4-2
「市来先輩、高倉です。」
「来るの遅ぇよ。でも丁度良かった。」
「そんな無理を…。」
高橋達が来て3日目、俺は漸く待人の来訪を受ける。大山を支持した4期のメンバーは、中学3年生である事もあって最上級生として主体的に活動する事を知っている者も多く、問題なくリーダーを高橋に決定して恙なくここでの活動をスタート出来ているように見えた。その中で俺は加藤に関する情報を欲して高倉を待っていたのである。
「待ってたんです?」
「当たり前だ。早く加藤亮真に関する情報を出せ。」
「別に俺は市来先輩の諜報員じゃねぇですよ?」
来て早々叱責を受ける高倉は苦笑いだ。それでも用件は合っていたようで話を始める。
「まぁ、完全にあれは外れくじっすね。」
「何だそれ?」
「こんな事になったって言うのにRPGの主人公にでもなったような気分で浮かれてます。坂本は完全にウザがってますね。多々良としては先輩には従順なイエスマン要素もある加藤をまだ楽しんでるようですけど。俺としてもまぁ…後輩として使い勝手は良いですけどギャグ線も寒くて仲良くはなれないっすね。」
高倉の歯切れは悪くなり、渋い顔を見せる。
「多々良自体はどうなんだ?」
「まぁ市来先輩もお察しの通り、本来だったらここで屈強な男子を2-3人確保して大山先輩達を牽制したかったはずですけど当ては外れました。まぁ、女子の比率も多かったですし…坂本1人と林先輩達の2択であれば正直言って1択ですよね。勿論、坂本と誰を戦わせても1択です。あいつは先輩には向かねぇっすよ。それで結果としてこちらの陣営として手に入れられたのはあの加藤だけって事で多々良としてもその点に関しては少し気を立ててます。まぁその辺を上手く纏めるのが俺の仕事なんで程良く対処しておきますけど。」
「任せたぞ。」
「…これじゃ本当にだだの口車に乗って情報漏洩してる雑魚キャラっすね。」
高倉は薄々気付いてたようで苦笑する。今回、ペースを握っているのは俺だ。
「探索はどうなんです?最近は帰りも遅くなってるって聞いてますけど?」
「近場の探索は凡そ終わって食糧以外の収穫はなしだ。遠くに行くにつれてその前後の道中にも時間を要して新規に探索出来る時間も限られるし、相変わらず誰か達のせいで起こった食糧不足で採集に費やす時間が増えたのもあって効率も当初より下がってるが、今は山の中腹から海沿いにまで探索範囲を広げてはいる。それでも山頂、もしくは山頂を超えた向こう側の探索となると現実的には難しそうだ。あるとすれば向こう側とも心の何処かで思ってはいるんだが流石に山で1晩越す覚悟で挑むのはリスクもある。」
「先日の大山先輩の企てでもそうでしたけど黒幕はガードが堅いですからね。簡単に手に入る場所には証拠を落としてないようで。」
高倉は俺を見る。
「市来先輩、黒幕の話をしたついでに聞きますけど、この中の誰を疑ってます?」
「…わからねぇよ。」
「市来先輩だって疑った事はあるでしょ?この中に黒幕がいる可能性。」
挑発と誘導、高倉の漆黒の瞳を真っ直ぐに見ていると飲まれそうになる。不意に顕著となる威圧感はまるで覇王色の覇気だ。
「勿論、そんな事はここに来た日に考えた。大山とその件に関して話した事もある。大山は疑心暗鬼になっていてはここでの生活はままならなくなるし表面上ではあっても信頼し合って生活して行く事を大事にしたいって言ってそれ以降もその姿勢を貫いているが。」
「大山先輩らしい答えですね。市来先輩としてはどうなんです?」
