086 キシドウセイシン
「ジョーカー殿下、連れてまいりました」
王宮内にある宝物庫の扉の前に立つ道化の仮面の男にエースが声を掛ける。その隣にはトランプ、そして、騎士に囲まれるようにして連行されてきた国王と首相。すると、国王の方へ向き直ったジョーカーが高圧的な態度で口を開いた。
「お初にお目にかかります、陛下。吾輩は幻影道化師のジョーカー。どうぞお見知りおきを」
そんなジョーカーを国王が睨みつけた。
「オネスト、どうしてこのような真似を」
「はぁ…。ノリの悪い御方だ…」
ジョーカーは興が削がれたとでも言いたげに小さく溜息を吐くと再び高圧的な態度で続ける。
「貴方が悪いんですよ、陛下。我々のような高貴なる血を持つ者には民衆を導いてやる義務がある。そうでなければ愚かな民衆共は自滅へと歩みを進めていくことになる。だというのに、貴方は平民共におもねり、挙句の果てにはそのような男の傀儡へと成り果てた…」
そう言ってジョーカーはアレックスへと視線を向けた。
「この国を本来のあるべき姿へと戻さなければならないのです。高貴なる血を持つ者が国を統べるというあるべき姿に。そうしなければ、この国の行きつく先には滅亡が待っている」
そこへアレックスが口を挟む。
「時代は常に変化していくものです。古い考え、体制に固執し、新しい時代に適応できない者こそが滅亡を招く要因に成り得るのではないかと思うのですが」
「フッ。何とでも言うがいい、アレックス」
余裕すら感じさせる態度でジョーカーが応じると、アレックスは続ける。
「それでは遠慮なく。もし仮に、この国を王政に戻し、殿下が王位に就いたとして、そもそも、殿下には本当にこの国を背負えるだけの能力があるのでしょうか? 王族としての公務を選り好みし、政治や世界情勢について学ぼうともせず、連日、取り巻き貴族達とのパーティー三昧。働きもせず遊び歩き、浮気まで繰り返す殿下の姿に、とうとう妃殿下からも愛想をつかされて離婚される始末。そんな王が治める国の行きつく先には滅亡しか待っていないと感じてしまうのは私だけではないはずです。それから…」
「ええい、黙れ! 本当に言う奴があるか!」
怒りに身を任せて銃を手に取ったジョーカーをエースが諫める。
「落ち着いてください、ジョーカー殿下。今は宝物庫を開けることが先です。この男の始末は後でどうとでもできます」
すると、舌打ちしながらジョーカーが銃を収めた。しかし、怒りの方は収まらないようだ。
「アレックス、お前には後でたっぷりと絶望を味わわせてやる。覚悟しておけ」
吐き捨てるようにそう言うと、ジョーカーは国王へと向き合った。
「さて、それでは陛下、本題に入りましょう。宝物庫を開けてもらいましょうか」
「…お前は、この中に何があるのか知ったうえで、ここを開こうとしているのか?」
「もちろん」
国王からの問いに迷いなく答えるとジョーカーは続ける。
「ここには、旧帝国崩壊後の混乱の中、初代による王国創建を支えた遺物が収められている。そう、敵対する諸侯の街を次々と焼け野原に変えていったと伝わる古代科学文明の遺産がね」
「そこまで知っていながら…。あれは人には過ぎた力だ。国どころか使い方を間違えれば人類を滅ぼしかねないほどのな。だからこそ、初代もここに封じたのだ」
「どんな道具も使う人間次第ですよ、陛下。吾輩ならば正しく運用できる」
「いや、貴方だからこそ心配なんですよ」
アレックスがポロッと漏らすと、ジョーカーが黙って銃に手を掛けた。それに気付いたアレックスが慌てて取り繕う。
「あ、違いますよ。私の意見ではなく、ヒイロさんならそうツッコんだだろうなと思いまして」
とんでもない責任転嫁である。
「……あの稀人にも、いずれ絶望を味わわせてやらねばならんようだな」
