078 キンキ ノ トビラ
ビスマス帝国、帝都ロマネスコ。
その郊外にある要塞で秘密裏にとある儀式が行われていた。
「宰相閣下、準備が整いました」
「そうか。では、始めろ」
「はい」
足元に寝そべる大きな犬と共に宰相ネロが見守る中、一人の男が床に置かれた大きな黒い盤を操作する。
すると、黒い盤の上面が眩い光を放ち始めた。
その光が収まると、そこにあったのは禍々しい装丁の一冊の本。
「これは……」
ネロがその本へと歩み寄る。
「フッ…フフフッ、ハハハッ…。アカシックレコードには過度な期待などしていなかったのだがな…。だが、どうやら天は我々に味方しているようだ。まさかここで、こんなものが手に入るとは…」
そして、それを手に取ると邪悪な笑みを浮かべた。
「禁忌の魔導書…。これがあれば、我々の勝利はより確実なものとなる…。フフフ、ハハハハハ」
そんな儀式の様子を覗き見ている者がいた。儀式場の柱の陰から様子を窺っていたのは、水のヴェールに覆われて周囲の景色と同化したハート。
八カ国同盟の協定を破っての儀式の単独実施。そこまでは想定内…。ですが、さすがにこれは想定外の事態ですわね…。
苦々し気に思考を巡らせながら、彼女は報告の為にその場を離れた。
***
その日、俺達勇者パーティは朝早くから首相の執務室に招集されていた。
呼び出した張本人であるアレックスさんが深刻そうな表情で話を始める。
「今日皆さんをお呼びしたのは、皆さんに手伝って頂きたいことがあるからです」
「どうしたんだ、改まって?」
カイが尋ねると、アレックスさんは相変わらず深刻そうな表情を崩さず答える。
「昨日の昼過ぎ頃から、断続的に大きな地震が発生したのは覚えていますね?」
「ああ、結構大きな揺れだったからな。もしかして、何か被害が出ているのか? 救助活動だったら俺に任せておけ。勇者だからな!」
「あ、いえ。ここ王都ヘレニウムには世界蛇の加護がありますからね。人的被害は出ていません」
「…ん? 世界蛇の加護…?」
気になる単語が出てきたのでつい呟くと、アレックスさんが説明してくれる。
「そうですね、ヒイロさんは御存じありませんでしたね。簡単に説明すると、この辺りの土地には昔から世界蛇信仰が根付いていまして…。ここヘレニウムはその世界蛇が眠るとされる聖地の上に建設された街なのです。そんなわけで世界蛇の加護を受けたこの地では、頻繁に地震に襲われるにもかかわらず、有史以来一度も地震による人的被害が出たことがありません」
………。
そもそも、頻発する地震の原因こそが、他でもない世界蛇の過誤によるものなのではないだろうか?
昨日の騒動を思い出しながら足元のミーアと共に遠い目をしていると、カイが口を開く。
「だったら、被害は何もなかったのか? まあ、確かに、王宮にも、王宮から見える範囲にも、それらしい被害が出ているようには見えなかったしな」
そういえば、昨日俺がここまで帰ってくる時も、地震があったことなんて全く意識させないほどの落ち着きぶりだったしね。
「ええ、王都の建築物には厳しい耐震基準が設けられていますからね。ですが、実は王都にもそんな法規制が及んでいない地区がありまして…」
「そこで被害が発生しているってことか?」
「はい。そこは勝手に住み着いた住人達によって不法占拠され、無法地帯と化しているのです。私も首相就任直後に問題の解決を図ろうとしたのですが、思いの外、住民の抵抗が激しく断念した経緯があります」
どんな街にも裏の側面がある…。どうやら王都にもあるらしい、スラム街が…。
「しかし、今回の地震によって廃墟と化していた建築物群の倒壊が確認されましてね、これ以上放置することはできないと判断しました」
アレックスさんは、そうして俺達を見据える。
「そこで、勇者様方にスライム街の浄化作戦に協力していただきたいのです」
「どんな街だよ!」
そんなツッコミはもちろんスルーで、カイが何やら難色を示す。
「浄化作戦とは穏やかじゃないな…。勝手に住み着いたって言っても、そいつらは現に今そこで生活を営んでいるんだよな? そいつらをどうするつもりなんだ?」
「もちろん、退去していただくことになります」
「従わなかったら…?」
「実力を以て排除することになるでしょう」
迷いのない表情できっぱりと言い切ったアレックスさんを前にして、カイがその覚悟のほどを推し量る。
「アレックス…、お前…本気なのか…?」
「ええ、本気です」
「いや、名前からして”住人”ってスライムですよね?」
要するに街を占拠するスライムの討伐任務でしょ? 妙な緊迫感出すのやめてくんない?
