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4-1

「今日は妙に朝早く起きてるんだな。」

「これはこれは市来先輩にナシーフ先輩、おはよう御座います。良い朝ですね。」

俺はその日の朝、普段ならこんな朝早く外に出ているはずはなくまだ「5」の家で寝ているはずの多々良達を見かけて声を掛ける。それでもこれも今日に限っては俺の中で想定の範囲内の出来事であり、俺は一言目に多々良を挑発するような言葉を選択する。多々良は俺の声に挑発で返した。高倉は表情を変えず、坂本はまだ眠そうで少し不機嫌そうにしている。


「何してる?」

「そんな目で見ないで下さいよ。散歩ですって。でも、今日は俺達がここに来て30日になるんでもしかすると後輩達が来てしまっているのではないかとは思ってまして、その場合は多忙な先輩達の手を煩わせるのも恐縮なので、大山先輩にして頂いたように俺達でこのフェンスの中を案内してあげないとだとは思ってますよ?そういうのは大御所の出る幕ではなく、俺達のような年少の仕事ですんで。」

鼻に付く言い草だ。それでも多々良は、この理由では反論も出来ないだろと言わんばかりに不適に笑っている。俺達がここに来て120日、ナシーフ達であれば60日、そして多々良達であれば30日、周期を考えるに今日、4期に当たる5人の中学3年生が来ている可能性は非常に高かった。多々良としても反大山勢力を増すためにも早期に新人と接触して仲間に引込んでしまいたいと思っているようだ。俺は多々良の笑顔を無視して高倉を見る。高倉も俺を見ていた。俺達は暫く無言で目を合わせた後に俺から目を逸らす。


「で、見つけたか?」

「まだですよ。ナシーフ先輩達は畑の近くに倒れてたそうですけど外にはいなくて。今は唯一空家になってる「4」の家に行くところです。」

「丁度良かった。一緒に行こうぜ。」

俺の提案に多々良は顔を顰める。


「市来先輩もリクルートですか?」

「俺達の仕事はそんな何人もいては目立つだけだし、そもそもある程度は走れて度胸もある奴でねぇとお断りだよ。目的は別。「4」の家に大山が泊ってるんだ。」

「えー?」

坂本は露骨に嫌そうな表情を見せる。


「何でです?」

「多々良と考えは一緒だよ。今日新人が来る可能性が高く、来るとすれば唯一空いている「4」に寝かせておくか、もしくはナシーフ達の時のように外に放り投げておくか。何れにせよ5人の人間と段ボール箱が湧いて出て来るわけでもあるまいし、運び入れるにはそれなりに時間と労力を必要とするはずだ。それで大山と山本で両方をカバー出来る「4」の家に泊まり込んでその瞬間を捕えようと完徹してくれてるはずなんだけど…。」

今回、これが出来たのであれば森の探索など比較にならないほどの功績になるはずだ。2期の時には来るとは思わず、3期の時には2ヵ月空けて来ると思っていた中の予想に反して1ヵ月で来てしまったので実質初めてのチャンスである。だが俺の歯切れは徐々に悪くなる。もし仮に既に成功しているのであれば今頃一大事になっているはずだ。現時点で静寂に満ちている時点で考えられるのは3択、その中で黒幕の性質と勤勉具合を思えば自ずと結果は知れている。


俺が語っている内に「4」の家に着く。多々良の言う通り、外に人影は見られなかった。俺は「4」の家の扉を開ける。そこにいたのは予想通り5人の制服を着た男女と5個の段ボール箱、そして端で寝息を立てて寝ている大山と山本…俺は5人の男女を無視して大山を蹴る。呻く声、予想通り死んではいないようだ。


予想出来る3択の中で最も考えられる結果だった。後の2択は大山達の監視を警戒して4期のメンバーの搬入を延期する、もしくは黒幕に盾突く大山達を暗殺する、だったが可能性は殆どなかった。特に後者の可能性を捨てきれないのであれば俺が反対している。恐らく俺達をここに連れて来た時と似た薬を使われ、寝てしまったのだ。