本人のあずかり知らぬところで、何故かヘイトが貯まっていく。
「まあ、それは後でいい。それよりも、早くここを開けてもらいましょうか」
改めて国王に対して宝物庫を開けるように迫るジョーカー。それに国王は毅然とした態度で応じる。
「それはできん」
「困りますな。宝物庫の鍵を持つのは時の王のみ。吾輩に貴方を傷つけるような真似をさせないでいただきたい」
「儂を脅す気か? だが、そんなことをしても無駄だ。そんなことをされても、ここは絶対に開けられんのだからな」
その頑なな態度にジョーカーが溜息を吐く。
「陛下。貴方の仰りたいことはわかる。吾輩が力を手に入れて、その力に溺れないかが心配なのでしょう? しかし、それは要らぬ心配というものです」
国王はそんなジョーカーを憐れむように見つめる。
「我が息子ながら愚かな…。そういうことではない」
「それではいったいどういうことだというのでしょうか?」
「わからんのか?」
すると、国王は深刻な表情を浮かべて消え入りそうな小さな声で呟いた。
「……鍵を失くしたのだ…」
「え?」
「え?」
「え?」
ジョーカーとエースとアレックスが順番に間の抜けた声を上げていると、そこへトランプが口を挟む。
「嘘はいけませんな。宝物庫の扉は生体認証で管理されているはず。つまり、扉を開く鍵は時の国王の御身のはずです」
さっき間の抜けた声を上げた三人はそれを聞くなり『当然知ってましたよ』というような体を装う。そんな中、今度は国王が間の抜けた声を上げた。
「え?」
「「「え?」」」
国王の反応にジョーカー、エース、アレックスが再び間の抜けた声を上げた。
困惑しながら四人が顔を見合わせていると、国王がふと我に返る。
「ちょっと待て。それでは、戴冠式で王冠と共に継承した鍵はいったい?」
その疑問にトランプが答える。
「あれは、王位継承の儀式の見栄えをよくする為だけに作られた鍵です」
「何と!? いや、しかし、それはつまり…、儂は宝物庫の鍵を失くしたわけではなかったのだな」
そんな安堵の表情を浮かべた国王にアレックスが噛みつく。
「ちょっと待ってください、陛下。宝物庫の鍵ではなかったとしても、あの鍵自体も王国創建時から伝わる国宝級の一品ですよ。失くしたんですか!?」
「……いや…その…。失くしたかもしれんし…、失くしてないかもしれん…」
「どっちなんですか!?」
目を逸らしながらしどろもどろに呟く国王の発言に驚くアレックス。すると、呆けていたジョーカーもふと我に返った。
「ええい、そんな話はどうでもいい。それよりも、早くここを開けてもらおう」
「それはできん」
国王は改めて毅然とした態度で要求を突っぱねる。するとその時、扉の方から『ガチャ』と鍵の開くような音が聞こえてきた。
「開きましたよ」
「「「「え?」」」」
唐突なトランプの発言に驚きを隠せない国王達。そんな国王達を放置してトランプは扉の脇の突起に手に持っていたバーコードリーダーのようなものを掛けた。
「皆様がコントをしている間に陛下の生体スキャンをさせていただきました」
「さっきから妙に陛下の周りをうろうろしているかと思ったら、そんなことを!?」
驚愕するアレックスには目もくれず、トランプは扉に手を触れると押し開く。
「でかしたトランプ」
開く扉を見守りながらジョーカーは興奮気味に声を上げる。
「さあ、いよいよ吾輩の宿願が叶う時だ。フフフ、ハハハハハ!」
***
突如として現れた『真・麿の騎士団』と名乗る陰陽師とそれに率いられる鎧武者集団。
そんな鎧武者集団に取り囲まれた騎士の一人が声を上げる。
「何者かは知らないが名誉ある近衛騎士団の名を騙るとはいい度胸だな」
あなた達の元同僚ですが?