そして、当然のように俺の発言がスルーされる中、アレックスさんが続ける。
「本当は私自らが陣頭指揮を執りたかったのですが、実は昨日、王都郊外にある発電所に対して地震の混乱に便乗したと思われるテロ攻撃が発生していまして。そのテロへの対応、そして発電所が停止したことに伴う電力需給の逼迫への対応もしなければならない状況なのです」
「テロだって?」
「はい。詳細は調査中ですが、報告ではテロリストに乗っ取られたとみられる2tトラックが空から発電所に突っ込んできという話です」
何やら思い当たる節が…。
「そんなわけで、スライム街の対応は勇者様方にお任せしたいのです」
「……わかった。だが、俺も勇者だ。何をするべきかは俺が自分の目で見て判断する。それでいいな?」
「ええ、かまいません」
……。
はい。というわけで、やってきましたスライム街。
まだ原型を留めている廃墟ビルも多々あるが、完全に倒壊して瓦礫の山と化したビルも垣間見える。
そんな様子を眺めながら討伐対象のスライムの姿を探していると、同じように周りを見回していたカイが呟いた。
「人っ子一人居ないじゃないか…。ここの住人達はどこに行ったんだ?」
初めから本当の意味での住”人”は存在しないと思う。
そんなことを考えていると、カイが何かを見つけた。
「あっ、あんなところにスライムがいるぞ」
カイの視線の先へと目を向けると、透き通った白色の物体が瓦礫の隙間でプルプルと震えているのが見えた。
「あれがアレックスさんが言っていた”住人”だよ。そして、ここを占拠している張本人であり今回の討伐対象だ」
「え?」
カイが不思議そうな顔をしていると、ハルが口を開く。
「確かに、間違いありませんね。あれがこの街を占拠しているスライムです」
「よし。それじゃあ、まずはあいつから倒していこうか。ハル、何か弱点とかないの?」
そう尋ねると、ハルは少し考えてから答える。
「……実は、あのスライムは体内に核を持っていまして…」
「なるほど、その核を潰してやれば倒せるってことだね」
ちょっと食い気味にそんな発言をしていると、瓦礫の隙間からスライムが出てきた。
……。
……?
ふぅ…。俺、疲れてるのかな…?
目を擦って、もう一度スライムへと視線を向けてみる。
…あ、見間違いじゃなかった。
「ねぇ…、あのスライム、核が放射能のハザードシンボルの形してるんだけど…?」
「はい、ですから、核を持っていますので」
「……え? 核ってそっち? …え? 今、弱点を説明する流れだったよね?」
「いえ、少し考えてみたのですが、このアトミックスライムには弱点らしいものが思い当たらなかったもので、とりあえずはどういった生物なのかをご説明しようかと…」
うん。まあ確かに、最後まで聞かなかった俺も悪いけど…。
改めてスライムに目を向けてみても、そこに見えるハザードシンボルは変わらない。
よし。ここは少し冷静になる為にも、おとなしく説明を聞いてみることにしようか。
「えっと…。それじゃあ、まず何をどうしたらスライムが体内に核を持つに至るのかから聞こうかな…?」
「そうですね…。アトミックスライムが生まれたのは古代科学文明末期だといわれています。当時は原子力エネルギーが盛んに利用されていたようなのですが、一つ、重大な問題を置き去りにしたまま見切り発車での利用だったそうなのです」
「重大な問題…?」
「はい。それが最終処分問題です。放射性廃棄物の最終処分についての結論が出ていない中で原子力エネルギーの利用を推し進めた…。その結果、積み上がる放射性廃棄物の処分に困り果てた当時の人々が禁断の処分方法を思い付いてしまったのです…」
「禁断の処分方法…?」
「そうです、それが『そうだ、何でも食べるスライムに食べさせれば処分できるのでは?』というものでした。そして、それを実践してみた結果………」
ハルはそう言いながら、目の前のスライムを手で指し示してみせる。
「こうなりました」
「よし、まずはその無計画で無責任な奴等の最終処分方法について検討してみようか」
人の業の深さよ…。
