3-1
「何だ…?」
「…市来先輩、人数増えてません?」
ここに来て90日目、普段と同じく森の調査を終え、体感5時間を十分に余して森を抜けて来た俺とナシーフは違和感に気付く。ナシーフの言う通り人数が増えているのだ。更に大山達も外に出ている。ただ、俺はそれと同時に不穏な空気も同時に感じ取っていた。
「まだ、俺達が来て1ヵ月でしたけど。」
「元々の計画なんだろうよ。」
ナシーフ達が来て2ヵ月目の夜には夜通し張り込む甲斐はあると踏んでいたが1ヵ月で来てしまえばその宛も外れた事になる。俺達は南京錠を開けてフェンスの中に戻り、そんな俺達を目敏く見つけた林は俺達に近寄って来る。林の表情は少し曇って見えた。
「新人か?」
「そうなんだけど…相談しても大丈夫?」
「勿論だ。俺も情報を欲している。俺達の使っている家に来てくれ。」
俺は林の表情で確信を得て、ナシーフと共に林を俺達の拠点である「6」の家へ連れて帰る。
「瑠奈先輩、ちょっと待って下せぇ。今、片付けますんで。普段はもう少し綺麗にしてるんですけど今日に限って…。」
「普段もこんなもんだ。」
女性で先輩でもある林に配慮して慌てて洗濯と床に散らばっているゴミを片付けるナシーフを俺は一蹴する。散乱する程の物はないがお世辞にも整頓されているとは言えない部屋だ。林も苦笑して椅子に腰掛ける。
「色々書いてるんだね。」
「探索に関する地図だ。ここがフェンス、獣道はペンで書いてあって、この黄色のシールはバナナで赤のシールは他の木の実。お陰でこの周辺だけであれば殆どを把握出来ているし、わかって来た事もある。探索自体は順調だ。」
俺は林が興味を示した地図を見る。相変わらず絵心はなく、最初の寸法を見誤ったために行動範囲が広くなるにつれて模造紙を継ぎ足して無駄に大きくなってしまったが、山の麓の探索も完了し始め、徐々に中腹に関する探索も開始しつつあった。
「お待たせしました。」
「それで?」
「市来くんも把握してる通り、今日で私達が来て90日目、ナシーフくん達が来て30日なわけだけど、新しく高校1年生の男女5人がこのフェンスの中に連れて来られてたの。」
「俺達、朝出る時には気付かなかったですけど?」
「島田くんがいなくなって以降使われてなかった「5」の家に寝かされてたんだって。勿論、今日来るとは思ってなくて大山くんも無警戒だったんだけど、ミーティング中に声が聞こえてるってなって外を見たら彼等がいて…後で確認したら段ボール箱も「5」の家にあったよ。それと、残念な事に食糧自体の追加はなかったけど、今回は追加で水の段ボール箱と「7」の家の備品も置いてあったんだ。今、中本くんを中心に中身を確認して記録してくれてる。」
林は俺達も疑問に答える。
「水自体はまだ余裕あったよな?賞味期限も。」
「まだね。でも14人の大所帯になって夏はまだ続くし量としては心配に思ってたんだ。」
裏を返せば黒幕の計画の中で、俺達がここまで人数を残して本格的な夏を迎えた事は唯一の誤算だったのか、それともこれも予定通りなのか。俺は答えのない考えを巡らせる。何れにせよ相変わらず、黒幕は俺達を飢餓と脱水で殺すつもりはないようだ。俺は林に話を続けるように目で促す。
「それでナシーフくん達の時のように大山くんが中心になって、これまでの私達の事とこのフェンス内での生活の事に関して説明してくれて、まずはこの生活に慣れて安定した生活を目指そうって話をしたんだけど、今回の5人の中にはあまりその考えに共感出来なかった人もいて、それで少し口論にまでなっちゃって…」
林はそこまで言うと立ち上がって窓際に移動する。「6」の家は男子部屋である「3」、そして拠点である「1」とは離れているが畑を見渡す事は出来た。俺達は林に続く。
「丁度見えるし紹介するね。まず、彼等が目を覚ました「5」の家の壁に寄り掛かって談笑してる男女3人。彼等が大山くんと揉めたんだけど…。」
「1人1人教えてくれ。」
俺は林の説明と共に目を凝らして3人を見る。フェンス外の探索をするようになって以降、目を凝らすと遠くのものが良く見えるようになった。
