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「悪かった。感情的になってしまって…。」
結論として島田を発見する事は出来ず、大山は各自警戒をして単独行動は出来る限り避ける事、安全のために女性陣も含めて数日間は全員「1」の家に移住して夜を過ごす事を確認して自由になった。俺は居た堪れなくなった心を癒すために「1」の家のテラスを陣取ってボーっとしていたわけだが、その傷が癒える前に大山の訪問を受ける。良く出来た人間だ。俺は初めて会った時の日の夜のように大山に椅子を勧める。
「俺も悪かった。お前を追い詰める意図はなかった。」
「わかってるよ。図星を突かれ続けて感情的になったのは俺だ。その時点で俺は負けてる。」
「そんな事はねぇよ。それに…。」
「プランを聞かせてくれ。」
大山は俺の発現を遮る。
俺達がここに来た時期を、最後の記憶として残っている4月と仮定すると、段々と7月になる。確かにここに来た時より暑くなった。冬服だった制服も上着を着る事はなくなり土で汚れたヨレヨレのシャツで生活している。着替えとして入っていた作業用ツナギも上半身は腰で縛って着こなし、上はインナーだけで過ごす程だ。この着こなしを始めたのは丹羽だがスタイリッシュな丹羽にはストリートファッションのように映えて良く似合って見える。髭は「7」の家にあったT字剃刀で剃れるが髪は美容師なしでは何とも出来ず、大山は観念して適当に鋏で切って歪な短髪にし、俺と丹羽は伸ばしたままマンバンのように縛っている。林のショートカットも肩を裕に越してしまった。大洋に反射する日差しも夏らしくなり、森の緑も一層茂ったようにも思える。ここに来て随分と時間が経った。その中で今、大山は俺と袂を分ける覚悟で俺の元を訪れているのだと察する。
「何の?」
「ここまで来てとぼけるなって。フェンス外の探索プランだ。市来の事だ、どうせ俺のゴーサインの前にある程度立案してあるんだろ?」
「あんまり買い被るなって。俺にとっても未知の事で思ったより無謀だ。」
俺は大山の買い被りに対して苦笑して見せる。
「それでも活路はある。現時点で最大の懸念である獣達に関しても、午前中に見掛けた事はなくて見掛けるのは早くとも午後だ。そして夜には遠吠えを良く耳にする。恐らくは夜行性なはずだ。遭遇を可能な限り避けるためにも取り敢えず朝に出て太陽が真上に来る前に戻って来ようと思ってる。後は出たところ勝負だよ。」
「一人で行くつもりか?」
「無理に誰かを巻き込む気はねぇよ。自薦して来たとしてもある程度動けて走れる奴でなければ無理だ。無闇矢鱈に連れ出して、他人の命を無駄にするような事はしねぇよ。」
「俺が心配してるのは、市来自身の事だよ。」
大山は柔らかな声でそう言うと溜息を吐く。
「本当にやるの?」
「勿論だ。まずは明日、島田の痕跡を探しに行く。そして可能であれば森自体の調査と森にある食糧調達をして、森に徐々に慣れて行くようにする。家は「6」を借りるぞ。あそこはフェンスの入口にも近いし「3」と対極にある。」
流石に大山の意に反してフェンスの外に出るくせに同じ家に戻って来るのは誰にとっても居心地の悪い事だ。俺は拠点を「1」でも男子部屋の「3」でもなく、未使用の「6」に移す事を提言する。
「俺も…。」
「え?」
海風に掻き消される声、俺は遠くにある水平線を追っている大山を見る。
「島田の言ってた事も理解出来るんだ。急にここに連れて来られた俺達の目の前には課題が山積してた。この土地への理解もそうだし、食糧問題は…まぁ今でもまだ完全には解決してないけど、それに「7」の家だって伊藤のお陰であんなに整頓されて使いやすくなってるけどあんなじゃなかった。大変だったけど目の前にある課題と向き合って、ある意味では生存のために身を粉にして得られる充実感で、虚無感であったり黒幕へ対する疑念を胡麻化して埋めてた。でも、島田は…中本達も含めてそうだけど、ここに来た時点で俺達の作った道があって、日々が構築されてしまっていた。当然心を満たすものもなく、虚無感であったり黒幕へ対する疑念、そして一見すると2ヵ月も平然と暮らして来た「だけ」のように見える俺達初期メンバーへの反感を覚えるのは当然の事だった。」
「大山…。」
「今、足りないのは希望だよ。辛くてもひもじくても生存し続ける、明日への足を止めずにいる事によって報われるかもしれないって思える希望だ。えっと、それで…。」
大山はそこで言葉を切る。上手く言いたい事を纏められなくなったようだ。それでも前を向いて丁寧に言葉を紡いで大山は話を続ける。
「俺は…頑固だと思われるだろうけど、俺の信念は正しいと思ってる。全てはここでの生活の安定と、安全あってこそ。だからこそ危険はフェンスの外の探索を反対してたわけだけど、希望を見出すにはそれも必要で…結局は俺の信念を貫くための面倒で危険な部分を、市来に押し付けてしまってる気もする。」
「そんな事はねぇよ。俺はいつだってあんまり周りの事を気にせず勝手気ままに行動してるだけだ。買い被るなって。」
「本当に勝手気ままな人は周りを気にしてない事にも気付いてないよ。」
大山は最後まで落ち着いた声で語る。
「市来、お別れだ。」
「そうだな。」
「でも、別れ道を進むとしても同じ方向はちゃんと向けてると思うんだ。だからこれからも、何かあった時はよろしく頼むよ。」
「勿論だ。隣に引越すような感覚でいてくれて構わねぇよ。俺はお前の味方だ。」
俺はこそばゆくなって来て大山の元を離れる。荷の移動もしなければだ。激動の1日は太陽の傾斜と共に徐々に終わりを迎えようとしていた。