「それなのですが…、禁忌に手を染めたその人間達は、自らの手で生み出してしまったアトミックスライムによって古代科学文明ごと既に葬り去られています」
「文明一つ滅ぼしとるがな!」
そんな驚愕の声を上げた瞬間、目の前のスライムが何やらしょぼくれた(気がした)。
「僕、悪いスライムだよ…」
「お前は何も悪くない! 悪いのはお前をそんな体にした人間達だ!」
………。
「って、喋った!?」
「ヒイロ様、何か問題でも?」
「いや、スライム。喋ったよ!?」
「スライムですから」
「何の説明にもなってない!」
すると、ハルは少し何かを考える。
「……それが、この世界のスライムの仕様です」
困ると直ぐに仕様って言う…。
そんなことを考えつつも、ふと冷静になって改めてスライムに視線を向ける。すると、激しく自己主張をしてくるハザードシンボルが視界に入り急な不安感に襲われた。
「……というか、もう今更なんだけどさ、俺達こんなに近付いて大丈夫なの? 放射線とか…」
「それならば問題ありません。アトミックスライムは核融合を完全に制御する術を身に付けているそうですから」
「こいつ、核分裂どころか核融合してんの…?」
驚愕を隠せずにいると、ハルは感慨深げにスライムを見つめる。
「人類が為し得ていないことを平然とやってのける…。大自然の驚異をまざまざと見せつけられる思いですね。ですが、自然界には巨大な核融合炉が、それこそ恒星の数ほどあるのですから、何も不思議なことはありませんよね?」
そんなハルの発言に対してスライムがドヤ顔を浮かべた(気がする)。
「うん…、そうだね……」
その瞬間、俺の頭の中で理解さんが匙を投げた…。
「ちなみに、古代科学文明を焼き尽くして崩壊させた事件、通称『終末の日陽火』を引き起こしたアトミックスライムは、現在では八大災厄の一つに数えられています」
「何その『週明けの月曜日』並みの絶望感…」
※個人の感想です。感じ方には個人差があります。
今、俺達がまざまざと見せつけられているのは、実は大自然の脅威なのではないだろうか?
そんな中、自らより一回りほど小さいスライムを前にしたミーアが前足でちょいちょいとちょっかいをかけ始める。
「あっ、やめてください…。放射線が漏れちゃう…」
こら、ミーア、やめなさい。世界が滅ぶ。
慌ててミーアを抱え上げながらも、俺はハルに問い掛ける。
「それで、俺達はこの喋るスライムをどうすればいいんだっけ…?」
すると、ハルが答えるよりも早くカイが好戦的な笑みを浮かべた。
「そんなの決まってるだろ、ヒイロ。当初の目的通り…」
やめろポンコツ勇者。危険生物にケンカを売るんじゃない。
「話し合うんだよ!」
「予想外の意見!」
いつもは強硬に戦うことを主張する戦闘狂の癖に、急に穏健派みたいなことを言い始めるんじゃない。
そんなツッコミを入れた俺に、カイは悲しげな、それでいて憐れむような表情を向けてくる。
「ヒイロ。さっきから聞いていれば、殊更にスライムの討伐を主張しやがって…。そんなにスライムが憎いのか? やっぱり、剝ぎ取れる皮がない生物なんて絶滅させなければ気が済まないってことなのか…?」
「違ぇよ」
「でもな、ヒイロ。魔王と違って、このスライムとは言葉が交わせるんだ」
「魔王とも交わせるよ?」
少なくとも、今まで話を聞いてきた限りでは今代の魔王は割と話が通じそうだよ?
「話の通じない魔王は討伐する以外に方法がないとしても、言葉が交わせる相手とはまず話し合いから始めるべきじゃないのか?」
「何度も言葉を交わしているはずなのに、一向にお前との間に話が通じないのは何故なんだろうな?」
「こいつだって、同じ王都に暮らす仲間なんだ」
ほんとに話が通じないな、こいつ…。
俺の発言に全く耳を貸さないカイは諭すような表情で語り掛けてくる。
「ほら、よく言うだろ。『汝、人参を愛せ』って」
「俺は、お前を愛せそうにない」
カイの後ろには、人参を持ってドヤ顔を浮かべているウォルフさんの姿。そんな彼のインナーには『コラボ第二弾 実施中』の文字。
時々、唐突にコラボしてくるのやめてくんない?