「まず、真ん中にいるのは多々良圭介くん。彼が真っ先に大山に反抗して、口調も大山くんをワザと挑発する感じで…それで大山くんも少し棘のある発言になって行って…でも、大山くんを中心に頑張って来たこれまでの日々をあんな感じで言われたら流石に怒るよ。丹羽くんも怒ってた。私も気分良くなかったし。発言を聞くと頭は良いのかなって感じだけど、態度も合わせてこの先不安かなって。」
俺は多々良を見る。伸ばしている前髪も併せて一見すると蛇顔のイケメンには見えるが制服を着崩している感じと壁に寄り掛かる尊大な態度にはあまり共感を持てなかった。
「左は高倉勇磨くん、バレーボールをしてるそうで身長は断トツで…ナシーフくんより体躯は屈強ではないけれど身長は高倉くんかなって感じ。彼自身はあまり積極的に話す感じじゃなくて一歩引いたところで見てたけど、説明が終わった後には特に迷う事なく多々良くんを支持して今も一緒にいるんだ。」
俺は色黒で短髪な高倉を見る。この距離で見ても高身長な事は見て取れた。
「そして右は坂本玲菜ちゃんで…まぁ、見ての通りなんだけど少しお馬鹿な感じの子で、畑仕事なんてしたくないのと純粋に帰りたいって事もあって多々良くんと一緒にいるって感じかな。あんまり彼女と気の合いそうな女子はいないけど、玲菜ちゃんに関しては時間を置いて私が話してみるよ。」
「そっちは任せる。」
俺は坂本を一瞥しただけで目線を林に戻した。金寄りの茶髪にアクセサリーの類も多く、スカート丈は短くしてあり制服も着崩している。林の言った通り、見た目でも何となく言いたい事はわかる。
「残りの二人は?」
「えっと…あそこに1人。今、丹羽くんと中本くんといる彼は山本柾くん。彼は半数が大山くんに反対する中でも大山くんの側に付いてくれて、初対面で不躾な態度を取る多々良くんに苦言を呈してくれたの。まだ私はちゃんと話せたわけじゃないけど、真面目そうな子だったよ。あと最後の一人は今、あそこで美凪と真由と一緒にいる小林芽郁ちゃん。大人しい子みたいでちゃんと私もまだコミュニケーション取れてなくて…真由もそうだったけどちょっと時間掛かりそうかも。」
俺は林の説明に合わせて目線を移す。銀色のナイロールの眼鏡を掛けた山本は真面目そうに、兼子のコミュ力を以てしても会話が弾んでいるように見えない小林は内気そうに見える。小林は割とスラっとした高身長で、一見すると兼子と宍戸が下級生に見えた。
「大変そうだな。」
「他人事みたいに言わないでよ。」
「他人事にはならなそうだ。見ろよ。」
俺は溜息を吐いて窓の外を指す。俺の指先はこちらへ歩いて来る大山の姿を捉えていた。
「じゃあ、私はお暇しようかな。」
「色々と教えて貰って助かった。また何かあれば教えてくれ。」
林は大山の姿を確認すると話も一段落していた事もあって言葉を発する。少し嬉しそうだ。俺と大山が話しているだけで林は嬉しそうにする。そして林と入れ違いに大山の訪問を受けた俺はそのまま林の去ったばかりの椅子を案内した。
「タイミング悪かった?」
「丁度林に新加入の5人に関して情報を貰ってたところだ。」
「瑠奈は良くここに来るのか?」
「否、ここに来たのは俺とお前が揉めて引っ越した頃に1回来ただけだ。久し振りに来た。それだけ林としても今日の事をフェンス内に関わる大きな事だと認識してるんだろうよ。それより大山、早速揉めたそうだな?」
俺はそう言いながらナシーフに視線を送る。ナシーフは頷くと家を出て行ってくれた。
「その事で来たんだろ?」
「あぁ、話が早くて助かる。気を遣わせたナシーフには後で謝っておいてくれ。」
「あいつはあいつで中本あたりのところに話に行ったはずだ。それで?」
大山は慣れた俺達の間の中で眉間に皺を寄せる。
「多々良達の事を林に聞いたのであればその辺りは端折って本題に入ると。多々良達の言い分としては島田と同じだ。ここで一生暮らして行くわけでもないのに生活の安寧ばかりを目指す事に対する反抗、そして3ヵ月もここにいて何1つ証拠を掴めずにいる俺達へ対する軽蔑…とまぁこんな感じで…島田よりも言葉に棘があったけど。」
