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3-6-1

ここに来て115日目、前の日に「捻挫しました」と元気良く告げて来たナシーフのせいで今日の俺は珍しく日が昇って以降も惰眠を貪っている。一瞬、ナシーフの発言の意図を理解出来なかったが畑の1件のある前日に何か魂胆があって森へ行くのを止めようと言って来たのを思い出すのにそこまで時間を要する事はなかった。


高倉もあれ以来俺の元へは来ておらず、大山も流石に餓死させるつもりはなかったのと俺の話を聞いた上で高倉の顔を立てて食糧ストップの経済制裁は解除した。勿論、その後も冷戦自体は続いているようだが。


「市来先輩、起きて下さいって。」

「何だよ。森にも行かねぇんだし寝るって言ったはずだ。」

「にしてもそんなに寝ないで下さいよ。」

俺はナシーフに起こされ、ナシーフの隣の違和感に気付く。ナシーフの横にいたのは宍戸だ。俺は同期とは言えど意外な組み合わせに目を覚ます。


「…お前も1枚噛んでるわけ?」

俺の声に宍戸は黙って苦笑する。俺は体を起こす。


「で、結局何なんだよ。」

「まぁまぁ待って下さいよ。説明するんでシャワーでも浴びて身支度をお願いします。」

「ったく。わかったよ。」

俺は起きてシャワーを済ませ、歯を磨く。良く考えなくともこれだけのアメニティをこの未開の土地で享受出来る事は偉大だ。生活用水もこれだけ使って枯渇しないのだから恐らく井戸水由来ではなく地下にパイプが通っていて供給源となっている施設があるはず。相変わらず俺達の探索においてそこに辿り着く気配はないが。俺は溜息を吐くと乱雑に髪を整え、ナシーフの元へ戻る。


「椅子にでも座って待ってて頂けると。」

「また、畑でも燃やすつもりか?」

「先輩勘弁して下さいよ。別にあの日、森に行かないようにしたのと多々良が畑を燃やしたのは偶々重なっただけで俺の魂胆では…俺達だってそのせいで延期したり色々と…。」

「冗談だよ。わかってるって。」

俺は狼狽するナシーフに笑顔を向ける。


「もう少しだけ待って頂けると…。」

ナシーフは面白がって苛立った演技でリズミカルに地面を爪先で突く俺に少し頬を引攣らせながら助けを求めるように入口を眺める。ただ、日頃の行いが良いようだ。ナシーフの内心を察するようにノック音がして入口のドアが開くと宍戸と小林が顔を出した。


「お邪魔します。」

「ちょっと待て。お前まで噛んでるって…。」

「市来先輩、こちらへどうぞ。」

小林も宍戸に似た苦笑を見せる中で待ってましたとばかりにナシーフが立ち上がり俺を先導する。俺は前にナシーフ、そして両手に華で「1」の家の方向へと連行された。


「ナシーフ、本当にこれは何の企みなんだよ?」

「まぁまぁ。」

「まぁまぁじゃねぇんだよ。」

迎えられた拍手に俺は目を見開く。「1」の家の中に入ると大山達も含めて多々良一派以外は漏れなく全員集合していた。良く見ると机と椅子は移動してあり、1階の空間は更に広々としている。俺はナシーフの指示で並べられた椅子に座る。まるで来賓席のようだ。両隣には林と大山、更に林の横には丹羽も座っている。


「何これ?」

「何か企んでるみたいだよ。私達も聞いてないけど。」

俺の声に林が答える。俺達の前には山本が出て来た。


「えー、では皆様お揃いですのでこれから始めさせて頂きます。司会は3期の山本柾です。よろしくお願い致します。」

湧く拍手と困惑する1期の4人、何も知らないのは俺達だけのようだ。俺達4人はそれぞれ目配せを交わして視線を山本に戻す。


「本日は、多少の苦言を呈しながらも俺達の企てに乗って頂いてありがとうございます。先輩達は既に御察しかと思いますけど、今日は先輩達以外のメンバーでこの企画を準備しました。どうしてもサプライズにしたかったのでコソコソしてましたので失礼もあったかと存じますけどお許しを。ではこれより、百日記念感謝祭を開催します!」