ミーアと共に少し呆れ気味にその様子を眺めていると、ハルが周囲を見回しながら呟く。
「確かに、話し合いで解決できるのであればそうするべきでしょうね」
「いや、別に話し合いを否定したいわけではないんだけどね…」
カイのペースに乗せられてしまっていた自分を反省していると、ハルから衝撃の一言が発せられる。
「囲まれてしまいましたし…」
「…え?」
周囲を見回してみると、廃墟の中やがれきの上に大小さまざまなスライムが姿を現していた。
「何てことだ…。折角、分かり合えると思ったのに…。ヒイロが強硬に戦うことを主張した所為でこんなことに…。結局、戦うしかないのか…?」
おいこら、俺の所為にするんじゃない。
そんなことを言いながら邪剣に手を掛けるカイの表情が心なしか綻んでいる気がするのは気のせいだと思うことにしよう。
その時、急にバルザックが前へと躍り出た。
「カイ、お前ばかりおいしいところを持っていくのはやめてもらおうか。こいつらは俺が片付ける!」
そんな叫びを上げながら右手を空高く掲げると、上空に斧をぶら下げた鷺が姿を現す。
そして、流れ作業かの如くいつも通りのやり取りを済ませると、『8』と刻まれた斧を引き渡した鷺は飛び去っていった。
……あれ? 連番が進まなくなった? 以前大量投下した斧の扱いってどうなってんの?
ふと、そんな割とどうでもいいことに気を取られていると、バルザックはその場で斧を振り回しながらポーズを決める。
「俺の新しい武器、インフィニティアックスの力、その目に焼き付けろ!」
その瞬間、俺の頭の中で理解さんが何かに気が付いた。
あっ…。これ、『8』じゃない。『∞』だ。
気付いてみれば確かにいつもと刻印の向きが違う。どうやら、連番を刻むのが面倒臭くなったようだ。
俺が妙な納得をしていると、バルザックに敵意を向けられたスライム達が一斉に臨戦態勢に入る。それにつられて勇者パーティも臨戦態勢をとった。
一触即発の雰囲気が漂う中、バルザックが手近にいた人間大の透き通った青白色のスライムへと斬りかかる。
それに応戦してそのスライムがバルザックへと覆い被さるようにして襲い掛かった。
「危ない、バルザック!」
そんな叫びと共にオーギュストさんがいくつかの光球を生み出した。
ちなみに、霊ギュストさんは行方不明の為、これをやっているのは本体の方である。何気に本体の方が魔法を使っているのを見るのって初めてなのではないだろうか?
それはともかく、オーギュストさんがいつも通りそれを撃ち放とうとしたその時、一番最初に現れた白色のスライムが声を上げた。
「やめるんだ弟よ」
その発言に青白色のスライムの動きが止まる。
「どうして止めるんだ、兄さん!」
スライムに兄弟とかあるんだ…?
そんな率直な感想を抱いていると、白色のスライムが触手で俺を指し示した。
「この人達は悪い人達じゃない。この人は『終末の日陽火』を引き起こしてしまった僕達のことを『悪くない』って言ってくれたんだ…。僕達アトミックスライムのよき理解者だよ」
違う。ついツッコんでしまっただけだ。
そんな言葉が喉まで出かけるが、余計なことを言えばこじれるだけなので俺は押し黙ることに決めた。
何にしても、その発言を受けて他のスライム達が警戒を解いていく。それを見て勇者パーティー側も警戒を解いた。
ちなみに、バルザックは青白色スライムが襲い掛かってきた時に、それを避ける為に後ろに下がろうとして躓き、後頭部を強打して意識不明だ。その際、バルザックが躓いて手放した斧が宙を舞い青白色スライムに取り込まれたのだが、それがまるで蒸発でもするかのように瞬間的に消え去ったのを俺とミーアは目撃してしまった…。
さっきまであんなのにちょっかいを掛けていたという事実に、ミーアが愕然としながら震えている。
そして、標的である斧(?)を失ってしまったオーギュストさんが、やり場をなくした光球をどうしようかと困っている。
そんな中、白色スライムが俺の近くへと寄ってきた。
「僕達アトミックスライムを理解してくれたあなたとならば、きっと建設的な話し合いができる。今から、あなた達を長老の元へ案内します」
そんなことを言いながら白色のスライムは俺達を案内してくれた。案内の道中、自己紹介をしてくれたのだが、どうやら猫より一回りほど小さい白色の兄の方がB、人間大の青白色の弟の方がAという名前らしい。
……それって名前なの? というか、兄の方がBなんだ?