ミーアを抱えながらそんな率直な感想を抱いていると、陰陽師が反論する。
「名誉…でおじゃるか? 老人と子供を大勢で取り囲んで甚振るなどという騎士道精神に反する行いをしておいて、どの口で名誉などと語るでおじゃる?」
お前こそ、その恰好で騎士道精神を語るな。
「騎士団の名誉を汚しているのはお前達の方でおじゃる!」
陰陽師のその発言に騎士が声を荒らげる。
「貴様、その発言は我々近衛騎士団への侮辱行為と受け取るぞ!」
「お前達、今は幻影道化師なんだろ?」
ついそんなツッコミを入れると、騎士が一瞬押し黙った。
そして、少しして再び口を開く。
「貴様、その発言は我々幻影道化師への侮辱行為と受け取るぞ!」
「わざわざ言い直したところ悪いけど、幻影道化師への侮辱行為と受け取るには無理があると思うよ?」
そのツッコミに騎士が再び押し黙る。
しかし、直ぐにちょっとした殺気を放ちながらこちらを向いた。
「貴様、その発言は我々騎士への侮辱行為と受け取るぞ!」
「え?」
ついツッコんでしまっただけで俺にそんな意図はない。というか、いつも俺のツッコミなんて皆してスルーしていくくせに、こういう時だけきっちり反応してくるのはやめてほしい。
「脱走を図っただけでは飽き足らず騎士である我々に対する侮辱…。どうやら、今置かれている立場というものを解らせてやる必要があるようだな」
俺に向かって剣を構えながら威圧してくる騎士を前にして、俺はミーアを庇う様により一層しっかりと抱きかかえる。
そうして逃げの姿勢を整えていると、俺と騎士の間に陰陽師が割って入った。
「弱い者いじめはやめるでおじゃる」
「ええい、邪魔だ!」
「弱者に対しては手を差し伸べるのが騎士のあるべき姿でおじゃる」
陰陽師と騎士の一人が言い争っている間にも、他の騎士達と武士達はお互いの間合いをはかりながら神経戦を繰り広げる。
「誇り高き騎士である我々への度重なる侮辱。貴様ら全員、生かしてはおかんぞ!」
「弱者を虐げるなど、騎士の風上にも置けぬ行為でおじゃる。自らの行いを悔い改め、腹を切って詫びるでおじゃる!!」
武士道精神…?
言い争っていた二人のそんな口上と共に一斉に戦端が開いた。
あちらこちらで騎士と武士が刃を交える中、陰陽師も動き出す。御札の束を取り出すとそれを空高く放り投げる。すると、それらが陰陽師の周囲を回り始めた。
「雷陣纏装、急急如律令!」
次の瞬間、御札が四方八方へと散り、戦っている武士達の元へと至ると彼等の体に雷の衣を纏わせた。
すると、互角の戦闘を繰り広げていた騎士達が武士達に押され始める。
戦況が優勢に傾いても陰陽師は手を緩めない。続いて御札の束を取り出すとそれを空高く放り投げる。
……ん? 御札?
戦場にひらひらと舞い散る御札に騎士達が気を取られる。
「金…?」
「金だ!」
その一瞬の隙を武士達は見逃さなかった。こうして、騎士と武士の戦いは武士の勝利で幕を下ろした。
……。
何だろう、このすっきりしない決着…。
ミーアと共に遠い目をしながらそんなことを考えていると、陰陽師に声を掛けられる。
「無事でおじゃるか?」
「あ、はい。助かりました。ありがとうございます、コノエさん」
とりあえずお礼を言うと、陰陽師はとても驚いたようにびくっと体を震わせる。
「ど…どうして麿の正体に気付いたでおじゃる?」
「いや、バレバレやん」
すると、コノエさんは渋々ながら雑面を外す。心底不思議そうな表情で『どうしてバレたでおじゃる…?』などと呟いているコノエさんに対して、ふと抱いた疑問をぶつけてみる。
「ところで、コノエさんはどうしてここに?」
そんな俺の質問は質問で返される。
「そういうヒイロ殿達こそ、どうしてこんなところに居るでおじゃる? 今、王宮は幻影道化師を名乗る近衛騎士団に占拠されているでおじゃる。部屋から出ては危ないでおじゃるよ」
「えっと…。俺達はアレックスさんを探しているんです」
「首相を…?」
「はい。危険は承知の上です。でも、どうしてもじっとしていられなくて…。微力ながらもアレックスさん解放の為に何かができないかと思って」
「それは殊勝な心掛けでおじゃる」
……。
「それで、コノエさんこそどうしてここに?」
