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4-4-1

ここに来て139日目、灯里が最後に覚えている日付は8月19日だったので今はとっくに9月も上旬です。あんまりここでは誕生日の話をしないけど(正確な日時がわからなくなっている事もあるけれど)、実は9月5日で私は誕生日を迎えたので18歳になったはず…知らぬ間に年を取ってしまったけどおめでとう私!最近では敢えて気楽に2-3日平気で日記の間隔を開けているけれど、正直そんなに頑張って毎日書く事もない平坦な日々が続いています。畑も作り直して1ヵ月が経って、150日目に更に新しく人が来る頃には第一陣を収穫出来そうなので一安心です。メンバーに目を向けると里桜も表面上はそこまで心を病む事なく日常に戻ってくれました。幸いにして怪我も大丈夫そうです。灯里は強い責任感を以て加藤くんを叱責して、多々良くんにも喰って行ったのでヒヤッとしたけど、多々良くん達による目立った報復はなく穏便に過ごせています。多々良くん自体は昨日も大山くんとは口論になっていてそれは心配だけど。心配と言えば20日が経っても楓があんまり馴染んでいないように見える事です。殆ど「2」の家にはいないし。だけどそこまで辛そうではないし、市来くんのように1人で過ごすのが好きな子なのかもしれないけど…。

「林瑠奈の日記」より引用

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「最近はどうなんだよ?」

「変わりないですよ。真由と芽郁は元気に見えないけどそれなりに元気だし、里桜はあんな事があったけど気丈にしてるし、灯里と楓も良くも悪くも普段通りです。」

「お前の事だよ。」

俺は美凪に呆れ顔を見える。美凪と2人で話すのは久し振りだ。今日は加藤の1件もあって女子部屋になっている「2」の家の裏を避けて、散歩も兼ねて「6」の家の近くまで来て貰って俺は美凪と話をしている。


「別にお前を散歩に誘ったのは情報収集のためではねぇよ。情報収集であれば適任不適任はまた置いておいて慣れた林に声を掛ける。」

「珍しく散歩に誘ってくれたんで仕事モードなのかと思って。」

「時間あったしたまには話そうと思っただけだ。」

「ありがとう御座います。じゃあ先輩後輩としてのプライベートモードって事で。」

美凪は笑顔を見せる。恐らく暦の上では9月になったがまだ残暑が続いていた。それでも山を吹下りる風と大洋から届く海風は心地良く、体感は気温よりも低く感じている。更に朝晩は少しずつ冷えて来たように思えた。山の頂上付近を見上げると、紅葉も見え始めている。徐々に秋の足音が聞こえ始める中、俺達は家の日陰に入って話を続ける。


「で、お前は?」

「私も変わりないですよ。本当です。変わりなくて暇ですけど。」

「それは今に始まった事ではねぇよ。」

「ですよね。峻先輩もお変わりないですか?」

「俺も特には。探索も相変わらずだ。」

美凪は良く話す奴だが人を無視して一方的にマシンガントークをするタイプではなく、相手を気遣ったり出来る子だ。話しているとわかる。


「無理しないで下さいよ?」

そう言った美凪の目線は1人でフラフラしている松本を捕えていた。俺も松本を見る。


「瑠奈先輩も楓の事は心配してるんですけど。」

「馴染めなくてフラフラしてるわけではねぇんだろ?」

「そうだと思います。朝夕は家にいて食事の時には「1」の家にも来るし、任せた仕事は卒なく出来て、話せば普通に話してはくれるんですけど。」

「部活は何してたって?」

「バスケ部って言ってました…あ、駄目ですよ。」

「志願もしてねぇのに勧誘したりしねぇよ。」

俺は美凪の心配を一蹴する。松本とは何度か話した事もある。少し擦れた感じはあるが拗ねているわけでもなく、悲嘆しているわけでも反抗しているわけでもなく、敢えて呼ぶのであれば孤高でいる奴のように見受けられた。