さて、何はともあれ、そうして案内された先は廃墟の入り口。すると、廃墟の奥に向かってスライムBが声を掛ける。
「長老、お話があります」
すると、廃墟の中から落ち着いた雰囲気の声が返ってきた。
「…おや? その声はシリウス兄弟の兄の方か…」
…シリウス兄弟?
スライム兄弟の名前に少し引っかかりを覚えるものの、そんな些細な疑問など直ぐに吹き飛んだ。
なぜなら廃墟の中から大きなオウルベアが勢いよく這い出してきたからだ。興奮したような荒い息遣いで這い出してきたオウルベアの顔が俺の眼前に迫る。
あ、額に黒子…。
あまりにも突然の出来事に、俺は逃げることも忘れてそんな現実逃避に走ることしかできなかった…。
「あ、長老。お食事中でしたか」
むしろ、俺がお食事にされそうだよ?涎をだらだらと垂れ流して食う気満々じゃないか。というか、そもそもスライム達の長老、これなの?え、マジで?オウルベアなんだけど。いや、別にオウルベアがダメってわけじゃないんだよ。でもさ、スライム街のスライム達の長老って聞いたらスライムが出てくると思うよね?こんな視点も定まっていないような狂気に満ち満ちたオウルベアが出てくるなんて思わないじゃん。ねぇ、さっき廃墟の中から返ってきた落ち着いた雰囲気の声は何だったんだよ。正直言って、こんなのとまともに話し合える気がしないんですけど?
この間、実に0.1秒…。
そんな現実逃避継続中の俺の目の前で、突如として異変が起きる。
額の黒子の部分の周囲が歪むと、オウルベアがまるで吸い込まれるようにして飲み込まれたのだ。
そして、最後に残った豆粒大の黒子部分が地面へと落下した。
すると、さっき廃墟の中から聞こえてきた落ち着いた雰囲気の声が聞こえてくる。
「いったい何の用かの?」
その声は、豆粒大の黒い物体から発せられていた。
「長老、人間達の使者が僕達と話をしたいそうです」
「え? 長老?」
思わず呟いた俺に向かって、シリウスBが紹介を始める。
「はい。こちらが僕達の長老です」
そして、困惑する俺に近付くと声を潜めながら続ける。
「今でこそこんな小さな形をしていますが、かつては巨大な赤いスライムで、あの『終末の日陽火』では主導的な役割を果たすとともに世界の大半をたった一体で焼き尽くしたんですよ。今では世界を焼き尽くすほどの力は失ってしまっていますが、それでも光すらも飲み込んでしまえそうなほどの吸収力を秘めているんです」
ブラックホール化しとるがな…。
遠い目をしながらそんなことを考えていると、黒い豆粒…もとい、長老が声を掛けてくる。
「どうも、儂はここのスライム達を取り纏めておるコラプサーと申す者ですじゃ。それで、儂等と話をしたいとのことですが、いったいどういったお話ですかな?」
すると、カイが躍り出る。
「それは俺から説明しよう。話せば長くなるんだが、お前達にここから立ち退いてもらいたいんだ!」
さらに説明が続くのかと思いきや、カイはやり切ったとでも言いたげな満足そうな顔をしている。
「短っ!」
どうして一番交渉事に向いていない奴がしゃしゃり出ちゃったかな?