ボリュームを上げた山本の声、その声に対して先程にも増して大きな拍手が起こる。ナシーフは調子に乗って指笛を鳴らす始末だ。俺達はそんな盛り上がりを他所に混乱を深める。山本もそれを察したようで拍手を制すと、咳払いをして準備してあった原稿に目線を落とした。


「えーっとですね。少々の大事件があった事もあって俺達の予定も崩れ、結果としてしれっと超えてしまいましたが今日で俺達が来て25日、中本先輩達で55日、そして大山先輩達は115日になります。3桁です。正直、凡そ100日前、普通の高校3年生だったはずの先輩達は100日後にこんな事になっているとは夢にも思わなかったでしょうし、この事に関して先輩達としても色々考えさせられる事もあると思います。でも、下を向いても悲しくなるだけです。それで俺達は今日、せっかくの機会でもあるので、3桁に、ある意味では上り詰めた先輩達を記念すると共に、ここに来て右も左もわからなかった俺達に優しく丁寧にここでの生きる術をご指導下さった先輩達への感謝を表すために、誠に勝手ながら百日記念感謝祭を開く事にしました。今日は、大した企画もありませんけれど、楽しんで頂ければと思います。よろしくお願いします。では、準備に入りますので少々お待ちを。」

山本が原稿を畳んで頭を下げると、ナシーフと兼子が舞台袖に消えて行く。


「余計な事を…。」

言葉を発したのは丹羽だ。それでも丹羽の口調に叱責はなく、笑顔で椅子に凭れている。本当は畑が燃えた丁度100日目に合わせて企画を進めてくれていた事も十分に理解出来た。


「変に気を遣わせたかな。」

「何か、くすぐったくなるよね。」

大山と林も表情を崩した。林は既に感涙しそうな勢いである。


「まぁ、お手並み拝見って事で。」

俺は少し強がってみせる。この中で喜んでネタに興じそうなのはナシーフだけだ。逆にどれだけ準備してくれたのかは気になるところである。そして、宍戸達の作ってくれた料理と共にオープニグアクトをつとめる剽軽代表のナシーフと兼子がどーもーと言いながら出て来て、漫才を始めた。


漫才は俺達も知っている芸人を模したネタだった。それでも初めて見るネタでナシーフの脚本にしては完成度が高く、恐らく俺達がここに来て以降に初披露された漫才なのだと悟る。更に中本と山本による各年代のリーダーだからこそ言える身内の毒舌ネタ、兼子と宍戸と小林で女性芸人を模して頑張った、まるで子の学芸会を見せられているような緊張感のあるぐだぐだな漫才、更にはナシーフによる1人漫談&物まねも披露された。ナシーフのネタは9割身内ネタだ。それでも共通の爆笑を浚えるそのネタによって俺達は笑顔に包まれ、百日記念感謝祭は大盛況を納めていた。


「お前、後で覚えとけよ。」

最後、集中砲火とばかりに俺に関するネタを連発し、爆笑で締めくくったナシーフに対して俺は冗談交じりに告げる。それでもナシーフはドヤ顔でそれに応戦した。


「では、最後の演目になります。」

爆笑も落ち着いた頃に、山本は落ち着いた声で告げる。周りは少し神妙になった。


「最後に、こんな時にしか伝えられない事もあると思うので、4人の先輩達それぞれに手紙を書かせて頂きました。大枠として全員で伝えたい事は皆で決めて、その上で先輩達にそれぞれ所縁のある後輩が脚色を加えました。その後輩がそれぞれ代表して読ませて頂きます。ではまず丹羽先輩、前へお願いします。」

