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2-4-1

「…神経を使うな。」

フェンス内での島田捜索を開始して既に30分以上、大山が言葉を漏らす。


確かに、神経を擦り減らす作業だ。必ずしもいるとは限らず、存在しない可能性も大いにある島田の脅威に気を配り、不確かな安全を探しているのだ。それでも調べ終えた家も増え、残るは島田の根城にしていた「5」と空家の「6」の家になるまで捜索は進んでいた。


「美凪、大丈夫?」

「大丈夫です。緊張感はありますけど。」

「入るぞ。」

俺は可能性があるとすればこの家だと踏んでいる「5」の家に入る。島田だけの根城は、生活感の乏しい家だ。座った跡のあるズレた椅子だけが人のいた痕跡を表現している。


「…寝袋何処行った?」。

「確かに。流石に寝袋は持ってこの家に移ったはずだ。一応戻って中本にも確認する。」

俺達は言葉を交わしてトイレ、シャワーまで含めて部屋を確認する。先頭は俺、真ん中に兼子を挟んでしんがりに大山だ。


「なぁ、大山。」

俺は警戒をしながらも大山に話し掛ける。


「もし、島田を見つけられなかった場合はどうする?」

「見つけられなければ俺達が色々邪推して遠回りしただけで、単純に島田単独で外に出て行ってしまったって事になるのかな。寝袋もなくなってるわけだし。」

「まぁ元々、その可能性が最も高かったわけだが。」

俺達はこの家も大丈夫である事を確認して「5」の家を出る。


「お前は次の一手、どうする?」

「正直言うとお手上げだよ。改心して無事に戻って来てくれると良いんだけど。」

「希望的観測だな。」

俺は素直に降参した大山に突っ込みを入れる。ただ、このスタンスこそ大山の大山たる所以である事を改めて確認させられる降参と言える。それと同時に、俺とは決定的に袖を分かつ降参でもある。俺は大山とまた揉める事になる覚悟はしながらも、慎重に言葉を選んで口を開く。


「選択肢はある。大山、俺がフェンス外の探索に行く事を黙認してくれ。」

その発言に大山の足が止まり、必然的に俺と兼子の足も止まる。包まれたのは一瞬の静寂、振り返ると困った表情の兼子の奥に少し怒りを含んだ目線を俺に向ける大山がいた。


「それは断る。」

「別に容認してくれとは言わねぇよ。求めてるのは黙認だ。それにお前に何て言われようと俺が外に行くと決断すればお前に断るなんて選択肢は存在しねぇ。俺を縛ってでも行かせねぇなんて言えるキャラでもねぇっしょ。」

「そういう事じゃないだろ?」

俺の突っぱねるような発言に大山は苛立った様子を見せる。既に視線の先には俺だけ。本来の島田捜索の目的は無視されてしまっている。珍しく冷静を欠いている大山、それでも俺としてもここまで来てフェンス内に島田が隠れているオチはないだろうと思っているので特に気にせず大山と正対する。


「前にも話したし、何度も言ってる事だ。俺だって全てを納得してるわけではないし釈然としない事だって沢山あるけれど、俺の最も大切にしている事はここでの生活の安定と、細々とでも安全にここで生存し続ける事だ。俺だってフェンス外の調査に関する必要性は理解してるし、今回の1件だって外に出て、島田自身を見つけられないとしても島田の痕跡を見つける事が出来ればって思うよ。でも、ダメだ。知っての通りフェンスの外には目に見えた脅威が存在している。それを知ってる以上、危険は侵すべきではないと俺は思ってるよ。」

「勿論だ。そしてお前はそれで良いんだよ。」

熱くなって行く大山とは対照的に俺はクールに答える。


「だからこその黙認だ。俺がフェンスの外に出るのは独断であり、お前は関知せず、俺の単独行動に対して非難でもしてくれれば、このフェンス内において正しいのはお前の意見のまま、安寧こそこのフェンス内における正義となる。」

「ふざけるなよ、市来。俺はフェンス外の探索みたいな危険を伴うような行為は断固反対だけど、それをする場合には責任を持って…。」

「お前こそ勘違いするなよ。」

瞳に怒りが灯った大山の声を遮って俺は大山に詰め寄る。兼子は端に追いやられ恐怖に染まった涙目で俺達を静観する他なかった。


「俺はお前こそ正しいと思ってる。前にも言ったはずだ。そこはお前の中でも、このフェンスの中でも決して揺らぐ事は許されねぇ、俺達だけのこの世界における不文律なんだよ。あくまで危険を冒してフェンスの外に出る俺は悪で、お前こそ正義でなければならねぇ。そのためにはお前に俺を容認なんてされては困るんだよ。」

「そこまで俺の事を考えてくれるなら…!」

大山は大声を出す。怒鳴り慣れてないようで大山の発現の語尾は裏返った。怒っていると言うよりは泣きそうになっている、そんな大山の表情。流石にここまで言って言い返して来るとは思っていなかった俺は面食らって言葉を失った。


「もう誰にも死んで欲しくないって…思ってる俺の事も汲み取ってくれよ…。」

「市来先輩、もう止めましょうよ。大山先輩も…。」

兼子が涙決壊する中で華奢な腕で俺達に割って入り、必死に俺達を止める。俺は居た堪れなくなって兼子の肩を軽く叩くと距離を取った。


「ナシーフ!」

俺は俺達が止まっているのを遠くで心配そうに見ていた南京錠組に声を掛ける。大山の大声は聞こえていたはずだ。ナシーフと中本は緊張した表情で走って来る。


「鍵は?」

「全部確認しました。なくなってる鍵は開いていた扉のものです。」

「了解した。中本、悪いがまだ「6」だけ捜索してないんだ。一緒に来てくれ。ナシーフは大山と兼子と一緒に。兼子、落ち着いたら大山とナシーフと一緒に「1」に戻れ。」

俺は最後まで冷静に指示を送る。気まずくなって離れたかったのも事実だ。大山は目を伏せて俺と目を合わせようとはしてくれず、俺は困惑するナシーフを残して中本と共に残った「6」の家を念のために探索しに向かった。


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