つい条件反射でツッコんでしまった俺のことは置いておくとして、そんなカイによる短いうえに最悪な発言に周囲のスライム達が騒めき始める。
「ほら見ろ兄さん、やっぱり人間は信用できない」
「…それでも、今のスライム界を覆う閉塞感を打破する為には、人間達との共生を考えなければならないと思うんだ…」
「兄さんは、いつからそんな腑抜けたことを言うようになっちまったんだ。人間達が俺達にしてきたことを忘れたのか? 『終末の日陽火』の後、生き残った人間達を根絶やしにしようとしていた頃の兄さんはどこに行ってしまったんだ!」
「弟よ…。僕は、もうそこまでの情熱は持てないんだ…。もう、燃え尽きてしまったんだよ…」
………。
そういえば、恒星って実は燃えていないというのは知っているだろうか?
光と熱を発している為、燃えていると思われがちだが、実は恒星は燃焼しているわけではない。そう、あそこで起きているのは燃焼ではなく核融合反応なのである。
ただし、これはあくまでも化学的な話であり、文学的には燃えていると表現しても間違いではないんだろう。
だからきっと、核融合反応が止まってしまった白色矮星のことを燃え尽きた星だと言っても間違いではないんだろう…。
遠い目をしてそんなことを考えていると、ミーアが俺を見上げながらニャーニャー鳴き始めた。まるで、『ねぇ、現実逃避してニャい?』とでも問い掛けているかのようだ。
……してニャいよ。
「皆、落ち着きなさい」
長老は周囲を落ち着かせると静かに語り始める。
「シリウス兄の言う通りじゃ…。今、儂等は数々の問題を抱えておる。核家族化に住宅問題…、人口爆発に食糧問題…。儂等は、もうこの狭いスライム街だけでは収まりきらなくなっておる…」
「だからこそ、今こそ人間達をこの手で…」
「いや。シリウス弟よ…。己の敵を力で排除するような時代は終わったのじゃ…。これからは、別の方法で…、そう、エンタメの力で人間達に対して優位に立つのじゃ」
あれ? なんか流れが変わった?
「そのために、儂は密かにアイドル足りえるスライムを育成しておった」
そう言うと、触手を伸ばして背後の廃墟ビルの方を指し示す。そこには二階ほどの高さに匹敵する大きさの真っ赤なスライムが二体、廃墟の左右からこちらを覗いていた。
「見よ。あいつらは、アンタレスとベテルギウス。儂が手塩にかけて育てたアイドルユニット、『スーパーノヴァ』のメンバーじゃ。儂は、あいつらがスライム界の超新星になると期待しておる」
そのスライム達は、今にもパンクしそうなほどパンパンに膨れ上がっている。
「どうじゃ、大ヒットしそうじゃろ?」
「ええ、超新星爆発しそうですね…」
俺にはもう、ミーアと共に遠い目をしながらそんなことを呟くことしかできなかった…。
その時だ、周囲にキンキンと金属を叩くような音が響き渡る。それと同時に、スライム達が狼狽えはじめた。
「あいつが…、あいつが、来る…」
「そんな…。いったいどうすれば…」
「狼狽えるでない。あいつは、『終末の日陽火』で儂が放ったハイパーノヴァにすら耐えた実績もある核シェルターの中に閉じ込めた。簡単に出てくることなどできん」
スライムの間に広がる不穏な空気。それを象徴するかのようにさっきまで晴れていたのに急に暗雲が垂れ込める。
そんな中、金属を叩くような音は次第にドカンドカンと何かがぶつかるような大きな音へと変わっていき、その音が響くたびに大地が揺れ動く。
「さっきから、いったい何なんだ?」
カイがその音の発生源を探りながら周囲を歩き始めると、何やら瓦礫に半分埋もれかけた重厚な扉を見つけ、その前で立ち止まった。
「音の発生源はここか? ん? ……核……シェ…ルター…?」
扉に書いてある掠れた文字を読み上げながら、カイが重厚な扉についているハンドルに手を掛ける。
おいこら、今の話の流れでお前はいったい何をしようとしている?