「目を覚ませよ、大山。」

「…市来…あぁ失敗したのか。」

「まぁそんなに上手く行く相手であればここまで苦労はしねぇよ。」

俺は大山を慰めて背を叩く。大山の仕事はこれからだ。俺は大山と山本の顛末を見届けるとナシーフを連れてフェンスの外に出る。朝に費やしたロスはあるがどうせ5時間の制限を無視して活動しているのだ。危険度合に変わりはない。


「良かったんです?」

「何がだ?」

フェンスが見えなくなった頃、この時間であれば凡そ安全な事を知っているナシーフは最低限の警戒の中で俺に話を振る。


「多々良達ですよ。多々良達の介入で5人とも多々良側に行った時には…。」

「多々良が何を言おうと、ここでの正解を決めるのは自分自身だ。3期だって山本と小林はこっちを選んでくれてる。大山だって黙ってはいないだろうし、それに高倉もいるんだ。多々良の虚言も節度のある範囲に収まるだろうよ。」

「まぁそうですけど…にしても高倉の事信頼してますよね。」

ナシーフが少し拗ねた口調で言って言葉を無視して俺は先を急ぐ。


正直、ナシーフに告げた理由以外にも俺には楽観視を決め込む要素があった。パッと見た限り今回の5人は男子2人に女子3人、感情任せで短絡的な坂本と林達、女性陣がどちらに信頼を置くかなど考えるまでもなかったのだ。


「お帰り。今日は早く帰って来たんだ。」

「一応、大丈夫だとは思ったけど気になって。」

そして俺の予想通り、少し早く切り上げた俺がナシーフと共に林の元に顔を出すと、女性陣は3人ともこちら側に付いてくれたようだった。女子だけで計7人、林1人だったはずの女子もここまで増えると華やかになったように思える。


「お土産。せめてもの勧誘に。」

「いつもどうも。女性陣紹介するよ。」

俺は美凪達と一緒に座って来訪した初見の俺達を見ている女性陣を見る。


「中3?」

「中3。それと後で大山くんに聞くと思うけど残りの男子は分裂して、内1人は多々良くん達に付いて行ったよ。」

「それくらいは想定の範囲内だ。逆に多々良としては5人の中の過半数を取って勢力図の塗り替えを思ってただろうし、その点では痛恨の結果になったな。」

俺は小声で林と言葉を交わした。林は視線を女性陣に移す。


「皆、紹介するよ。大山くんが話してくれたと思うけれど、危険なフェンス外の調査に出てくれている2人、1期の市来くんと2期の佐藤ナシーフくんです。たまに食卓にも出る木の実とバナナは命がけの探索の合間に採って来てくれる貴重な食糧なの。別の家に住んでいてあんまり会う機会も少ないと思うけど2人の事は覚えておいて。」

「市来だ。」

「佐藤ナシーフです。ナイジェリアと日本のハーフだけど日本語以外は話せません。よろしくお願いします。」

ナシーフの挨拶は必ず受ける。当然だ。こんな個性的な挨拶の出来る奴は限られている。ナシーフの挨拶に呼応して女性陣3人の内2人には笑顔が見られた。


「峻先輩もフランクに自己紹介して下さいよ。そんな不愛想に自己紹介するせいで皆に怖いって思われるんですよ。」

「余計なお世話だ。お前こそマシンガントークして困らせるなよ。」

「私は大丈夫です。任せて下さいって。」

俺を弄るのは美凪だ。美凪は結局、ハードルが高いと言いながらも俺を名前で呼ぶ事にしたようだ。林には一通り弄られた後だったがナシーフは初めて耳にしたようで驚愕の表情で俺と美凪を交互に見て、俺は美凪の下手なフォローに苦笑する。


「市来くん達にも紹介するよ。右から群馬出身の高橋灯里たかはしあかりちゃん、神奈川出身の本田里桜ほんだりおちゃん、山梨出身の松本楓まつもとかえでちゃん。」

「よろしくお願いします。」

紹介された中で2人、高橋と本田は愛想良く俺達に挨拶をする。ポニーテールの高橋はまだ少しニキビの残るあどけない感じはあるが真面目そうに見え、本田は中学3年生とは思えない程に大人びて容姿端麗で社交性を感じられた。そして3人目、短髪で中性的な容姿をした松本は俺達に軽く会釈をしただけで俺達を品定めるように視線を俺達に送っている。宍戸、小林のように内気と言うよりは冷静の部類に入るように見えた。


