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ここに来て99日目、明日で大台の100日目です。遂に3桁…時間と言うのは残酷です。本当に100日は長いなって思います。級友の顔も、仲良くしている人は別としてもそれ以外の人ははっきりと思い出せなくなりつつあります。高校3年生の春を過ごしていた私は遠い過去の人です。当の私達自体は、ここを出る術も、多々良くん達との冷戦の回避方法も見つけられずに今日を過ごしています。でも、色々考えても悲しくなるので何も考えずにしれっと100日目を過ごそうと思います。101日目以降もこの日々は続いて行く、あの時我慢して頑張って良かったと思えるように頑張ります。
「林瑠奈の日記」より引用
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「…市来先輩。」
「何だ、お前も悩んでくれてるのか?」
その日の午後、俺が地図を見つめて唸っていると、深刻そうな表情をしたナシーフに声を掛けられる。俺はその表情を見てナシーフも良く考えていると感心する。
「否、それも悩んではいますけど別件です。」
「何だよ。俺の感心を返せ。」
だが、希望的観測だったようだ。俺は苦笑しているナシーフに呆れ顔で答える。
今、俺が苦慮しているのはドームハウスを発見して以来、俺の中にある葛藤であり、それは現時点ではそう遠くない将来に直面するものになりつつある。目の前には徐々にこのフェンス内と直線距離にある山の中腹にまで探索が進行している事を示した地図、俺は眉間に皺を寄せて苦慮を続ける。今でも俺達は最終地点に行くのに警戒もしているせいで1-2時間程度、帰りも下りを利用したとしても1時間-1時間半は掛かるために実質新規に探索している時間は1時間程度となりつつあり、非常に効率も悪く、これ以上の進行は困難になって来ているのだ。これを解決するにはドームハウスにあるカウントダウンを気にせずに探索をする他ないが、その決断は命の危険は数倍にも跳ね上がる決断になり、流石の俺もその決断をする事には躊躇を感じる。
躊躇している理由は、一昨日にも関係している。一昨日、俺達は初めて獣と遭遇しそうになったのだ。恐らくドームハウスの食事時間を無視した事で家に入れず逸れた10匹の中の1匹と思われた。その際には事前に気付いて身を隠す事で事なきを得たがあの緊張感は今までのものとは比べものにならなかった。獣独特の匂いも荒れた息も全てがリアルに感じられ、複数のあれに囲まれては生存が困難だと悟らされた。
「で、別件って?」
俺はそんな葛藤とは無縁のところで深刻そうにしていたナシーフに尋ねる。
「明日なんですけど…。」
「明日?」
「外に探索行くの止めませんか?」
俺は咄嗟にナシーフの表情を見る。体調自体は悪くなく見える。それに足首を捻挫した時も俺が止めるのを断って行こうとした奴だ。精神的な側面でもないように思える。思えばナシーフは数日前からソワソワしていて、午後俺の目を盗んで何処かに行っているようだった。俺はナシーフに明確な意図を感じて溜息を吐く。
「そう言えば、お前まだ捻挫完治してなかったんだっけ?」
「え、否、捻挫は治って……そうなんですよ、治ってなくて明後日には治るんですけど。」
勿論、嘘だ。ナシーフの捻挫は既に完治している。ナシーフも俺の助け舟に気付いたようで笑顔でまだ捻挫していると自白した。
「明後日には治るって…都合の良い足だ。」
「市来先輩、ありがとう御座います!」
「行く気もねぇのに無理して行って死なれても困る。貸しだぞ。」
「貸しは沢山あって返し切れねぇっすよ。」
ナシーフは笑顔のままだ。俺はナシーフの魂胆を楽しみにする事にした。
…しかし、残念な事に次の日、その魂胆を確認する事は叶わなかった。
俺はその日の朝、異臭を察知して目を覚ます。
異臭だ。焦げ臭くて…。
「ナシーフ。ナシーフ!」
俺は飛び起きてナシーフを起こす。外は漸く明るくなり始めた頃だ。当然まだナシーフも寝ている。そもそも今日はフェンス外には行かない事になっていたのを思い出した。ナシーフは俺に起こされる稀有なシチュエーションに慌てて目を覚ます。
「どうしました?」
「焦げ臭ぇ気がするんだけど。」
「…確かに。」
それと同時に外で怒声と喧騒が聞こえ始めて来た。俺とナシーフは目配せをするとすぐに服を着て外に出る。