勇者の信じられない行動に唖然としていると、長老が慌てた様子で叫びを上げた。
「やめるんじゃ、その扉を開けてはいかん!」
「え?」
そんなとぼけた声を上げつつ、カイはハンドルを回して扉を開いた。
何してくれとんのや、このポンコツ勇者。
その瞬間、中から爆発のような猛烈な風と共に何かが飛び出してきた。
飛び出してきたそれはその勢いのまま対面の廃墟を打ち砕く。
周囲に漂っていた土煙が晴れると、瓦礫の山の上に立っていたのは筋骨隆々で隻眼の男。
「ワイが本気で殴っても壊れへんとか、どないなっとんのや、あの部屋。でも、まあええわ。ようやっと出られたことやし、もう遅れは取らんへんで。ほな、勝負の続きといこか!」
……。
どうしよう、なんか出てきた…。
コラプサー 「どうじゃ、大ヒットしそうじゃろ?」
同刻、王都商業地区、推すMAN商会本社。
李婦人 「!! 強敵誕生の予感…」
===
Q どうしてカイはあんな厳重そうな扉をいとも簡単に開くことができたんですか?
A 勇者だからです。
ヒイロ 「理由になってねぇ!」
白狐 「勇者たるもの解錠の為の何らかの手段を持っていないと仕事にならないでしょ」
ヒイロ 「勇者の仕事は鍵を開けることじゃねぇよ」
===
白狐 「コスプレミーア、アレックス」
===
白狐 「レニウム王国の国旗」
ヒイロ 「……蛇…?」
白狐 「そう、アレックスも言っていましたが、この国、特に王都周辺では世界蛇信仰が根付いていまして。国旗にも採用されています」
ヒイロ 「アルジーヌさんと柄が違う…?」
白狐 「国旗に描かれているのは、あくまでも信仰の対象として語り継がれてきた世界蛇ですから。長い年月を経る間に言い伝えが変節していくのは仕方がないことです」
ヒイロ 「つまり、やっぱりこの地に眠る世界蛇っていうのはアルジーヌさんのことでいいんだな?」
白狐 「!? 誘導尋問!?」
……
白狐 「ちなみに、実はこの国では民主制移行に伴って国旗が変更されていまして、王政時代はあの蛇と惑星の部分には王家の紋章が入っていました」
ヒイロ 「そんな細かい設定どうでもいいよ?」
白狐 「蛇と惑星があまりうまく描けまていませんが、その辺は各自でうまい具合に補完しておいていただけると助かります」
ヒイロ 「いつも割と人任せ…」
白狐 「だって、描けないんだもん…」
===
ヒイロ 「よいこのみんな~! 『ヒイロ脳内劇場 おしえて☆理解さん』はっじまっるよ~!」
ドンドン パフパフ
ヒイロ 「さて、始まりました『ヒイロ脳内劇場 おしえて☆理解さん』。このコーナーでは、この世界の不思議について理解さんがみんなの理解を手助けしてくれるよ。というわけで、記念すべき第一回のテーマは、アトミックスライムだ」
ヒイロ 「それでは理解さん、よろしくお願いしま~す」
理解さん 「はーい。よろしくお願いします」
ヒイロ 「さて、さっそくですが、理解さん。アトミックスライムとはいったいどんな生き物なのか教えてください」
理解さん 「はい。アトミックスライムは古代科学文明の末期にひょんなことから生まれてしまった悲しい生き物です」
ヒイロ 「うん。明らかな不祥事を”ひょんなこと”の一言で片付けないで?」
理解さん 「主に白色、青白色、赤色、黄色などの個体がおり、漆黒のレア個体も存在しているとか。大きさはさまざまで、小さい個体は豆粒ほど、そして歴史上で確認された中で最大の個体は小惑星ほどの大きさもあったのだとか」
ヒイロ「ピンからキリまで! いや、小惑星のサイズってばらつき大きすぎてかえってわからんわ」
理解さん 「そうだね…。もっと具体的に言うと小惑星イトカワくらいの大きさだったらしいよ」
ヒイロ 「やっぱり絶妙にわかりにくい! もっと身近なもので例えてほしい…」
理解さん 「そんなアトミックスライムは、体内で核融合することで生きる為に必要なエネルギーを生み出しているらしいよ」
ヒイロ 「明らかに生きる為に必要なエネルギー量を超えてる気がするけど?」
理解さん 「実はそうなんだ。だから、アトミックスライムは成長に伴ってドンドンと肥大化していく…。そして、最終的には大爆発を引き起こすんだ」
ヒイロ 「星の一生かな?」
理解さん 「そして、その残骸から新たなアトミックスライムが生まれてくる」
ヒイロ 「傍迷惑な分裂方法だな…」
