008 マリオ ネツトワーク
「これが、偃月の塔?」
俺とカイとハルそしてミーアは、偃月の塔の前にいる。
空き巣事件の後、俺達が広場に戻ろうとしていたところを偃月の塔からの使いだという人に呼び止められた。
偃月の塔の賢者マリオが今回の件でお礼をしたいとのことで、ここに招待されたというわけだ。
情報早いな…。ただ、あれは本当に俺達の手柄なのだろうか? 家宅捜索(?)が入ってたし、放っておいても勝手に解決したような気もする。
さて、偃月の塔だが見た目はガラス張りの高層ビルだ。
弓なりに弧を描いた形状をしている為、かろうじて偃月に見えなくもない。偃月刀も偃月に見えるかと言われれば微妙だしね。
「そうです、ヒイロ様。偃月の塔は、レニウム王国の要所を抑える目的で建てられた六つの塔のうちの一つで、他に、新月の塔・満月の塔・上弦の月・下弦の月・太陽の塔があります」
塔を見上げながら呟いた俺に対し、ハルがそんな説明をしてくれた。
何故、月だけそんなにバリエーションを増やしたのか? 一部、塔すらついてないし…。
そんなことを考えながらも塔の中へと入る。すると入って直ぐに広いロビーがあり、そこに一人の男が立っていた。
その男がこちらに気付き声を掛けてきた。
「カイ、久しぶりだね」
「師匠! 久しぶり!」
「君は、ヒイロ君だったかな? 私は偃月の塔の賢者マリオだ」
「あ、はい。ヒイロです。初めまして」
挨拶を交わしながら、マリオさんに握手を求められたのでそれに応じる。
「お久しぶりです、マリオ様」
「ハルも元気そうで何よりだ」
マリオさんは口元に髭を生やした背の高い男で、緑色のローブに身を包み緑色の帽子を被っている。
…どちらかというと、弟の方に類似している気がする。
そんな彼だが、何故か左手に薙刀を持っている。そして足元には、網の中に入ったホーンラビット…。
何なんだろう、この状況?
「これが気になるかね? 私は偃月刀が大好きでね、これは自慢のコレクションの一つだ。
どのくらい偃月刀が好きかというとだね。この塔の名前を、半月の塔から偃月の塔に改名させてしまうくらい好きなんだ」
「ナンデヤネン」
…代弁ありがとう、兎。だが、俺のアイデンティティにかかわってくるので、ツッコミは俺にやらせてほしい。
「そしてこのホーンラビットは、私が飼っているレッスィーちゃんの今日のおやつだ」
「ナンデヤネン!?」
何を飼ってるんだろう、この人…。
そしてこの兎、実は人の言葉を理解しているんじゃないだろうか?
俺達はマリオさんに案内されてホールの奥へと進む。
そこの天井には、緑色の円筒形の物体が口を開けていた。その真下まで行くと、急に床がせり上がり、俺達は筒の中に吸い込まれていく。
俺が知っているものとはだいぶ違うが、エレベーターということで良いだろうか?
