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私達がここに来て155日、美凪と真由で言えば95日、芽郁で言えば65日、里桜と楓で言えば35日、そして由佳と樹里も5日目になりました。丹羽くん達を失った悲嘆の喪も明けて新規のメンバーを迎えた中、正直言って大山くんも、そして傍から見れば多分私も、緊張していると思います。5期のリーダーは田中くんに決まりました。中学2年生相応な感じの幼い感じもあるし、あがり症にも見えるけれど、変に驕らずに5期を引っ張ってくれそうです。井上くんは寡黙だけど大山くんを支持してくれてリーダーになった田中くんを支えてくれています。彼等を見ていると出会った頃の大山くんと市来くんを思い出して微笑ましくなります。由佳は内気な子だけど真由と同郷で実家も近くにあるようで地元トークを通じて真由を中心に親睦を深めているようです。後の2人は…山下くんは変なところでお調子者だし少し鼻に付く言動はあって、まだ慣れていないのかなって思う反面加藤くんのようにならなければ良いなとも思うけど、最近では良く田中くんと井上くんと3人でいるところを良く見掛けます。このまま同期と一緒に頑張って行ければ大丈夫そうです。樹里は…正直言って私達とも距離があります。この事に関しては大山くんにも相談して早めに対処しないと…また悲劇を繰り返してしまう前に。
「林瑠奈の日記」より引用
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「そこまで真面目に掃除しなくても良いぞ。確かに掃除を頼んだのは俺だけど、贖罪でも罰則でもねぇんだし、ちょっと汚ぇくらいは気にしねぇよ。それに何度も言うように俺はお前を奴隷にするために引取ったわけでもねぇんだ。しおらしくしてなくても良いし、誓約と良識の範囲内で自由にして良いぞ。そんな事で飯抜いたりはしねぇよ。」
「別に無理してるわけではないので。」
俺は坂本に声を掛ける。ここに来て以降の坂本は相変わらずすれていて愛想はないが、想定した以上に従順にあたえられた仕事をこなしていて逆に心配になる程でもあった。掃除も四角な部屋を丸く掃くタイプだと思っていたのだが意外と目配りの利くタイプのようで綺麗に掃除をしてくれている。俺達が外に出ている時に出歩くのも自由だと伝えてあるが林の見た限りでは常にこの家で留守番をしている様子だった。
「あっそ。何かあれば言えよ。俺は出る。中村もいるしお前は好きにして良いぞ。」
俺は坂本にそう言って家を離れる。向かった先は女子部屋の前だ。そこにいる美凪と宍戸、そして新加入の堀に対して俺は軽く手を上げて挨拶をする。
「お疲れ様です。」
「お疲れ。堀も大分慣れたようで何よりだ。」
「真由先輩達のお陰です。」
「同郷なんだって?」
真由はその声に嬉しそうな笑顔を見せる。先日までは悲嘆に暮れていたが堀が来てまた良く笑うようになった。俺も笑顔で答える。
俺達の出身地を見る限り、必然的に首都圏出身者が多いが俺も含めて首都圏から離れた地方出身者も東日本に限定されているようだ。今回、北海道出身者の田中も加わった事で更にそれがはっきりとした。実際に地方出身者も林達は東北、山本は北関東、松本は甲信、俺は東海と多岐に渡り、新潟と北陸出身者はいないが凡そ日本の東側にある都道県は制覇された事になっている。
「何処?」
「千葉県の松戸です。」
「あぁ、名前は知ってる。美凪、お前千葉に行った事ある?」
「ディズニーランドには言った事ありますよ。」
「ディズニーランドが千葉だって知ってて何よりだ。」
「あー、東北出身者馬鹿にして。意外と多いんですよ?芽郁も仙台だし。」
「東北出身者を馬鹿にはしてねぇよ。そんな事言ったら俺のところの中村も東北出身者だ。」
俺は美凪に話を振り、軽快に会話をする。話すのは久し振りだったが会って話せば阿吽の呼吸のようにして適当な距離感を取り戻せる。
「2人とも変わりはないか?」
「お散歩しておいでよ。」
「別に気を遣わなくて良いって。私は変わりないです。峻先輩も大丈夫です?」
「俺も大丈夫だ。俺達はまだ前に進んで行く必要がある。」
「強いですね。」
俺は周りを見る。
「岡田はどうだ?」
俺の質問に真由は視線を下に向け、美凪はわかりやすく顔を顰める。
「瑠奈先輩も色々声掛けしてるんですけど、掛ければ掛けただけ険悪になって…。」
「楓とは少し違う感じなんですよね。」
「だろうな。松本は1人でいたくてフラフラしてるタイプだ。」
俺も顔を顰める。岡田はもう一人不穏な雰囲気のある山下と結託する様子はなく単体で多々良のようになるとも思ってはいなかったがこのままズルズル行くと取り返しが付かなくなる事は目に見えていた。
「市来先輩、お話し中失礼します。」
声を掛けて来たのは山本だ。俺は山本を振り返る。
「何だ?」
「お時間よろしければ大山先輩が意見交換したいと。」
「了解した。今、行く。」
俺は美凪達に手を振って別れ、山本と共に「1」の家に歩く。大山の右腕は誰か、そう考えた時に大抵の人は俺と林の名前、そして少し前であれば丹羽の名前を出すだろうが俺は山本だと思っている。2期のリーダーの中本も右腕に値する仕事をこなし常に冷静で信頼に足るが割と職人肌で全体を統率するタイプではなく、性格と思考回路が最も似ているのは3期のリーダーで責任感もある山本だ。