改めて尋ねると、コノエさんは徐に語り始める。
「騎士団長の罠に嵌って左遷されそうになっていた麿は、ある御方と出会ったのでおじゃる。麿はその御方から近衛騎士団がテロを計画していることを聞いたでおじゃる。そして、麿の副団長時代の実力を評価してくださったその御方は、テロ計画を阻止する為に力を貸してほしいと言ってきたでおじゃる」
すると、コノエさんは感極まったような表情を浮かべる。
「嬉しかったでおじゃる。真面目に働かない騎士団長に代わって、陰ながら近衛騎士団の実務全般を取り仕切ってきた麿のことを、きちんと見ていてくれた人が居たのでおじゃる。その御方の期待に応える為にも、麿は近衛騎士団の野望を打ち砕き、正式に騎士団長に就任するでおじゃる!」
あれぇ? どこからともなく聞こえてはならない本音が聞こえるぅ…。
ミーアと共に遠くを見つめていると、オーギュストさんが口を開く。
「何にしても、目的は儂等と同じということじゃな?」
「そうでおじゃるな」
「目的が同じであれば協力もできるということじゃな?」
「望むところでおじゃる」
「そうか、では、今後具体的にどう動くか決めようかのぅ」
そう言ってオーギュストさんが髭を触りながら思案し始めると、コノエさんが案を提示する。
「麿達は、このまま王宮を占拠している幻影道化師の騎士達を叩くでおじゃる。オーギュスト殿達には、首相と陛下の救出をお願いしたいでおじゃる」
「ふむ、まあ、それが妥当な分担かもしれぬのぅ…。それでは、儂等は引き続きアレックスがどこにおるのかを探すとするかのぅ」
「それなら、既に把握しているでおじゃる」
「なぬ、それは本当か?」
「陛下と首相の二人は宝物庫の方へと連れていかれたでおじゃる」
「宝物庫?」
俺が口を挟んだその時、突然上空から声が聞こえてきた。
「こそこそと動き回っている輩がいると聞いて来てみれば、これはいったいどういう状況だ?」
中庭を見下ろす形で上空に浮かんでいたのは、小さな太鼓が特徴的な鎧に『A』をモチーフにした装飾が施された兜を被った男。
「お主は、幻影道化師のエース」
オーギュストさんが驚いて声を上げていると、エースが中庭にふわりと降り立った。そして、倒れている騎士達に視線を向けると蔑むように呟く。
「だらしのない奴等だ」
そんなエースを武士達が取り囲む。そして、慌てて雑面を着け直したコノエさんが啖呵を切る。
「余裕な顔をしていられるのも今のうちでおじゃる。其方も今からこうなるのでおじゃる」
そんな発言をエースが嘲笑う。
「フッ、ハハハ。随分と強気に出たものだな、コノエ」
すると、コノエさんが動揺を見せた。
「ど、どうして麿の正体に気付いたでおじゃる…?」
だから、まずはその語尾を何とかしろよ。
ミーアと共に冷たい視線を向けていると、エースが得意気に答える。
「フッ、今更そんな物で顔を隠しても遅い。貴様の顔は既に上空から確認済みだ」
「しまったでおじゃる。ちょっとした気の緩みで正体がバレたでおじゃる」
……。
なんとなく納得のいかない思いを抱えて引き続き冷たい視線を送っていると、コノエさんは気を取り直して武士達に指示を出す。
「しかし、麿達の正体に気付いたところで状況は変わらないでおじゃる。他の騎士達が駆けつけてくる前にまずは此の者を討ち取るでおじゃる!」
「ハハハ、やってみろ。勇者パーティの役に立たない方共と、元近衛騎士団の半端者共がいくら寄り集まろうとも、この私の敵ではない」
役に立たない方!?
そんな言葉の暴力が俺を襲う中、武士達は一斉にエースへと襲い掛かる。しかし、エースは全く動じることなく、ゆっくりと右腕を上空に翳す。すると、背中の太鼓の飾りがバチバチと放電を始めた。
「貴様等には、この私自ら風魔法の神髄というものを見せてやろう」
いいかげん紛らわしいので、あの背中の演出装置をどうにかしてほしい。
そんなことを考えているとエースが声を上げる。
「其は天を切り裂く王者なり! 雷獣来遠!」
その叫びと共に轟音を伴って雷が大地を穿つ。咄嗟にミーアを庇いながらその衝撃をやり過ごすと、ある異変に気付く。落ちてきた雷が何故か消えることなくその場に留まっている。そして次の瞬間、その雷が獅子の姿を形作った。
風魔法とは…?
