「希望だから、だろ?」
俺の発言を大山は遮る。松本と同じ事を言った大山に中村は目を見開いた。中村は足で貢献出来ると自薦して来た奴だ。その点、ある意味で中村は俺達より強い。
「俺が言った事だ。」
「俺も同じ事を考えていた。だが実際、俺自身は…思えば今に始まった事じゃねぇが希望を失い始めてる。恐らく俺の足の届く範囲に黒幕に辿り着けて、元の生活に戻るための手立てはねぇんだって。だが、これは俺だけの希望ではない事も俺は知ってる。辛くてもひもじくても生存し続ける、明日への足を止めずにいる事によって報われるかもしれないって思える希望は、大山を支持してる奴にも必要な希望だ。」
「あぁ、今までその希望をくれた事にも俺は感謝してる。でも…これは俺の責任でもあるけど市来だけが背負うものではない。その足を止めるのを俺達は誰も咎めたりはしない。皆でその事実も背負って、頑張れるように徒党を組むだけだ。」
「そうだよ。市来くんだけの背負うものではない。皆の犠牲にならないで。」
林も俺を見て声を震わせる。
「でも、今足を止めるなら1週前に止めておけよって、そうすればナシーフも死なずに済んだのにって…結果論だけどな。」
「あぁ、結果論だ。」
俺は葛藤の全てを大山に吐露する。
「少し時間をくれ。どうせこの数日間は5時間を守って安全に採集に専念するつもりだ。山の頂上が紅葉して来て一部落葉も始まってる。取れる木の実は採集して保存食にしておいた方が良い。」
「わかった。よろしく頼む。ただ、くれぐれも気を付けてくれ。お前の墓を作るのは御免だ。丹羽の言った言葉、忘れるなよ。」
「…わかった。」
大山はそう言うと出て行く。風に当たりたくなった。俺は中村の肩を軽く叩くと1人で「6」の家を離れて海風の吹く海岸線沿いと足を向けたのであった。