山本は丹羽に促す。丹羽は戸惑い照れながらも応じ、そのまま山本が手紙を開いた。


「丹羽先輩へ。丹羽先輩、日頃よりお世話して頂いてありがとう御座います。丹羽先輩と出会ってまだ20日、日は浅いですけどずっと一緒にいる兄貴のように感じています。俺はここに連れて来られた時、正直絶望してました。漸く高校生になって高校生活にも慣れて来てこれからだって時にこんな事になって…しかも3ヶ月も前に連れて来られた人もいて、帰る術も分からないなんてって思いました。でも、1番絶望しているはずの1期の丹羽先輩はあの日も笑顔でした。でも、3期の代表として丹羽先輩と過ごす時間も増える中で大山先輩達と交わす真面目な表情、多々良達に対する言動を見て、その笑顔は底なしではなく、時に努めている事も知りました。そんな丹羽先輩を見て俺は絶望するのを止めました。俺も丹羽先輩の側で丹羽先輩のようになりたいと思えたからです。俺だけではなく皆、丹羽先輩の明るさと機転には救われて来ました。丹羽先輩は俺達の事を気にかけてくれて、1人1人に声をかけてくれます。俺達の不安を察知するといつの間にか隣にいて、話を聞いてくれます。俺達も先輩になった時には丹羽先輩のようになりたいと思います。丹羽先輩も色々と悩む事はあると思うのでその時は俺達捕まえて愚痴って、ついでに雑談相手にして下さい。これからも、自然体で明るい丹羽先輩を兄貴と慕わせて頂きます。3期、山本柾より。」

山本は真剣に手紙を読む。そんな真剣な山本とは対照的にオーディエンスは零れる笑顔を耐えていた。丹羽が、あの丹羽が号泣しているのである。丹羽は山本の手紙を受け取ると大事そうに抱いて深々と頭を上げて席へと戻った。


「次は瑠奈先輩お願いします。」

山本の声で林が立ち上がる。前に出て来たのは同郷の兼子ではなく宍戸だ。俺は何となく魂胆を察して嫌な予感を覚える。


「瑠奈先輩へ。瑠奈先輩、いつも私達のお姉さんとして私達を支えて下さり本当にありがとう御座います。瑠奈先輩はどんな時でも私達に寄り添って、気を配って下さいます。ここに来たばかりの頃、元々内気で環境にも馴染めなかった私の事も愛想を尽かさずに支えてくれました。瑠奈先輩がいなければ今の私はないです。「誰だってこんなところに来たら辛くなるし苦しくも悲しくもなる。でも1人で悩まなくて良いんだよ」って言ってくれた瑠奈先輩の言葉は今でも私を支えてくれています。瑠奈先輩はカッコ良くて優しくて私の憧れです。それ以外にも大山先輩の右腕としてこのフェンス内の事を考えたり、市来先輩達とのパイプ役になったりと沢山の仕事をこなしている瑠奈先輩と皆、尊敬してます。偶に瑠奈先輩が日記を付けているノートを眺めて悲しそうにしているのを私達は見かけます。だけど今度からはそんな顔をする前に迷わず飛び込んで忘れさせてあげます。なので、面倒臭がらずにこれからも仲良くして下さい。瑠奈先輩、大好きです。2期、宍戸真由より。」

宍戸は最後まで丁寧に手紙を読むと眼鏡が飛ぶのではと心配になる程の勢いで深々と頭を下げた。伸びて来た髪がそれに合わせて揺れる。林は零れて来た涙を拭くと笑顔で宍戸を抱き締めた。その中で俺達は宍戸の成長を感じる。