呆然とそんなことを考えていると、雷を避ける為に距離を取った武士達が再び距離を詰め始める。
「まだ終わりではないぞ」
再びエースの背中の太鼓で放電現象が始まる。
「聞け、天を劈く咆哮を! 雷音!」
直後、雷の獅子が咆哮を上げる。そして、その咆哮によって周囲の空気が振動し、衝撃波となって周囲の武士達へと襲い掛かる。
なるほど、空気振動なら風魔法で間違いないね。アハハハハ。
俺は、何か面倒臭いので考えるのをやめた。ミーアが『ツッコミを放棄しニャいで』とでも言いたげに俺を見ているが気にしてはいけない。
武士達が相次いで膝をつく中、コノエさんが御札の束を取り出すとそれを空高く放り投げる。すると、それらがコノエさんの周囲を回り始めた。
「風陣纏装、急急如律令!」
次の瞬間、御札が四方八方へと散り、戦っている武士達の元へと至ると彼等の体に風の衣を纏わせる。
「皆に風の衣を纏わせたでおじゃる」
「風が俺達を守っている…?」
「体が軽い」
武士達がそんなことを呟きながら立ち上がると刀を構える。そして、再びエースへと襲い掛かる。しかし、それでもエースは余裕の態度を崩さない。
「フッ。なかなか見事な風魔法だ、コノエ。だが、風を纏うのならば、もっと華麗に纏ってみせろ!」
そして、エースは高々と声を上げる。
「風神の羽衣!」
次の瞬間、エースの周囲で風が渦巻き、その体がふわっと浮かび上がる。それと同時に、襲い掛かってきた武士達を撥ね退けた。
それでも懸命に食らいつこうとする武士達にエースが言い放つ。
「貴様等とは格が違うのだよ!」
そんな中、風に靡く雑面の下から焦りの表情を覗かせながら、コノエさんが俺に声を掛けてきた。
「何をしているでおじゃる。ここは麿達が引き受けるでおじゃる。ヒイロ殿達は早く首相達を助けに行くでおじゃる」
「いや、でも…」
明らかに劣勢なコノエさん達を置いてここを離れてもよいものか戸惑っていると、オーギュストさんが口を開く。
「お主等を置いて儂等だけでアレックスを探しに行くことなど断じてできぬ!」
きっぱりと言い切ったオーギュストさんを前にして俺も覚悟を決める。が、しかし。
「儂等は宝物庫の場所を知らぬのでな!」
あぁ~、確かに~。
……。
俺の覚悟を返してほしい。
妙な納得感の後、ふと冷静さを取り戻す。さっきから、まるでジェットコースターのように上下し続ける俺の情緒。俺の頭の中ではジェットコースター『情緒号』に振り回された理解さんがよろめきながら降車していく。ちなみに、このジェットコースターは足が固定されずにぶらぶらと不安定になるタイプだ。だが、俺の情緒は決して不安定なんかじゃない!
ミーアが心配そうに俺を見上げているが、断じて俺の情緒は(以下略)。
それはともかく、オーギュストさんの発言を受けてコノエさんが人形を取り出す。
「宝物庫へはこの人形に案内させるでおじゃる。早く行くでおじゃる」
すると、コノエさんの手を離れた人形が俺達の元へと飛んできた。
「わかった。お主も気を付けるのじゃぞ。行くぞ、ヒイロ」
「あ…、でも…」
オーギュストさんに声を掛けられるも躊躇していると、風に靡く雑面の下からコノエさんが力強い表情を浮かべるのが垣間見えた。
「麿達の心配は無用でおじゃる。麿達は、逆族を倒すという手柄を上げてこの国の正規の騎士団になるでおじゃる」
そんなコノエさんの発言を受けて、戦い続ける武士達が俺達の方へ視線を向ける。そして、『全員覚悟はできている。だから早く行け』とでも言わんばかりに頷いてみせた。
妙にいい雰囲気を出そうとしているが、何か納得がいかないのは俺だけだろうか?
すると、何者かが俺に声を掛けてきた。
「ヒイロ、あいつ等の意思を汲んでやれ。ここは任せて俺達は俺達のやるべきことをやるんだ」
そんな風に回廊の柱の陰から声を掛けてきたのはバルザックだ。
おい、お前。いつの間に鎧を脱いで安全圏に避難した?
バルザックの行動に呆気に取られている中、コノエさんはエースの方へと向き直ると声を上げる。
「さあ、皆の者、今こそ手柄を上げる時でおじゃる!」
「「おぉおぉぉぉ!!」」
そうして武士達がエースに一斉に襲い掛かる中、俺達はその場を後にした。