??? マヌルネコ
「料理長がぼやいているのを聞いたんだけれど、最近、よく厨房から食材がなくなっているらしいのよ」
「あら、そうなの?」
「ええ、今日も干し肉とチーズ、煮干しがなくなっていたらしいわ」
廊下で立ち話しているメイドさん達のそんな会話を小耳に挟みつつ、俺はミーアを探しながら部屋から食堂へと向かっていた。そうしてキョロキョロと周りを見回しながら食堂の中に入ると中に居た人物に声を掛けられる。
「おはよう、ヒイロ」
「あ、カイ。おはよう」
そこに居たのはスマホ片手に干し肉を齧っているカイ。彼の目の前の机の上にはカチョカバロが置かれている。
………。
お前か、勇者。……というか、随分と珍しいチーズを盗ってきたな…。
そんな風に呆れ気味に見つめていると、カイが不思議そうに尋ねてくる。
「どうした?」
「え? ああ、いや…何でもない……」
「そっか」
そう言うと、カイはスマホに視線を向けた。カイはなにやら動画を見ているようで、スマホからは時折悲鳴のような音声が流れてくる。
ホラー映画でも見ているのだろうか?
そんなことを考えながらも、ふとミーアを探していたことを思い出してカイに尋ねてみる。
「ああ、そうだ。ミーアを探してるんだけど、見てない?」
「え? ミーア? ……………いや、見てないぜ?」
「そっか…」
「どうしたんだ?」
「朝起きたら一緒に寝ていたはずのミーアが部屋に居なくてさ……。どこ行っちゃったんだろう…?」
そんなことを答えながらもキョロキョロと食堂内を見回しながらミーアの姿を探し求める。
「まあ、ミーアだって自由気ままに散歩したい時だってあるさ」
「うーん……」
「そのうち帰ってくるだろ」
「そうだね…」
ミーアはしっかりしているし、まあ大丈夫かな…。
「……ところでさ、さっきからいったい何を見てるんだ?」
さっきから時折聞こえてくる悲鳴が気になって尋ねてみるとカイが答える。
「ああ、これか? これは『ダーウィンは見た!』のネット配信だ」
「ダーウィン、何を見ちゃったの?」
さっきから聞こえてくるの、いったい何の悲鳴?
「なかなか面白い番組なんだぜ。エルフ達が運営している保管施設に家政婦として潜入している『ダーウィン』を名乗るジャーナリストが、命懸けでその内情を報告してくれるんだ」
「まさかの報道番組!?」
「でも、何故か最近、方向性が少し変わってきてさ。急にフレイヤへの愛と人間保管計画の真価について語り始めるようになったんだ」
「ダーウィン、魅了されとるがな」
そんなツッコミを入れながらもカイのスマホ画面を覗き込むと、そこには鉈を持った毛足の長い猫の着ぐるみ姿の人物が映っていた。
「………え? …この着ぐるみの人が『ダーウィン』を名乗るジャーナリスト…?」
ちょっと引き気味に尋ねると、カイが答える。
「ああ、違う違う。この人は『ダーウィンは見た!』の中のミニコーナー『魔ヌールの夕餉』を担当している『魔ヌール』だ」
「『魔ヌールの夕餉』…?」
「このミニコーナーでは、『ダーウィン』と一緒に保管施設に潜入したマヌルネコの着ぐるみを着た謎の人物『魔ヌール』が、仲良くなった相手を夕餉に誘い、手料理を振る舞って相手が油断したところを捕食していくんだ」
「お前が晩御飯!?」
「血塗れの前掛けがチャームポイントの『魔ヌール』は、捕食後に何食わぬ顔で保管施設に戻って鼻歌交じりで次の獲物を物色するヤバい奴だって評判なんだぜ」
「何そのサイコの猫」
そんなツッコミを入れた俺の後ろには、『マヌルネコの鼻歌』という文字の入ったインナーを着たウォルフさんが、何故か茄子を持って立っている。いつの間に現れた? そして、いちいちツッコまないからな?