「坂本の一件、改めてありがとう御座います。」
「慈善事業ではねぇよ。俺としても必要と思って囲ってる。」
「坂本はどうしてます?」
「しおらしくしてるよ。無理しなくて良いとは言ってあるんだが。」
「そうですか…。」
山本は同期である坂本の話を切り出す。
「話したりはするのか?」
「否、来たばかりの頃には話したりもしたんですが…でももう少し何か出来たかなって…そうすればこんな事には…って思わない事はないんですけど。」
「あんまり自分を責めるな。お前の責任ではねぇよ。」
「…ありがとう御座います。」
山本としても思うところはあるようだ。俺は山本をフォローする。
「良い加減にして下さいよ!」
向かった先の「1」の家で聞こえて来た声、それと同時に扉が開いて岡田が出て来る。遅れて林も岡田を追って出て来た。俺と山本は足を止める。
「今日の相談って岡田の事だったんだろ?」
「そうです。でも先に瑠奈先輩と三者面談をしていて、その結果も踏まえて俺と市来先輩、中本先輩を交えて相談する予定でした。」
「待って、樹里。」
「年齢が上とか先にこの場所に来たからって偉そうに命令しないで下さいよ。」
「命令なんて…一緒に仲良くして行くために困っている事とか悩んでいる事を共有して解決しようって話で。」
「それが迷惑なんですって。あの人も偉そうに自分が絶対みたいに話して。」
「1」の家を出た先で岡田は大声を出して林に反論する。口論を聞きつけた美凪達も走って来た。同じく「3」の家からは田中達も走って来る。殆ど全員集合した「1」の家周辺は異様な緊張感に包まれた。
「何です、これ。まるで私が悪者みたいに。」
「そんな事は…。」
「それも自分の責任でしょ。」
林の声を遮って聞こえて来た意外な声、俺は出て来ていた坂本を見る。
「もしそう感じたならそれも自分の責任だよ。」
坂本は岡田に対して同じ言葉を繰り返す。
「何なんです?」
「ウチは…大山先輩達は黙っててくれてるけどウチは…内乱の首謀者の一味だった。」
5期にとっては寝耳に水のカミングアウトに岡田は驚いた表情を見せる。
「ウチは…正直言って会った瞬間大山先輩が気に入らなかった。ウザいセンコーみたいだし、自分こそ正義だって顔で色々ここでの生活のルール押し付けて来るし…それに同調してる林先輩達も気に入らなくて…畑仕事も嫌だったし、ウチはその首謀者…多々良と一緒に大山先輩達と距離を置いた。それだけの理由で。で、大山先輩に取り敢えず反抗して、畑は手伝わなくて逆に邪魔までして、それでいてご飯は貰って…ウチは馬鹿だけど、そんなウチでもここで暮らして行く中ですぐにわかった。大山先輩達は正しいんだって。大山先輩はウチ達全員の事も色々考えてここでの暮らしを支えてるんだって。でも、その頃にはもう遅くて…ガキっぽいプライドで謝れなくて…追い詰められてあんな事に…本当にサイテーな事をしたと思ってる。ウチは…本当に後悔してる。」
多々良の死後も、一度も涙を流す事がなかったあの坂本が、岡田にまっすぐ視線を向けたまま隠す事なく泣いていた。林達も少し驚いた表情で坂本を見つめる。
「あんたもこの5日間でわかったはず。同期が先輩達と仲良くなって仕事を手伝い始めたのに何もしないで、それでもご飯は貰って、気も遣って貰ってる事に肩身の狭い思いもしてるはず。だけど、あんたはまだ間に合う。今ならまだ大丈夫。先輩達も許してくれる。恥ずくても未来で過去の自分を責めないために。絶対にウチのようにはならないで。」
坂本はそこまで言うと踵を返す。岡田はすっきり毒気を抜かれたようで茫然と立ち尽くしていた。俺はいつもより勇敢に見える坂本の背中を見送ると、呆気にとられた表情で苦笑している大山と合流した。
「市来先輩。」
30分ほど大山と会談し、岡田に対する話とフェンス外に関する情報交換を終えて「1」の家を出たところで俺は小林に声を掛けられる。
「何だ?」
「えっと、お家に伺っても良いです?玲菜と仲良くなりたくて。」
「…あぁ、俺は歓迎するよ。あいつは知らんけど。」
俺は小林を伴って「6」の家に戻る。「6」の家にいたのは坂本だけだった。俺は少し気まずそうに目を逸らした坂本を見る。
「名演説だったよ。」
「馬鹿にしてますよね?」
「そんな事ねぇよ。俺を何処まで非人道的な奴だと思ってるんだ。それより坂本、客だぞ。」
坂本は顔を上げて小林を見る。
「何?」
「今更だけど玲菜と仲良くなろうと思って。」
「は?」
坂本は何とも言えない表情で小林を見て、その後に俺を見る。
「何です?これ。」
「お前もまだまだ、間に合うって事だ。」
「…サイテー。」
俺の意図は伝わったようだ。坂本は顔を顰める。それでもその発言に棘はなかった。小林も内気な割に打たれ強いようで坂本の態度にも関わらず坂本との距離を詰めて隣の席に座った。これまで3期の中でもあまり目立たず俺との関りも薄かった小林だったが、小林なりに考えていた事はあったようだ。俺は邪魔しないように踵を返す。
「あ、坂本。岡田だけどな。少し時間を下さいって言って来たそうだ。でもまぁ、その後に田中達とも話してたし、あれは上手く行きそうだ。感謝してる。」
俺は最後に告げて家を出た。




