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2-6

私達がここに来て84日目、美凪で言えば24日目、このノートも段々と半分まで来ました。時の流れを感じます。島田くんの死、市来くんの独立、ナシーフくんの追従等あった日常もここ数日は落ち着いていて、市来くんはナシーフくんを伴ってフェンス外の調査を続け、私達は今日も市来くん達を見かけなくなった安定した日常を送ってます。大山くんは相談相手がいなくなって寂しそうにしてるけど。最近の変化と言えば食糧です。市来くんは森の調査の中で食べられそうな木の実を届けてくれていて、最初に届けてくれた小さな林檎みたいな赤い粒と野イチゴは酸味が強くてあまり単体で食べるのには向かなかったけど、この間届けてくれた少し小さくて太いバナナは本当にバナナで、酸味も少しはあるけれど甘くてとても美味しいです。美凪はとても気に入ったようでした。あと数日でここに来て3ヵ月、そしてその後には100日目、気が滅入りそうになる事もあるけれど、私は私なりに頑張ります。

「林瑠奈の日記」より引用

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「取り敢えず昨日の場所まで行って…その後は少しこっちに裾野を広げるぞ。遠目だがこっちにバナナの木も見えた。」

「了解です。」

俺達の1日は「6」の家の机に広げた模造紙の前でのミーティングで始める。俺とナシーフの手製の森に関する地図だ。2人とも絵心は全くないので「7」の部屋にあった模造紙に凡その獣道を書いて食糧ポイントに円形のカラーラベルを貼っただけの簡易的なものだが、それでも俺とナシーフであれば理解出来るくらいの出来栄えの地図ではある。


フェンスの外に広がっている森は、思ったよりも大きく深かった。沖縄にあるナップ島のように気持ち程度の森ではなく、沖縄でそのまま例えるのであれば於茂登岳のような壮大な雰囲気のある森だ。傾斜もきつく獣道以外は道もなく、正直言うと探索自体は思った以上に難航している。幸いな事に森には食糧があって森を探索した甲斐は出て来ているが。


そして俺達は朝日と共にフェンスを抜け出して森に出る。ナシーフの加入してくれた利点の1つは俺を起こしてくれるので日の出と同時に出立出来る事だ。日の出を見逃すと太陽の位置だけで活動限界を判断する事になるが日の出と共に出発すれば体感も残りの活動時間を考慮する指標になる。


間違いなくフェンスの鍵を閉めた事を確認して森へ、入ってすぐにある岩場も既に足場とする位置は決まっていて問題なく踏破し、獣道に入る。これまでに探索した場所は警戒をした上で小走りで突破し、前回の調査終了地点を目指す。行く先々の木に貼ってある緑色の養生テープは探索を終了した事の証拠だ。俺達はそれを目印に進んで行く。

「足元気を付けろよ。」

「了解です。」

俺の声にナシーフが少し息を切らして答える。瞬発力はナシーフ、持久力は俺に分がある。それでもナシーフは加入当初の過度の緊張感も取れて、今では俺と共に程良い緊張感でフェンス外の探索に挑めているように見えた。俺は前に注意を配り、走る。


これまで森に入って10日以上、フェンス外で獣と遭遇する事もニアミスをした事もまだなかった。俺の予想、奴等が夜行性である可能性に関しては的を得ていたのだとわかるが、それにしても遭わな過ぎる。更に言えば俺達が警戒している獣だけではなく鳥にも虫にも蛇に小動物にも、何にも遭遇しないのだ。勿論俺は、その事に違和感を覚え始めていた。


「そこです。」

ナシーフの声、俺は足を止める。前回最後に到達した地点にはわかるように青色の養生テープを長めに付けてある。俺はナシーフと目配せをして足を潜める。ここより先は未知の領域、何の危険があっても可笑しくはなかった。


「行くぞ。」

俺はゆっくりと探索を始める。先頭は俺、背後はナシーフだ。念のために俺の腰には「7」の家の鍵の保管庫で厳重に保管してある出刃包丁、責任を持って保管庫を管理している大山に裏で許可を貰って包丁の中の1本は俺の管理下におく事を了承してもらっている。


森にあるのは静寂だ。俺達が少し湿気のある地面を踏む音も大きく聞こえる。俺達は慎重に進行方向を調査して行く。食糧となり得るものを探索し、安全と判明した地点は調査完了の証拠として養生テープを貼って行く。地味な作業を常に集中力と警戒心を持ってこなすのには精神的な疲労を覚える。


「…何か聞こえますよね?」

「俺も言おうと思ってた。」

1時間半ほど新しい土地の探索を進めた頃、ナシーフは呟く。俺もそれは感じていた。静寂の森の中に響く音…と言うには微小だが羽虫の飛んでいるような耳障りの悪い音がするのだ。何処かで聞いた事のある気もするが何かはわからなかった。