そして俺達は驚愕する。畑が黒煙と共に燃えているのだ。大山もすでに察知したようで外に出て来て指示を飛ばしている。俺は大山の元へ走る。
「何があった?」
「多々良だ。奴等が火を焚いてた。」
大山の視線の先には畑の近くで火を炊いた痕跡、俺は大山の肩を叩く。
「まずは火を消すぞ。」
「今、丹羽に鉈を持って来て貰ってる。市来達はバケツリレーに参加してくれ。」
「了解した。」
俺とナシーフは大山の指示でバケツリレーに加わる。
30分後、多々良達を除く全員の協力もあって火は無事に鎮火し、幸いにして家々にまで燃え広がる事なく済んだ。それでも俺達は緑を失った畑を悲痛な表情で見つめる。上手く周期をズラして常に収穫出来るようになったラディッシュも、苗から育てて後は秋に収穫するだけになっていた芋も、全盛期だった茄子も、全て燃えてしまって灰と化している。最前線で鎮火にあたった大山は煤に染まった表情を歪めて天を仰いだ。
「皆、お疲れ様。丹羽と山本は俺と来てくれ。瑠奈達は汚れてしまったしシャワーを浴びて貰った後で、申し訳ないけど瑠奈と中本を中心に食料の残数と今後の見通しを確認してくれ。片付けは…。」
「俺とナシーフでしておく。鍵は後で取りに来てくれ。」
「…頼む。それと鎮火に協力して貰って助かった。感謝してる。」
それでも大山は気持ちを切り替えて気丈に指示を飛ばす。それでも目だけは燃えるように怒りに満ちていた。本来の大山であればもっとわかりやすく起こるはずだ。まるで竜の逆鱗に触れた、もしくは堪忍袋の緒が切れたような威圧感を感じる。
大山は丹羽と山本と共に少し会話を交わすと「5」の家に歩いて行った。大山は俺に多々良だとはっきり言った。恐らく大山は現行犯で多々良の姿を視認していたのである。俺は憤りを背中に感じる大山を横目に林の元へ歩く。
「惨い事になったね。芋も流石にダメになってるよね…伊藤くんと一緒に植えた最後の苗だし食べるの楽しみにしてたのに。」
林は俺の横で呟く。隣には悲痛そうにしている兼子と宍戸、ここに来て日が浅く、俺との面識の薄い小林もその横で悲しげな表情を浮かべている。
「…俺もだ。」
伊藤と植えた最後の苗と言われると悲痛は何倍にも増す。俺は伊藤と一緒に種と苗を確認した日の事を思い出した。恐らく大山もその事に気付いているはずだ。
「でも皆無事で良かったし、家に燃え移る前に鎮火出来たのも幸いだった。畑はまた作れる。今後は5人以上いるしノウハウもある。堆肥も種も残ってるし、苗も3期の奴等と一緒に来てたって言ってた追加の苗は植えるスペースなくて手付かずで残ってるんだろ?寒くなる前にもう一度頑張って畑を整えればまだ希望はある。」
「…そうだね。それは不幸中の幸いだった。市来くん、来てくれてありがとう。」
「あれを放って外には行けねぇよ。それにどうせ今日は行かねぇ予定だったし。まぁ、その予定も頓挫になりそうだけどな。」
俺はナシーフの背を叩く。そして俺達は散らかしてある鉈とバケツを回収して「7」の家へと片付けに向かったのであった。
「市来先輩、ナシーフ先輩、失礼します。」
数時間後、鍵を取りに来たのは山本だった。お目付け役として丹羽もいる。山本は勿論、丹羽もこの家に来るのは初めてのはずだ。俺はてっきり大山が自分で来てついでに今後の事に関して相談して行くものと思っていたので拍子抜けしたが2人の来訪を受け入れる。
「先輩、こんな時ですけど3期の山本柾です。よろしくお願いします。」
「そんなに改まらなくて良いぞ。市来だ。よろしく。」
「佐藤ナシーフです。ナイジェリアと日本のハーフだけど日本語以外は話せません。歓迎するよ。よろしく。」
良く考えれば山本と話すのは10日目にして初めてだった。林の言っていた通り、真面目な奴のようだ。俺は丹羽に鍵を返す。
「丹羽、あの状況下で鍵を閉めたのはナイス判断だったな。」
「閉めたのは俺だけど、指示を出したのは敦士だよ。」
俺達が片付けに行った際に鉈を出した保管庫の鍵は閉まっていて当然中にあった包丁、鍵の盗難を心配せずに済んだ。俺は鍵を開けに行った丹羽の機転かと思って感心していたのだが、大山の指示だった事を知って改めて大山の器を感じる。
「それで、多々良達は?」
「現行犯だ。言い逃れは出来ねぇよ。それでも多々良は最後まで謝らなかったけどな。それで大山としても制裁を科す事にした。暫く多々良達への水以外の食糧の供給をストップするって。俺達で相談して全会一致で採択した。俺達としては畑をまた作る事にしたよ。寒くなる前にまた元通りにするって。」
