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ここに来て4日目、私達は相談の上で農耕を始める事になり、今日も荒れた土地の開拓に努めています。日々感じるのは他の4人に対する感謝です。大山くんは勤勉であり誠実で、実際にリーダーとして私たちをまとめてくれているし、丹羽くんは沢山喋る人で明るくて面白く雰囲気を上げてくれるし、伊藤くんは逆にあまり喋らないけれど几帳面で私より上手に料理を作ってくれるし、市来くんも見た目と雰囲気は少し怖そうな人だけど本当は怖くなくて、大山くんの相談に乗っている凄く頭の良い人で意外と気配りも上手です(こんなの市来くんに見られたら怒られそうだけど)。そんな中で今は畑仕事とか貧相な生活を大変に思うよりも前を向いて日々を過ごせていると感じます。色々女子として畑仕事を免除して貰ったりと気を遣って貰っている部分も多くて申し訳ないけれど、私も出来る事で皆に貢献出来るように頑張ろうと思います。
「林瑠奈の日記」より引用
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「市来、また相談なんだけど。」
「何だよ。」
己を劉備、俺を孔明に例えるとだけあって、大山は事あるごとに少しでも懸念事項があれば俺に相談に来るようになった。別に三顧の礼で迎えられたわけではなく一緒に連れて来られただけだが正に水魚の交わりだ。水魚の交わりとは慣用句の一種で、「魚は水があってこそ生きて行ける」事に転じて「欠く事の出来ない友の存在」を喩えたもので、三国志で言えば劉備と孔明の関係を指す時に使う言葉なのだそうだ。これは大山に教えて貰った事で、流石劉備を語るだけあって、大山は三国志への造詣はあるようだ。俺は筋肉痛に耐えるように慎重に振り返り、今日も今日とて大山の相談に乗る。
ここに来て4日目、俺達は2日目に開催した会議の中全会一致で、大山と俺の当初の予定通り、生活と食糧問題の安定化に向けた農耕の第一歩として畑の開拓を始めた。今は日当たりの良い場所を選定して雑草を処理し、「7」の部屋にあった鉈で土を起こしている段階だ。鉈、肥料、各種の苗・種に加えて割と固く見えた地面自体も乾燥の影響もあったようで思ったより砂利の割合も少なく柔らかく畑に使えと言わんばかりの土壌で、農耕をしろと暗に示されているようで気持ち悪くはあるが、今は畑が作れそうである事をプラスに捉えて開拓を進めている。そして本格的に作業を始めて2日半、俺達は今、体育と部活を超えた肉体労働の代償として全身の筋肉痛に襲われていた。
「伊藤の事だけど。」
大山は話を切り出す。
「丹羽とも後で相談して了承を得るつもりだけど、伊藤を配置転換しようと思って。…それでえっと理由としては…。」
一度話を止めようとした大山は気付いたように話を続ける。恐らく昨日、相談する時には雑談ではないので内容と理由を一緒に話してくれと俺に咎められたのを思い出したのだ。俺は自分で言うと極悪人のようだが思った事はすぐ口にするし人の感情に対してもあまり配慮しない性だ。相談するのも疲れるだろうし適任とは思えないが昨日の今日で大山はまた相談に来た。何を気に入られたのかは知らないが信頼は感じる。
「…伊藤は取り敢えず男子だし、あまり1人にするのも気持ち的に良くないと思って土起こしの頭数に入れたけど、小柄だし力もそんなに強くないし正直戦力になっていないところもある。でも、砂利を拾ったりするのは丁寧だった。元々丁寧な性格なんだと思う。それで伊藤には土起こしの代わりに「7」の家の管理を任せようと思ってるんだ。「7」の家にある備品を俺達は正直あまり把握出来ていないし、4日目なのに段々汚くなりつつある。伊藤には棚の整理と備品の内容と残数のリストアップ化をお願いするつもりだよ。」
「そこまで立案してあって非の打ち所ねぇんだ。俺にまで持って来なくても自分で決断しろよ。どうせ林にも相談して持って来たんだろ?」
「まぁね。でも市来の関門は突破しておこうと思って。最終試験代わりだよ。」
決して褒めたつもりはないのだが大山は嬉しそうだ。
実際、大山の意見は最もであると言える。伊藤は見た目も小柄で性格も大人しく非力でもあり、どう見ても土起こし等の肉体労働には不向だった。逆に真面目で几帳面に見える伊藤に「7」の家を任せるのは適任に思える。
そしてその効果はすぐに表れた。
「伊藤、入るぞ。」
「お疲れ様。」
数日後、俺は「7」の家に備品を取りに入り、見違え始めている家を見渡す。元々、「7」の家は間取りとしては「2」~「6」までとそこまで大きな変化はないが「2」~「6」の家より一回り大きく、業務用のスチールラックが無秩序に置かれ、所狭しと乱雑に備品が置かれていたのだが伊藤はリフォームにも着手してくれているようだ。
「ごめん、まだ色々途中で逆に散らかってしまって。」
「大丈夫だ。逆に1人で大丈夫か?」
「逆に焦らずに自分のペースで仕事させて貰ってるよ。」
「それは良かった。」
無秩序に置かれていたスチールラックは秩序を以て並べられ、ラックの横にはノートのページを切り貼りした棚番号が振られている。また、畑関係のものは入口近くにまとめてくれたようだ。どうしても畑から直通で来ると汚れる玄関も綺麗に掃いている。
「何を探しに来たの?」
「あぁ、種を見に来たんだ。それと「6」の家のトイレにまだトイレットペーパーがなかったんでついでにそれも取りに来た。」
「種は1の棚に、トイレットペーパーは奥の4の棚にあるよ。」
「全部覚えてるのか?」
「丁度、リストを作ってて覚えてただけだよ。」
伊藤は俺の質問に謙遜する。伊藤は本当に几帳面な奴のようだ。見せて貰った備品の内容と残数をリストアップしたノートも丁寧な字と真っ直ぐな線で綺麗にまとめられている。俺がこの仕事を任されたら滅入りそうだが元々職人肌で黙々と仕事をするタイプの伊藤にとってはこのマメな仕事に対するストレスもないようで性に合っているように見えた。
「種だけど、どのくらいで育つとか書いてあったか?」
「一応簡単な説明程度は書いてあったよ。」
「大山とも相談して出来るだけ早く育つものを見繕っておこうと思ってるんだ。」
「手伝うよ。」
伊藤はそう言うと仕分けをしているものの乗っている机の上を片付けて種を出してくれる。
「一番簡単なのはスプラウトっぽいよ。あとはラディッシュ、小松菜、ベビーリーフあたりは上手くいけば1ヵ月、このピッコロって人参は2ヵ月って書いてある。この辺のは苗でもあるし上手くいけば1ヵ月以内にある程度形にはなると思うけど。」
「芋あたりは腹に溜まりそうだし時間が掛かっても植えておくとして…このロッサビアンコ、ファジョリーニミスティって何の野菜なんだよ。記載も外国語だし。」
「それは俺も流石に…。」
それから暫く、俺達は種と苗の品種を一通り調べた。主にしてくれたのは伊藤だ。俺は伊藤の声を聞いて、構想し、種を仕分ける。
「取り敢えずこんなところか。何となくイメージは湧いた。邪魔したな。」
「全然だよ。お疲れ様。」
伊藤も会った当初に比べると表情も出て来て段々平常を取り戻しつつあるようだ。大山の配置転換も奏功したと見える。俺はそれを言うと大山が調子に乗りそうだと思いながら「7」の家を離れたのであった。