「美凪、少し市来くん借りるよ。」

「べ、別に私のではないですって。」

林の発言に恋の気配を感じ取って高橋と本田は色めく。俺は冗談を言って楽しそうにしている林と共にこの場を離れて「1」の家に歩いた。


「3人の様子は?」

「見ての通り、灯里ちゃんは少し話した感じでは凄く真面目。中学でも生徒会副会長をしてたって言うし。初の女子にはなるけど4期のリーダーになれそうな感じかな。男子に対する警戒心は強くてその辺は女子中学生だなって感じだけど。里桜ちゃんは…可愛いよね。同性の私が見ても可愛いなって思うよ。性格も見た目通りフワッとはしてるけど内気って感じではなくて今のところは適応出来そうに見える。」

「松本は?」

「灯里ちゃんと里桜ちゃんの陰に隠れてあんまり話してくれなかったんでけど、クールな子なのかなって感じ。これからだと思うよ。」

「了解。その辺は任せたよ。あとは自分達で行ける。戻ってくれ。」

「了解。」

林は俺の声に応じて切り上げて行く。


「堪らないですね。」

「何がだよ。」

「あの瑠奈先輩の普段は社交的にしてるのに、市来先輩とか大山先輩と真面目な話をする時だけ少し声のトーンを落として素で話す感じですよ。信頼と安心って感じで。」

「は?」

「それといつの間に名前で呼び合う関係になったんです?…あ、ちょっと先輩!」

俺はナシーフの声を無視して「1」の家に入る。


「お邪魔するぞ。」

中には大山と丹羽を含めた男子全員が丁度揃っていた。俺は更に1人、見知らぬ男子を確認して大山に対して一応一声掛けておく。


「お、顔出しに来た。」

椅子から立ち上がったのは丹羽だ。そして見知らぬ男子の背中を押す。


「こいつは中村蒼大なかむらそうた、秋田出身で中学3年生。趣味はクロスカントリーしてるそうだ。蒼大、こいつが市来峻と佐藤ナシーフだ。」

「市来だ。」

「佐藤ナシーフです。ナイジェリア…。」

ナシーフがナイジェリアと言ったところで部屋は爆笑に包まれる。中村も笑顔だ。


「悪いな、ナシーフ。どうせ言うと思って先に入れ知恵した。ナイジェリアとのハーフなのに英検4級なのも知ってる。」

「ちょっと俺の鉄板の自己紹介なのに…丹羽先輩勘弁して下さいよ。」

ナシーフは丹羽の計略に大袈裟にリアクションをとって倒れ込む。中村も若干の不自然は残るが笑顔だ。体自体は小柄の部類に入り雰囲気は朴訥な感じもあるが頑張って行けそうな感じはする。


「もう1人の男子は?」

俺の声に周囲の空気が変化した。どうせ知ってるくせにとナシーフは倒れたままの床で頭を抱えてるはずだ。大山が俺を見る。


加藤亮真かとうりょうまは明るくて面白い奴だったんだけど、多々良を支持して多々良のところに行ったよ。」

「そうか。それは残念だった。」

明るくて面白い奴と言った瞬間に丹羽が鼻で笑ったのを見て、丹羽のように節度のある剽軽ではなく空気が読めないタイプの剽軽な奴なのだろうと俺は察する。大山も淡々と報告するだけでそれ以上は何も言おうとしなかった。


「人数もまた増えた。採集にも限度はあるが食糧に困れば言ってくれ。」

「感謝するよ。」

俺と大山は社交辞令のように言葉を交わすと「1」の家を出る。それぞれの立場として話す時と、同期であり盟友の大山敦士と市来峻として話す時の温度差とそれぞれの雰囲気にも慣れたものだ。俺は一通り顔合わせを終えると、明日にでも高倉が訪ねて来るだろうと頭の中で考えを巡らせて「6」の家へと戻ったのであった。


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