「煽られたそうで。」
「まぁ…乗ってしまったのは俺としては情けないところではあるけれど、俺達で築いて来たこれまでの日々を何も知らずに愚弄されるのは看過出来なかったんだ。」
「口で済ませただけ大人だろ。何も知らねぇ年下に愚弄されなんてすれば俺は殴ってる。」
「山本が加勢してくれたのは大きかったよ。彼は同期として少数派になるのも厭わずに俺達の側に付いてくれた。感謝してる。」
「それで相談は?」
「今後の対応に関してだ。」
大山と議論するのは久し振りだ。前回、俺とナシーフが見つけた獣を収容するドームハウスに関して報告した時は俺が話すばかりだったし、大山も最近は俺に頼る事はせずに主に丹羽と中本と相談してフェンス内をまとめていた。
「取り敢えず、島田の時の同様に食事を含めた物資に関しては平等に分配するとして、料理に関しても食べて貰おうと思ってる。俺に従わないと食事なしなんて言うのは外道だし。ただ、必要以上に持って行かれないようにそこは監視するつもりだよ。ここにある資源は有限で皆に平等に分配されるべきものだ。それと鍵の管理も強化しようと思ってる。島田の時は管理不足で鍵を盗まれてあんな事になってしまったし。」
俺は大山の声に頷く。予備の包丁、農作に使用する鉈、そして南京錠の鍵等の刃物類と貴重品は「7」にある保管庫にあるが保管庫の唯一の鍵を誰かに預けるのはリスクがある上に特に危険もなく、鉈は誰でも持ち出す機会があり毎回鍵を要求するのも面倒だろうという事になって、皆の同意の上で現在は刺しっぱなしにしてあった。
「お前が管理するのか?」
「誰に頼んだって同様にリスクはある。それであれば俺が持ってるのが1番だ。」
「…まぁそうだな。」
俺は複数のシュミレートをした上で頷く。俺が管理する選択肢も考えたがフェンス外に出ている際に使用したくなった場合に不便だし、万が一俺が森の中で命を落として遺体を回収出来なかった際には2度と開けられなくなってしまうので不適だった。
「まぁ、本当は多々良達に思い直して貰うのが良いし、俺もまた話してみるよ。今日はここに来たばかりで気も立ってるだろうし。」
「無理はしねぇようにしろよ。それでなくても、5人中3人と過半数が集まって徒党を組んだ時点で自分達こそ正義であると錯覚しやすいってのに林の話では島田よりも頭の切れる連中だそうじゃねぇか。それと俺は何度も言う通りお前を支持している。お前の考えを理解出来ねぇ奴を俺達の活動に加える気はねぇし、何を言ってもフェンスの外に出すつもりもねぇ。そこは安心してくれ。」
「ありがとう。助かるよ。それに相談に乗って貰って助かった。少し楽になったよ。」
「不測の事態だ。何かあればまた来てくれ。俺もこの数日は注意して見るようにする。」
「また来る。」
「大山、折れるなよ。」
「勿論。ここで折れたらここまで付いて来てくれた皆にも失礼だ。」
いつもであれば世間話を続けようとする大山も今日に限ってはそう言って足早に去って行く。俺達の戻って来る頃を見計らって時間を作って相談に来たようだ。俺は窓際に立って大山を見送る。晴天続くこの土地にしては珍しく、今日の空は曇天だった。
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私達が来て90日、美凪達が来て30日。予想より1ヵ月早く新しく5人の高校1年生がここに来ました。けれど、上手くは行かないようです。大山くんも丹羽くんも渋い顔をしてました。勿論、私も気持ちはわかります。今だって帰りたくなる日はあります。無性に家族と友達に会いたくなる夜もあります。合唱部として挑むはずだった最後の合唱…本気だったし楽しみにしてたのになって悲しくなる時も沢山あります。夏休みは友達と受験勉強もするけれど東京にも行きたいよねって話してました。でも、願ったって帰れないし帰る手段もない以上、生きて行くために辛くても頑張らなくてはいけない事もある。私はそう思ってます。私に出来る事、それは新しく来た女の子達と仲良くなる事です。美凪達と一緒に頑張ります。
「林瑠奈の日記」より引用