「俺としても正直わからねぇよ。何を疑うにも決定打に欠ける。セオリーを重視すれば割と早期に黒幕の仲間は俺達の中に潜り込んでいる事になり、疑わしいのは1期の俺達と2期のナシーフ達にはなるが、逆にここでの意思決定に影響をあたえない事と人数が増えて俺であったり多々良のように分裂もした事で監視の強化を重視しようとしたのであれば3期、そして今回の4期の中に黒幕がいる可能性だって十分ある。俺の可能性もお前の可能性もあるよ。一応教えておくと伊藤は俺達で埋葬してるし島田は俺が遺体を確認した上にその後の探索の中でも遺体の残骸を確認している。2人である可能性出来る限り排除してある。」
あまり考えないようにして来た事だ。考え出せば誰も怪しく見えて来る。それに疑心暗鬼になって孤立すれば大山の言う通りここでの生活に支障を来す。
「大山先輩って可能性はどうです?」
「勿論ある。俺だって十分に想定している。だが…それ以上は何も言わねぇよ。」
「失礼しました。流石に不躾でした。…長話をしてしまいました。また来ます。」
「何かあった時は頼む。少し待ってくれ。来ると思って採っておいたんだ。持ってけよ。」
正直言って黒幕が大山であれば観念するしかない。険悪にした空気を素早く回収した高倉に対して、俺は1度家の中に戻って木の実とバナナを渡す。どうせ高倉は来るだろうと思って少し多めに取って来たものである。
「助かります。ありがとう御座います。」
高倉は素直に受け取ると1つ摘み食いをして颯爽と離れて行った。俺はその背中を見送った後で間の悪そうに帰って来るナシーフを迎え入れる。
「俺とお前の家なんだし、外して欲しい時は外してくれって頼む。帰って来るのまで委縮して気を遣わなくても良いぞ。」
俺の声にナシーフは苦笑いを浮かべる。
「その…実は俺、高倉って苦手なんですよ。別に何か実害があったわけじゃないんで完全に偏見なんすけど、後輩なのに絶対に勝てなそうな感じして。それにあの目怖いんですよ。」
「まぁ、それはわからなくもねぇけど。」
実際、飲まれそうになった俺はナシーフに同意する。
「で、本題は?何で、中村連れて来た?」
俺はナシーフと俺のプライベートトークの狭間で少し居心地悪そうにしている中村を見る。
「あぁそうでした。実は蒼大が俺達の仲間に入りたいって言って来たんで取り敢えず市来先輩のところまで連れて来た次第で。」
「ほぉ。」
俺は眉間に皺を寄せる。
「理由は?」
「足に自信があるからです。俺は秋田の山で育ってクロスカントリーの経験もあります。それで…俺は灯里達のようなリーダー性はないし丹羽先輩のように雰囲気を盛り上げられるタイプでもないので、ここでどのようにして貢献していくのかを考えた時に、市来先輩達の元でフェンスの外を探索する事だと考えました。」
性格の印象はナシーフより大人しいが中本のように何を考えているか理解出来ない程に寡黙でもなく、突然の面接で緊張している様子はあるが内容ははっきりしているようだ。
「面接のテンプレみてぇな答えだな。」
俺は生真面目な中村の発言に対して渋い顔で答える。
「そうだな…ナシーフ、どうする?」
俺はナシーフに意図のある笑顔で話を振る。勿論、ナシーフに決めさせるなんて無責任な事をするつもりはなかったが、ナシーフが中村をどのように評価していて、俺にどのような決断を求めているのかは興味があった。ナシーフは面接の対象が自分に移った事を察して本当に困ったような表現を浮かべる。中村としては意志を固く決めてナシーフに申し出たものの雲行きが怪しくなって来た事を察して心配そうな表情を浮かべた。
「と、取り敢えず、アピールポイントの足を見てみましょうよ。俺、相手するんで。」
「まぁそれもそうだな。言うほど走れなければ話にならねぇし。」
俺は搾り出したナシーフの答えに賛同すると外に出る。ナシーフはホッとした表情を見せ、緊張気味の中村を伴って俺に続いて外に出た。
「じゃあコースは、取り敢えず適当にフェンス周囲を1周してこの家の入口の壁にタッチして…そうだな、ついでにあそこにいる丹羽をタッチしてここに戻って来たらゴールだ。言っておくと少しでも畑を踏み荒らしたら失格だぞ。」
