表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/36

3-2

「あれ?市来先輩?」

「人の事をまるで珍獣を発見したような目で見るんじゃねぇよ。」

多々良達が来て5日、俺は午前中にも関わらず畑に姿を見せ、兼子に驚かれる。


「だって午前中なのに。」

「今日はナシーフの昨日捻挫した足首が完治してねぇって事で大事を取って外に出るのは止めにしたんだ。こんな時に獣に遭っては対処出来ねぇし、怪我してるナシーフを連れ出して食われでもした時には流石に寝覚めが悪くて困る。そんで暇だし午前中の仕事手伝いに来たんだけど…何で兼子と中本だけなんだ?」

俺は周りを見渡す。普段であれば3-4人出て来て畑仕事をするのだが1期も姿はなく、見たところでは兼子と中本だけだった。


「瑠奈先輩達は山本を交えて会議です。真由は片付け。それで私と理一で。」

「成程。手伝いに来た甲斐もありそうだ。」

俺は肩を回す。兼子には島田失踪中のフェンス内捜索の際に起こした大山と俺との口論に巻き込んで泣かせてしまった借りがあるがそれ以降も特に蒸し返す事も距離も置く事もなく気さくに俺と接してくれている。相変わらず気丈な奴だ。


「バケツ手伝うよ。」

「助かります。」

中本も感謝を示す。俺は中本からバケツを受け取ると「7」の近くにある蛇口へ歩く。畑仕事で一番大変なのはバケツで水を運ぶ作業だ。俺は、初期メンバーとしてこの大変具合を良く知っている。畑は耕し終えており、収穫後の畑を再度耕すのもあの堅かったただの土地を開拓する事に比べれば程度は知れているし、収穫は充実感もあって疲れも回復するが日々の水遣りは絶妙に離れた「7」の水道と畑の間のバケツでの往復を迫られる大仕事だ。畑を広げた事でその仕事量も比例して増加する。俺は午前、昼、夕の中の夕にしか顔を出せずにいる中で1日3回水遣りをしている彼等に敬意と感謝を持って水汲みを往復する。


「色々気を遣ったんですか?」

「何の話だ?」

「例えば瑠奈先輩に頼まれたとか。」

「林達が会議してるなんて知らなかったし、ナシーフが捻挫してるのも本当だ。これに関しては何の計略もなく偶々だよ。」

俺は兼子の声に正直に答える。林達の会議は本当に知らなかったのだ。


「本当です?」

「本当だ。それより兼子、また新しくバナナの木を見つけたぞ。」

「本当に?嬉しいです。またお願いします。」

「勿論だ。」

俺の魂胆を見抜こうと悪戯っ子のような表情を向けていた兼子の表情は俺の発言を聞いて破顔する。兼子はフェンス外で取れるバナナが大好物なのだそうだ。俺は苦笑して兼子の疑念を退け、仕事に戻るように促す。


「市来先輩、助かりました。お陰で会議終了の前に全部終われて。」

「否、中本こそ恐れ入ったよ。」

それから30分~1時間程度で俺達は水遣りを完遂する。走りには自信を持っていたが腕力に関しては畑を作っている頃より退化していたようだ。逆にここに来た当初はひ弱に見えた中本が余裕の表情でバケツを往復しているのを見て感慨を覚える。


「そんな事ないですよ。ありがとう御座いました。」

「本当ですよ。お世話になりました。」

兼子も笑顔を見せた。


「中本先輩…でしたっけ?ちょっと時間貰えます?」

しかし次の瞬間、聞こえて来た声によって兼子の笑顔が消える。俺は聞き覚えのない声に確信を持って振り返った。


「何かな?」

「その人って市来先輩っすよね?俺達にも紹介して下さいよ。」

多々良はダルそうに中本に話しかける。多々良の背後には高倉と坂本、流石に高倉には近くで見ると威圧感を覚える。


「中本経由でなくても構わねぇよ。市来だ。多々良圭介だろ?噂は聞いてるよ。」

「あんまり良い噂ではなさそうですけど。」

「心当たりでも?」

仕事終わりを待っていたのであればそれもまた憎たらしい話だ。俺は表情には出さずとも困っている中本の前に出る。多々良は最初、へらへらした様子を見せていたが俺の切り返しにはその表情もなくなって、真っ直ぐに俺を見た。


「市来先輩、俺達と組みません?」

多々良はそこで俺に提案を持ち掛ける。言い草自体も気に食わなかったがそれ自体はスルーして俺は眉を動かす事なく多々良の提案を聞く。


「大山先輩達はここに永住でもするかのように今日も今日とて畑仕事してますけど、俺は生活の安定なんて求めてねぇんすよ。こんな意味もわからん場所に連れて来られてキレてるし普通に考えて早く帰りてぇでしょ。それって間違ってないですよね?俺達の目標ってここを抜け出して元の生活に戻る事ですよね?」