エレベーターはあっという間に最上階まで到達し、マリオさんが彼の執務室まで案内してくれた。
執務室の中に入ると、そこには壁一面の薙刀。兎の所為でタイミングを逃してしまったので今言わせてもらうが、彼が持っているのもここにあるのも偃月刀ではなく薙刀だ。
この賢者、仕事場を私物化しすぎだろ…。
マリオさんが手に持っていた薙刀を壁の空いていたスペースに掛け、ホーンラビットの入った網を床に置く。
そして、俺達はマリオさんに促されて、一つのテーブルを囲んだソファーにそれぞれ腰を掛けた。
「さて、この街で問題になっていた空き巣事件を解決してくれたそうだね。感謝する」
「それほどでもないさ! 勇者の模倣犯は放っておけないしな!」
何度も言うが、あれは勇者の模倣犯ではない。
「それにしても、随分と情報が早いんですね…。事件解決って、ついさっきのことなのに」
とりあえず、随分といいタイミングで招待されたことをマリオさんに尋ねてみたら答えてくれた。
「私の情報網にかかれば、この程度大したことではないよ。
私は、偃月の塔の賢者、警察庁長官、そしてこの世界の通信独占企業であるマリオネットワーク(株)オーナーの三つの顔を持っているのでね」
偃月の塔よりも、もっと他にこの男にふさわしい塔があった気がする…。
「何より、この世界の通信独占企業を押さえている為、通信ネットワークは覗き放題だ…」
「ナンデヤネン」
そこの兎、俺の役割を奪うのはやめてくれ。
「まあ、空き巣事件解決のお礼というのは建前だよ。久しぶりに弟子の顔を見たくなったのでね。何せ、カイが勇者認定を受ける為に王都に旅立ってから、もう半月以上も経っているのだから…」
しみじみと語るマリオさんだが、正直言ってそれほど大した日数でもない気がするのだが?
「師匠は心配性だなぁ」
「亡くなった君のお父さんに頼まれたからね…」
「親父に…」
カイの父親は亡くなっているらしい…。
そういえば、この二人はどういった関係なんだろうか?
「二人は昔からの知り合いなんですか?」
「俺と師匠か? 俺が覚えているのは一ヶ月、いや二ヶ月くらい前に会った時からだな。俺が子供の時にも会ったことがあるらしいんだけど、全然覚えてない!」
「君はまだ小さかったからね…」
感慨深げにマリオさんが語りだす。
「私はカイの父親と古い友人でね、たまに会っていたのさ。彼は実に立派な人だったよ。常に人々の先頭に立って事を成す…そんな彼の背中は、彼についていく人々にとっては心の支えだった…。
そして、厳しい人でもあった。彼の名は、ワシノ・コノセと言ってね。彼はカイや自分についてくる者達に常々こう言っていた。『儂のこの背を見て学べ、儂のこの背に付いてこい』、と…」
「ナンデヤネン」
黙れ兎。
「親父は、俺の目標だった。俺は親父の背中だけを見て育ったんだ。でも…、俺が親父を超える前に…親父は死んじまった…」
カイが、どこか寂しそうな表情を浮かべている。
「…だから、俺は親父の顔を知らないんだ…」
「ナンデヤネン」
よくわかった。この兎は、俺の敵だ!
「…ヒイロ様? 先ほどから、何故ホーンラビットを睨んでいるのですか?」
「気にしないで、ハル。世の中には、負けられない戦いというものがあるんだ…」
「そう…ですか…??」
ハルを困惑させるのは本意ではないが、これは俺とあいつとの戦いなんだ。
俺のアイデンティティを守る為にも、絶対に負けるわけにはいかない!
「彼も、常に他人に背を向けていたりしなければ、敵に背後から刺されるなんてこともなかっただろうに…」
「「ナンデヤネン」」
兎と俺のツッコミが重なった。
この兎、本当に絶妙なタイミングでツッコミを入れてくる。
ふと兎の方を見ると、兎も俺のことを見ていた。
『お前、凄いな…』『フッ、お前こそ…』、そんな風に心が通じ合った……気がした。
俺は、あいつのツッコミの才能に嫉妬していたのかもしれない。
「その後も、私はずっとカイのことを気にかけていたんだ。そして、二ヶ月ほど前、カイが世界を渡り歩いているところで出会った。一目見て、すぐにカイだとわかったよ」
「あそこで師匠に会えなかったら、俺はやばかったかもしれないな…。
あれは俺がガリウム大公国にいた時だったんだけど、いきなり、俺がいた街がハイドラゴンに襲撃されたんだ…。師匠に力を貸してもらってなんとか退けたけどな!」
そういえば、メンバー紹介の時にハイドラゴンを退けた実績があるとか言われてたな。
「私は何もしていないよ。アレは君の力だ、カイ。だからこそ、私は君を勇者に推薦したんだ…。もっとも、私はただ『まず、カイより始めよ』と進言しただけだがね」
「使い方がおかしい!」
「そうそう、勇者と言えば君達がこの街へ来たのは、この街を襲う魔物の調査だったね…」
無視か!? 俺のツッコミは無視なのか!?