「最後の丹羽先輩のくだりは完全に…。」
「勘違いするなよ。純粋な走力に加えて機敏さも確認出来る最適なコース設定になってるはずだ。」
勿論、丹羽のくだりは完全におふざけだ。ナシーフもそれは察したようで項垂れる。横の中村はそれを聞くと、目はアスリートの目に変わり真剣勝負だと言わんばかりにストレッチを始めた。ナシーフもそれを見て感化されたようにアキレス腱を伸ばす。
「怪我はするなよ。」
俺はそう言うと間髪入れずに手を叩く。それに対して集中していた中村が素早い反応を見せ、ナシーフも一歩遅れて追随する。俺は腕を組んでその走りを見つめた。
フェンスの大枠を1周すれば凡そ800-1000m、元々、ナシーフは体も大きく学年も2つ上で中村の相手としては難敵であり、ナシーフが走り負ける事も想定していなかったが、これだけの距離を走れば力は測れる。それでも中村は序盤快走して飛ばして行くナシーフの背後に付いて走り続けた。フェンス周囲は俺達もあまり歩く事はなくそれ故に凹凸も激しいが流石にクロスカントリーをしているだけあって多少の起伏に関してあまり気にしていないようだ。急にフェンスの中を走りだした2人と腕を組んで眺めている俺を視認した丹羽達は何か始まった事を察して声援を送ってくれている。
意地を見せた中村だったが、周回の終盤ナシーフとしてはペースメーカーとして使われ続ける気はないとばかりにペースを上げて中村との差を広げて、俺の横を抜けて「6」の家に戻って来る。ナシーフはそれなりに飛ばした影響で汗を掻いて息も上がっており、それなりに本気を出している事が伺えた。少し遅れて中村、汗は掻いているが息のペースは一定で表情もまだ行けそうな感じはある。
「丹羽先輩!」
そして追い掛けられて多少逃げ回った丹羽を猛追してタッチした2人は無事に戻って来る。最後ナシーフは勝利を確信して流して戻って来たが中村も最後にペースを上げる気概を見せてゴールしてくれた。
「お疲れ様、楽しそうだったし俺も走れば良かった。」
「思ったより差を付けられなくて面目ないです。」
俺は暫く歩いた後で止まって息を整えるナシーフの背中を摩り、中村を見る。
「良い走りだった。」
「ありがとう御座います。」
「あとはまぁ…くせぇ話にはなるけど、フェンス外に出て危険を目の前にした時に生死を分ける一歩を踏み出させるかどうかは、走力とか敏捷性とかによるわけではねぇ。じゃあ何ってところは走って行く中で、自分自身で見つけてくれ。」
俺の声にナシーフも笑顔で頷く。中村としてはあまり理解出来ていない様子ではあったが俺の声に対して神妙に頷いた。
「ナシーフ、これは合格で良いって事か?」
「勿論合格っすね。市来先輩が良ければ。」
「じゃあ合格で。」
「ありがとう御座いま…。」
「峻!てめぇこの野郎、俺をカラーコーンのように使って…。」
合格を告げ、中村も安堵の笑顔を見せる中、乗り込んで来たのは丹羽だ。特にナシーフに鬼気迫る表情で追い立てられた事で汗を掻いている。
「中村が、あれは丁度良い目印ですねって言ったんだ。あと、責任は直近の先輩であるナシーフ先輩が取ってくれるって事だったぞ。」
「ちょ…え、入って早々に後輩いびりって。」
「勘弁して下さいよ、市来先輩。」
生真面目な奴だと思ってたが意外とリアクションは良いようだ。俺は罪を逃れようと責任を後輩2人に丸投げする。
「蒼大、てめぇこの野郎、新人の分際で…。」
「丹羽先輩、お、俺じゃないっすよ。市来先輩!」
丹羽も怒っているわけではなく、俺のばっくれに対しても百も承知した上で矛先を敢えて中村に向けた。丹羽の弄りに中村は声を上げる。俺は思ったより弄り甲斐のありそうな中村を放置してナシーフを残す温情を見せて家へと戻ったのであった。