「では、次に市来先輩お願いします。」

山本に諭されて立ち上がる。出て来たのはナシーフではなく兼子だ。


「何でお前じゃねぇんだよ?」

所縁のある後輩と言えば一緒に森の探索をしているナシーフのはずだ。俺は笑顔の漏れる後輩席に座っているナシーフに悪態を吐く。


「俺、ナイジェリア人なんで日本語話せないんですよ。」

「ぶっ飛ばすぞ。英検4級のくせに。」

ナシーフと俺のやり取りにしんみりとした空気は一変して爆笑が弾ける。俺は絶対に後で蹴りを入れようと決めた中で兼子を見た。


「お前では不服だってわけじゃないぞ。」

俺は兼子をフォローする。また林に過保護だと笑われそうだ。兼子はその声で安心した表情を見せると手紙を広げて口を開いた。


「市来先輩へ。市来先輩、フェンス外の探索お疲れ様です。そして木の実とバナナを提供して頂いてありがとう御座います。美味しく頂いてます。市来先輩は凄い人だけど怖い人だ、これが私を含めた後輩一同の第一印象でした。大山先輩達に対しても物怖じせず、良く言えば聡明、悪く言えば辛辣な発言をしてましたし、丁度私達が来た頃はフェンスの外へ行く事に関して大山先輩達と熱い議論を交わしていた時期だったので余計怖そうに見えました。でも、それはすぐに誤解だとわかりました。市来先輩はこのフェンス内の事をとても良く考えて下さっているし、冗談も辛辣だけどフランクに私達と接してくれて気を遣って相談にも乗ってくれます。それぞれの信じる道を選んだ結果として、大山先輩、そして私達と一線を画して危険に挑む事になった市来先輩ですけど、私達は市来先輩を尊敬してますし、大事な先輩の1人だと思っています。そんな私達から市来先輩に言う事は1つです。どうかご無事で。2期、兼子美凪。」

兼子は最後まで手紙を読むと、左手に小さく折って隠していたもう一通の手紙を中に忍ばせて読んでいた手紙と共に俺へ手渡す。兼子にしては手際良く隠したものだ。俺は笑顔で手紙を受け取って握手を交わした。それでもオーディエンスとしてはもっとホットな展開を期待したようで少し物足りなそうな表情で拍手をしている。


「美凪にしては上手くやったわね。」

林だけは目敏く見ていたようだ。俺は黙って林に頷いた。


「では最後は大山先輩。よろしくお願いします。」

勿論出て来るのは中本だ。大山も一礼して前に立つ。


「大山先輩へ。今もこうして大山先輩を前にすると、正直恩がありすぎて、何から伝えて良いかわからないというのが本音です。それだけ大山先輩には本当に感謝しています。俺達がここに連れて来られた時、大山先輩は丁寧にここで生きて行くための道を示して下さいました。安全と共に安定した生活を享受するために日々を費やす。大山先輩の考えはここへ連れて来られた怒りと元の暮らしに戻りたい切望にだけ囚われた人には理解し合えない部分もあるのかもしれません。それでもここにいる俺達は大山先輩の考えに賛同していますし、2ヵ月間その考えの元で今の生活の基盤を築いて下さった1期の先輩達には感服しています。今日の俺達があるのは先輩達、その中でも特に中心になって俺達を支えて下さった大山先輩のお陰です。色々な苦悩と葛藤を抱えながらも、背中と言葉で俺達を導いて下さる大山先輩を俺達は尊敬してます。責任感のある大山先輩は、全ての責任を背負おうとします。でも、大山先輩の迷って出した決断はつまり俺達の決断です。責任は一緒に背負います。だから大山先輩は、明日も前を向いて考えを曲げずに俺達を引っ張って行って下さい。まだまだ課題も山積です。ですけど、明日も明後日も皆で一緒に頑張って行きましょう。よろしくお願いします。2期、中本理一。」

最後まで普段通り冷静に手紙を読んだ中本に続いて拍手が起こったのは必然だったように思える。俺も林の隣で拍手をした。大山に送られたものは単に拍手や言葉だけではなく、大

山が先導し、皆が続いて来た道が皆にとって正しいものであったと示すものだったはずだ。


大山の涙が零れる。こうして百日記念感謝祭は温かな雰囲気の中で幕を下ろしたのであった


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