そんな俺の横で、カイは首を捻っている。
「……? …! そうかもしれない!」
おい! 目的を忘れるな、ポンコツ勇者。
そんなカイのことは放置し、ハルが尋ねる。
「マリオ様は、何かご存じなのですか?」
「ふむ…。君達は、『秘密結社O2』を知っているかな?」
「はい、知っています。『ガラス張りの開かれた組織』を理念として掲げている、有名な自称秘密結社ですから。『O2』という名称もOpenOrganizasionに由来しているとか」
「俺も知ってるぜ! 最近よく新規構成員募集中の広告を見かけるよな!」
秘密結社って何だっけ…?
「最近、その『O2』が活動を活発化させているようなんだ…」
「そうなんですか?」
「ああ、確かな情報だ。彼らの公式ホームページ上の活動報告、その更新頻度が増えていることを、私の情報網が掴んだ」
それ、あんたの情報網は特に関係ないよな?
「私は、今回の件にも『O2』が関わっているのだと考えている。何故なら、彼らの活動報告に、『ローリエの街の西の森で作戦行動中』と書いてあったからだ」
大概にしろ!
ところで、途中からホーンラビットが鳴かなくなったが、奴は網の中ですやすやと寝ていた。
こいつ、散々人の心を掻き乱しておきながら、和解(?)したとたん気持ちよさそうに寝やがって。自由か!
ふと隣に目をやると、ミーアもくるっと丸まってスヤスヤと寝ていた。いわゆる、アンモニャイトっていうやつだ。
ミーアは、いつでも俺のささくれ立った心を癒してくれる…。この猫、天使かな?
その時、カイのスマホに一通のメールが届いた。
どうやらウォルフさんからのメールだったらしい。それは、今どこにいるかを尋ねるものだった。
そういえば、俺達はイベントの途中で抜け出してきていた。早く戻らないとまずそうだ。
マリオさんに挨拶をして席を立つ。
俺が寝ているミーアを抱き上げてその場を離れようとした時、マリオさんが声を掛けてきた。
「ヒイロ君、君に話しておきたいことがある…」
「…? 何ですか?」
マリオさんは、他の二人が部屋の扉に向かうのを横目で確認しながら小さな声で言った。
「特殊諜報局の動向には注意をしておいた方が良い」
「え? …どういうことですか?」
「ここ最近、特殊諜報局の内部に妙な動きがある。とはいえ、私の情報網をもってしても、あそこのガードは固くてね…何をしようとしているのかは掴めていない。ただ、注意だけはしておいた方が良い」
「…どうして俺にそんなことを?」
「君は召喚されたばかりで彼らの息はかかっていないだろうし、カイからの信頼も厚そうなのでね。カイにも散々言い含めてはいるが、あんな性格なものだから…。できれば、カイの力になってやってほしいんだ」
「……心に留めておきます」
あのポンコツ勇者の信頼を得るような何かをした覚えはないが、忠告はありがたく受け取っておくとしよう。
その時、扉の前まで歩いていたハルに声を掛けられた。
「ヒイロ様…? そろそろ参りましょう」
「え、あ…、うん。…それでは失礼します」
マリオさんに改めて挨拶をして扉へと向かう。
「何を話されていたのですか?」
「え? 大した話じゃないよ、カイのことをよろしくってさ…」
「…そうですか」
ハルは少しだけマリオさんに視線を移すと、すぐに視線を戻し部屋を出ていった。
そして、俺達はそのまま偃月の塔を後にした。
ヒイロ君は稀に壊れる。
まさかのヒイロ君のツッコミ放棄…。この子までボケてしまうと、割と収拾がつかない…。