理解さん 「これが基本的なアトミックスライムの一生なんだけれど、最新の研究によって、実は生まれる時にどれだけの質量を取り込むかによってその最期が変わってくるらしいことが明らかになったんだ…」
ヒイロ 「いよいよもって星の一生かな?」
理解さん 「生まれる時にあまり多くの物質を取り込めなかった個体は、実は爆発することなく一生を終える。肥大化はしていくけれど、どこかで燃え尽きてエネルギーを放出しながら次第に縮小していくんだ…。逆に、生まれる時から一定以上の質量を持っていた個体は、爆発した後もコア部分だけで生き続けるそうなんだ。ただし、その姿は豆粒ほどの光すら飲み込むような漆黒の姿だったり…」
ヒイロ 「ブラックホールかな?」
理解さん 「ピンポン玉ほどの中性的で子供のような容姿だったりするらしい」
ヒイロ 「中性子星かな? ………ところで、スライムの中性的で子供のような容姿って何?」
理解さん 「まあ、アトミックスライムの基本的な生態はこんなところかな」
ヒイロ 「あ、答えてくれないんだ」
理解さん 「それじゃあ、ヒイロお兄さん。他にアトミックスライムについて聞きたいことはあるかな?」
ヒイロ 「スライムの中性的で子供のような容…」
理解さん 「他に聞きたいことはあるかな?」
ヒイロ 「………。じゃあ、しれっと核家族化がどうのとか言ってたんだけどさ、スライムに家族という概念があるの?」
理解さん 「核家族…。英語で言うとnuclear family…」
ヒイロ 「何故、英語で言った?」
理解さん 「うん…、そうだね…、スライムの家族という概念についてか…。まあ、基本的に無性生殖ではあるんだけどね…」
ヒイロ 「無視か?」
理解さん 「さっきも言った通り、基本的に爆発した残骸だったり、放出されたエネルギーから新しいスライムが生まれてくるわけなんだけど、その過程で複数のスライムだった残骸が混じりあったりもするんだ。そう、だから新しく生まれてくる個体は意外と複数のスライムの遺伝子を受け継いでいたりするらしいよ」
ヒイロ 「……。うん…、で?」
理解さん 「つまり、そこに家族意識が芽生えてもいいんじゃないかな?」
ヒイロ 「なるほど、わからん。…で、結局のところスライムの核家族化って何なの?」
理解さん 「さて、それじゃあヒイロお兄さん。他に質問は?」
ヒイロ 「………核かぞ…」
理解さん 「他に質問は?」
ヒイロ 「………。それじゃあ、実は一つ気になっていることがあって…」
理解さん 「何かな?」
ヒイロ 「長老のところへ案内されている時にさ、シリウスAより一回りほど小さくて冠を被った黄色のスライムが陽気に踊りながら後ろをついてきてたんだよね。気にしたら負けかな、と思って何も言わなかったんだけどさ、やっぱりどうしても気になっちゃって…」
理解さん 「ああ、なるほどね。彼は皆を明るく照らすムードメーカーであり、皆から息子のように可愛がられている、その名もサン君だよ。口元の黒点がチャームポイントなんだってさ」 (デフォルメ狐が掲げるカンペをチラ見しつつ)
ヒイロ 「口ってどこ!? そして、黒子みたいな言い方しないで!?」
理解さん 「ちなみに、冠のように見えていたのは実は彼等アトミックスライムが発することができるオーラで、その名もコロナ。そして、彼等の間では伸ばした触手のことをプロミネンスと呼んでいるらしいよ」
ヒイロ 「知ったことか!」
理解さん 「おや? そんなことを言っている間にそろそろ時間みたいだね」
ヒイロ 「え? もうそんな時間? というわけで、今回の『ヒイロ脳内劇場 おしえて☆理解さん』はここまで」
理解さん 「皆の理解の手助けになれたかな?」
ヒイロ&理解さん 「「それじゃあ、また次回。ばいば~い」」
チャンチャン
…
……
………
白狐 「………………ヒイロが、新しい芸を身に着けていく…」
ヒイロ 「やらせてんのはお前やろがい!」
……
ヒイロ 「というか、本編で入れられなかったネタを、あとがきで俺に消化させようとするのやめてくんない?」
白狐 「……な、何のことかな~?」 ♪~<(゜ε゜;)>
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おまけ
今日のミーア『愕然としながら震える』