「そう言えば、瑠奈先輩この間多分誕生日だったんですよ。」

「誕生日か。存在も忘れてたな。日付感覚なくなって暫く経つし。林も林で言ってくれれば良かったんのに。丹羽が喜んで祝ってくれたぞ。」

「峻先輩の誕生日はいつですか?」

「俺?俺は早生まれなんだ。2月12日。美凪は?」

「私は5月です。5月24日。3ヵ月だけなんであんまり変わらないですね。」

「3ヵ月だけでこの差…。」

「聞こえてますよー。」

「安心しろ。聞こえるように言ったんだ。」

俺達は他愛もない言葉を交わす。元気そうだ。俺は暫く話して美凪の様子を確認して別れる。そして視線の先にいる高倉に目配せをした。


今日は高倉が来ると思っていた。昨日、多々良と大山が揉めた事は既に俺の耳にも届いている。それ故に「6」の家をあまり離れずに美凪にもこっちに来て話して貰ったのだ。フリーになった俺を見て高倉はゆっくりと俺の元へ歩いて来る。


「デートの邪魔して申し訳なかったですね。」

「デートなんてものではねぇ。だが、弱みだと思って美凪に手出したりするなよ。」

「勿論ですって。多々良だって市来先輩と兼子先輩の仲は把握してるでしょうけど下手に手を出せば大山先輩の慈悲も空しく市来先輩に抹殺される事は理解してますよ。」

「俺を鬼神のように言うなよ。それで何を揉めたんだ?」

俺は話を展開する。


「まぁ内容としては普段通りです。多々良を含めた俺達の処遇と、食糧、備品の分配に関して多々良が強気に出て断られる、と。まぁあそこまで揉めた原因は多々良の気が立ってただけですよ。最近、多々良の機嫌が悪くて…ここに来てすぐ大山先輩に啖呵切ったところまでは調子良かったですけど、自分で畑燃やして立場悪くして、待望の4期も来てくれたのは加藤だけ、その加藤も馬鹿な上に先日の制裁にも巻き込まれて…機嫌悪い時には俺と坂本でも近寄れなくなる時ありますし。」

「自業自得だ。一緒に何もなかったように暮らして行く事は出来なくても、良い加減に大山に頭下げて反大山派の看板下ろせよ。」

「それが出来れば苦労しないですよ。その辺子供なんで。実は丁度、大山先輩にもその提案をして頂いたんですけどそれも火に油を注ぐ結果になってしまって。」

「成程ね。」

俺は高倉の表情を見る。出会って当初のお互いを牽制するような絶妙な距離感はなく、高倉の表情は崩れてリラックスしているように見える。それでも高倉は暫くして息を吐いた後に真面目な表情で俺を見た。


「市来先輩、俺達どうなるんですかね?」

「俺にもわからねぇよ。黒幕の意図がわからねぇんだ。問題はそこだ。」

「ですよね…。」

高倉の声に俺も答える。


例えば推理脱出ゲームのように目の前に明確な謎があってそれを解ければクリア出来る、もしくはデスゲームのようにミッションを科されてそのミッションをこなして行けばクリア出来る、と言ったように黒幕の意図がはっきりしていれば、それはそれで別の葛藤に苛まれる事にはなるとしてもまだ希望はある。今回で言えば、危険だとしても山の向こうに港がありそこまで行けば脱出出来るとわかっていれば、俺達だって獣の彷徨う中を漫然と調査するのではなく港への安全で最短距離となるルートを見つける事に活動の意義を見出せるし、多々良達だって安寧を求める大山に反して元の生活に戻るために決起出来たはずだ。だが、何もない故に多々良は感情に行動が伴わずに燻り、俺も数ヶ月も実施して食糧と例のドームハウスを見つけただけで最近では獣に追われる事も増えた”risk vs benefit”に欠ける探索に終始してしまっている。決して連れて来ただけではない事も理解は出来るがこのまま5人、また5人と子供が送り込まれて来るだけの生活の意図とこの日々のゴールに関しての意味を見出す事に困難している俺達にとっては、先の見えない未来への恐怖を増幅する自分達の心も、また敵となるのである。


「また何かあれば、報告に来ます。優秀な諜報員として。」

「卑下するなよ。頼りにしてる。よろしく頼むぞ。」

俺達は暫く話した後で毎回の如くあと腐れなく別れる。この数日後、2度と話す事叶わなくなる事をこの時にはまだ知る由もなかった。

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