「まぁそうだな。その感情はあって然りだ。」

多々良は笑顔を見せる。それでも目の奥は全くと言って良い程に笑ってなどなく、まるで蛇に睨まれているような不快感を覚える。


「その点、市来先輩は、大山先輩達と一線を置いてる感じだし、俺達とも仲良く出来るかなって思ってるんすけど、どうっすかね?」

俺は落ち着いた表情で多々良の話を聞くが堪え切れずに鼻で笑ってしまった。坂本は俺の態度に関して露骨に不快感を示す。多々良も少し眉を潜めた。


「一緒に組んでフェンスの外の事に関して教えてくれって頭下げて来るならまた話は別だが、俺に交渉するつもりで声を掛けて来たのであればせめて俺がお前達のようなヒヨッコとでも組んであげようと思えるメリットを示せ。俺を舐めるなよ?それと誤解を解いておくと俺は大山と距離を置いてフェンス外の探索をしてはいるが大山を支持してる。それに大山だって帰りてぇと思ってねぇわけじゃねぇんだ。俺達は何もねぇ中、5人だけでここに連れて来られて明日も明後日も良くわからねぇ中でその気持ちを押し殺して、まず生存し続ける事を選択して今も懸命に生きてる。その辺わかってる?」

諭すように話し始めた俺の口調は俺の中でも徐々にヒートアップして通常運転の荒くなった口調へと変わって行く。


「その点、お前らは何だ。大山に反抗するだけしておいてこの5日間、特にする事と言えば喋ってるだけ。飯は林に食わせてもらって、帰るための手掛かりを探そうと外に出るために俺達を頼って来るかと少しは期待を持って待ってたが一向に来やしねぇ。お前達はそれで一体何がしてぇんだ?何を出来るんだ?俺に言わせれば今のお前達は現実逃避してる捻くれ者にしか見えねぇよ。」

「ちょ、ちょっとマジで何?偉そうにセンコー気取…。」

俺の剣幕に対してビビりながらも勇敢に反抗しようとした坂本の声は多々良によって封じられる。


「御鞭撻ありがとう御座います。つまり、俺達とは組まないって事で?」

「ここまで言って組むわけねぇだろ。ツンデレかよ。」

俺は多々良の声に笑顔で答え、多々良の内心全てを計り知る事は出来ないが少し紅潮した頬以外は特に目立った変化も見せずに多々良は俺に対して踵を返す。逆に俺には最後まで終始表情を変えず俺の発言に関しても怖気付いた様子を見せなかった高倉が逆に1番気味悪く映った。


「そうだ、多々良。」

俺は踵を返した多々良に声を掛ける。

「少し森の話をしたが、多々良達も知っての通り森には危険な獣も生息していて実際に死者も出てる。無暗に近寄るなよ。俺達もそれなりにリスクを負って外に出てるし気も張って神経も昂ってる。変に動くものを見ると危うく攻撃しかねねぇぞ。」

「…わかりました。」

牽制だと理解出来たはずだ。多々良はこれ以上反抗せずに高倉と坂本を伴って根城にしている「5」の家の方向へと戻って行った。俺はその背中を見送ると溜息を吐く。


「市来先輩~。」

次の瞬間、俺の緊張を更に解くような間抜けな声と鼻を啜る音が聞こえて来て、慌てて俺は隣を見る。俺の横では状況を見守っていた兼子が泣いていた。


「ちょ…待てって兼子、どうしたんだよ?」

俺は流石に狼狽して控え目に兼子の背中を摩る。


「また怖がらせたんだったら謝るって。前の大山との時も悪かったよ。」

それでも兼子は泣き止まず、俺はついでに前回の非を詫びておく。兼子は俺の声に首を横に振った。


「市来先輩が私達の言いたかった事を凄く言ってくれて嬉しくて…私も思う事あったし言いたい事も沢山あったんですけど、大山先輩達は我慢してるし舌足らずな私が出しゃばって更に大山先輩の立場が悪くなるといけないと思って言えなくて。」

兼子はそう言ってまた泣く。中本としてもそれは同意見だったようで深く頷いた。気丈に見せて色々溜め込んでいるようだ。俺は何とも言えない気持ちになってそのまま泣く兼子の背中を優しく摩り続けた。


「一理達お疲れ様…あれ?」

その瞬間、間の悪い事に大山達が会議を終えたようで、山本を伴って「1」の家を出て来る。目の前には泣いている兼子と慰めている俺、そして遠巻に見ている中本、驚いたはずだ。俺は言葉を止めて固まった丹羽に対して何とも言えない表情を見せる。


「ちょっと美凪どうしたの?」

林が美凪の様子に気付いて慌てて駆けて来て、俺は林に兼子を預ける。


「何?」

「恋の予感?」

「違います。普通に市来先輩が泣かせました。」

「待て中本、それだと俺がただ泣かせたみたいに…。」

訳の分からない質問をした丹羽に対して中本が無表情のまま即座に訂正をする。俺は中本のボケに1本取られながらも、俺に疑念の目を向けている林に対して再訂正するのに暫しの時間を要したのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