「何かあれですね。パソコンを起動してる時の音に似てますね。」

「……は?」

俺は呟くナシーフの声に1テンポ遅れて反応した後に足を止める。


「…それだ。」

「え?何です?」

機械音なんて3ヵ月耳にしてなく、ここに機械があるとも思っていなかった俺の中で失認していた答えをナシーフは教えてくれる。この場所での経験が浅い事もこの場合にはプラスに働いたようだ。ナシーフも徐々に自分の何でもない発言の重要性に気付く。


「探すぞ。」

「了解です。」

俺は耳と目を集中させて警戒と共に音を追い掛ける。


「…これだ。」

そして俺達は見つける。森の少し開けた場所に出た俺達の目の前にあるのはドームハウスのような見た目の頑丈そうな建築物だった。更に壁には明らかな機械音を立てて稼働している電光掲示板まである。電光掲示板には緑色で残り2時間42分である事を指しているカウントダウンと10個の丸が示されていた。10個の丸は何れも点灯している。


「確認するぞ。」

俺は壁を叩く。壁はかなり厚く設計してあるようだ。入口と思われる場所はあるが回すドアノブはなし。大きさとしては「1」の家程度の床面積はありそうに見える。


「…何です?これ。でも、機械音は電光掲示板じゃなくて中から聞こえて…うわッ!」

「どうした?」

ドームハウスを回るナシーフは突然叫び声をあげる。俺は慌ててナシーフの元へ行ってナシーフの除いた窓を見て驚愕した。そこにあったのは目、目、目、目、目、目…俺達の最も恐れていた獣達がそこにはいた。俺は獣達を刺激しないように体を潜めて中を覗く。中の獣は10匹で眠ったりじゃれたりしている個体もいる。そして地面には無造作に食べた様子のある肉の残骸が転がっていた。


俺は自身の疑問に対して納得の出来る答えを得た。まず、俺達が獣達とこれまで1度も遭遇せずに済んだのは、俺達が捜索している時間はまだ獣達はこのドームハウスの中に留まっていたからだ。恐らく電光掲示板のカウントダウンに合わせて開放となり、また夜になって食糧を欲して戻って来た頃に閉まる設定になっているのだ。そう考えると点灯している丸は中にいる獣の個体数だと考えられる。獣達は小動物1匹見当たらないこの森で何を食べて生きているのか、それも俺にとっては1つの疑問だったわけだがそれも解決した。ここに入れば食事を得られる。絶対ではないがある程度調教してあり、食事を取るためにもこの家に戻って来る習慣が身に付いているのだ。機械音も恐らく、電光掲示板等に加えて、このドームの中の空調と肉を冷やしておいて自動で供給する冷蔵庫のような設備を内蔵してあり、その電力供給に際して聞こえるのだと想定すれば納得出来る。


「よくそんなに落ち着いてられますね。」

「ある程度想定してあった事だ。」

「にしても怖いですって。漏らしそうになりましたよ。」

「その時は中本に報告する。」

「何で一理なんです。まぁ、一番精神に来る弄りしそうですけど。」

俺は思わず腰を抜かして転がったままのナシーフを引起こした。


「これは大発見ですね。大山先輩達にはどうします?」

「勿論、大山には報告する。ただ、10匹全部が大人しく戻って来て昼前までここに収まってる保証はねぇんだ。今日は偶々全匹大人しく入ってるようだが1-2匹漏れても何も可笑しくはねぇし、カウントダウンもここに来なければ詳細な時間はわからねぇ。その意味では、大山とも相談するが警戒心を保つためにも他のメンバーには黙っておいた方が良いと俺は思ってる。ナシーフも大山の判断が下るまで黙っておけよ。」

「了解です。俺も黙っておきます。」

俺としては変にフェンス外でも安全だと思って欲しくはなかったのでそんな決断を下す。ナシーフも俺の意見を支持してくれた。


「取り敢えずここを離れるぞ。」

「そうですね。目的は達せられましたし。」

俺はそう言ってドームハウスの近くの木にも養生テープを貼り、この場を離れる。残り2時間だ。帰る時間を想定すれば今日の探索も終盤に差し掛かっていると言える。


その中で俺は頭の中で計算をする。体感として日の出と同時にフェンスを離れて青色のテープのポイントまで1時間程度、そして1時間半の探索を経て残り2時間42分となると俺達がフェンス外で探索出来る限界時間は凡そ5時間と言う事になる。正直、その時間でこの森の全てを踏破出来るかは疑問だった。今はまだ序盤で山の中盤までも行けてはいないが5時間で山の頂近く、もしくはまだ未踏の山の裏まで行って戻って来るのは困難であるように思えた。勿論、無理せずこの周囲を探索して食料問題解決のための手助けをする事が何よりであり、大山のためにもそうするべきなのはわかっているが、今日のこれを見てしまった以上、未踏の場所にまた何か黒幕に繋がるものがあるのではないかと期待してしまっている自分がいるのも事実だった。


その場合にどうするか、俺はそんな新たな悩みを抱えたまま、ナシーフに先行して森の中の探索を今日も続けたのであった。


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