「まぁ、多々良への対応は当然と言えば当然だ。奴等のせいで相当量の食糧が失われた。畑の再開拓に関しても賛成だ。それにしても大山にしては非情な決断をしたんだな。」
「あれは相当怒ってるよ。市来ならわかるっしょ。」
丹羽が渋い表情を見せる。
「…鍵、ありがとよ。その他にも色々助かった。」
丹羽は名残惜しそうにしたが山本の手前そこまで俺と仲良くするのも良くないと判断したようで話を切る。丹羽とこれだけ話すのも久し振りだ。林はあまり周りを気にせず同期として俺と接していたが丹羽は俺に怒鳴って以降も大山と距離を置いた俺との接し方に関して体面を気にしているように見えた。
「市来先輩、少しだけ良いでしょうか?」
口を挟んだのは山本だ。俺は丹羽を見る。丹羽は俺の差し金ではないと言った様子で激しく首を横に振った。
「何だ?」
「折り入ってお願いがあります。今後、畑の再生までは今ある野菜と、これまで先輩達が口を付けずにとっておいて下さった保存食で食いつないで行く他ない状況です。それでも客観的に見て今ある食糧だけでは難しいと思います。それで…その、3期の仲間の不祥事な上に新入りがこんな事を頼める義理ではないのはわかってますけど、フェンス外に出た時に、今まで分けて頂いていたよりも多くの木の実、バナナを収穫して頂いて、俺達に分けて頂く事は出来るでしょうか?お願いします。」
山本はそう言い切って頭を下げる。
「山本、それは誰かに言えと頼まれたのか?」
「違います。俺の独断です。大山先輩と丹羽先輩の中では最後の手段と考えているようでしたけど俺は必要だと思ったので、先立ってお願いしてます。」
「待てよ柾、食糧を分けてくれてる事自体、峻達の厚意なんだ。それを俺達だけの都合で更に増やしてくれなんて事は…。」
俺は丹羽を制する。山本は思ったよりも我が強いようだ。
「と言う事は勿論、理解してるよな?お前のその、丹羽に言わせるところの御都合主義な依頼によって俺とナシーフが命を落とす確率が上がるって事だ。」
山本は俺の発言で表情が硬くなる。
「…それは俺の責任です。」
「ほお、じゃあナシーフが死んだとすればお前が責任を取るって?」
「市来先輩、あんまり後輩の言葉尻を捕まえて虐めるもんじゃないですよ。それに俺を勝手に死なせないで貰えます?」
「…取ります。」
ナシーフのフォローを無視して答えた堅物の山本に対し、俺は笑顔になる。
「責任を取るって…お前もナシーフを追って切腹するのか? 」
「だから殺さないで貰えますー?」
俺の冗談の口調に丹羽とナシーフの表情は柔らかくなる。俺が本気で山本を詰めようとする気を持っていないと察したようだ。それでも山本は真剣に俺を見る。
「でも俺は…。」
「多々良達の不祥事はお前の責任ではねぇし、お前の依頼で俺達が木の実とバナナを多く採りに行ってる期間に俺達が死んでもお前の責任ではねぇよ。前者は多々良達のせいで、後者は俺達がヘマして死んだだけだ。勝手に贖罪のように重荷を背負うんじゃねぇよ。」
俺は山本の背中を強く叩く。山本は俺の声に言葉なく頭を下げた。
「俺より先輩っぽい事言うなよ。」
「こういう事はお前の仕事なんだ。怠慢してんじゃねぇよ。それとこの件も山本に頼ませる前にお前が俺に頼め。同期の誼で、なんて適当な事言って体裁良く胡麻化せば、お前であれば簡単に出来るくせに。」
「何で柾に対しての何倍も俺に対してあたりキツイわけ?」
丹羽の非難を一括した俺に対して丹羽がフザケて反論する。元々丹羽と反りの合ったナシーフは爆笑だ。
「木の実とバナナは可能な範囲で多く供給する。お前達は早く戻って大山にこの事伝えて、畑仕事でもしておけ。」
俺は最後まで神妙な顔をしている山本と、完全にフザケている丹羽を強引に追い返す。
「ナシーフ。で、今日は何だったんだ?」
「…捻挫治ったんですけど、また再燃するかもしれないんでその時にでも。」
「了解した。取り敢えず今日はお疲れ様。」
「お疲れ様でした。」
2人になったところで尋ねるが、ナシーフは少し残念そうに胡麻化すだけで終わる。俺はナシーフに今日が100日目だった事に気付いたのは夕方になってからだ。俺はそんな事も忘れて地図を見て枯渇させずに食糧を安定供給出来るルートと捜索範囲の拡大に関して検討を始めたのであった。