すると、そこへハルがやって来た。
「皆様、おはようございます」
「あ、ハル。おはよう」
挨拶を交わしていると、トコトコとミーアが歩いてきた。
「あ、ミーア。探してたんだよ。どこ行ってたんだ」
そう声を掛けながらしゃがんでミーアを抱き上げようとした時、ふと違和感を覚える。
………。
「ミーア…、ちょっと太った…?」
「ニャッ!?」
『レディに向かってニャンてことを言うのさ』とでも言いたげに抗議に満ちた顔でお怒りのミーア様。
だが、明らかに目の前のミーアはモフモフずんぐりとしている。
すると、ハルがミーアを見つめながら一言。
「冬毛になったのではないですか?」
「え? 冬毛?」
「はい。先ほど、気象庁から今夜にも冬将軍が王都近辺を通過する予定だと発表がありましたので、ミーアもそれに備えているのでしょう」
「そんな服を着替えるみたいな感覚で冬毛に変われるもんだっけ?」
「猫にしてみれば、自らの毛皮が服のようなものですから」
「いや、説明になってないよ?」
まあ、でも。モフモフでずんぐりとしたミーアも可愛らしいものがある。
そんな風にミーアを愛でていると、今度はウォルフさんがミーアを見つめながら一言。
「まるで、マヌルネコみたいだね」
「いや、そこまで毛足は長くないが?」
思わずツッコんでいると、カイがハッとした表情を浮かべ、恐る恐るミーアに視線を向ける。
「まさか、その赤いスカーフ……?」
「血塗れなわけじゃないからな?」
「なるほど、マヌルネコを真似る猫ということじゃな?」
おいこら、唐突に現れるんじゃない。
オーギュストさんがドヤ顔を浮かべて何かほざいているが、無視だ。無視。
まあ、とりあえずミーアも見つかったし、お腹もすいたので朝食を摂ろうと席に着く。しかし、直ぐに用意ができるわけでもないのでぼーっと机の上を眺めていたら、カイは俺がカチョカバロを見ているのだと勘違いしたらしくそれを手に取りながら尋ねてきた。
「ん? ヒイロも食うか? チュパカブラ」
「血ぃ吸うたろか?」
ああ、もう…。なんか朝からどっと疲れた…。
疲労を感じつつ、行儀が悪いとは思いながらも机の上に顎を乗せてぐったりとしていると、隣の椅子の上にミーアが跳び乗った。そして、俺と同じように机の上に顎を乗せる。
何この真似っ子ニャンコ。カワイイなぁ(はぁと)。
そんなミーアに癒されつつ、朝食の準備ができたようなので食事を摂る。そして、食べ終わったところでふとミーアに視線を向けると、ミーアがハルに吸われていた。
猫吸い?
しかし、ミーアはそんな気分ではなかったようで、少し迷惑そうにハルを押し返すと離れていく。
少し悲し気な様子のハルから離れたミーアは、そのまま近くの棚の上に置いてある壺の中へスルリと潜り込む。
まさに、猫は液体である。
そんなミーアの行動を微笑ましく見守っていると、食事中ずっと何かを考えているようだったカイが呟いた。
「なるほど、そういうことか……。つまり、体液を吸い尽くして皮だけに……?」
「ずっとそれを考えてたの!?」
「ヒイロ……、お前、そんな方法で生皮を手に入れようだなんて恥ずかしくないのか? 『皮剥』の名が泣くぞ?」
「泣かねぇよ!……って、『皮剥』ちゃうわ!」
ツッコミを間違えた。
すると、カイは急に何かを悟ったように呟き始める。
「すまない…、そうだよな…。この間、偉そうに常識に囚われるななんて言っておいて、俺が常識に囚われていたらいけないよな…」
「何の常識だよ」
「せっかくヒイロが新しい挑戦を始めたんだから、応援しないとな…」
「何でやねん!」
そんな流れるような動作でキレの良いツッコミポーズを決めた俺のことを、壺から顔を覗かせながらミーアが見ていた。
「わかってる、ヒイロ…。もう、何も言うな…。俺は、猫を吸い尽くそうと企むお前の挑戦を応援するぜ」
「液体である猫を吸い尽くしたら、なくなっちゃうだろ!?」
※ヒイロは混乱している。
その瞬間、ミーアが壺から飛び出した。そして、『ニャンでやねん!』とでも言いたげに流れるような動作でキレの良いツッコミポーズを決めた。
ミーアって、やっぱりツッコミ属性だと思う。
すると、そんな様子を微笑まし気に見守っていたウォルフさんが呟く。
「猫も飼い主に似るものなんだね」
「……え?」
その何気ない発言に、ミーアの飼い主が悲し気な声を漏らした…。
***
その日の夜、部屋に戻った俺はパソコンで気象情報を確認していた。
どうやら、気象庁が冬将軍と交渉した結果、王都近辺を通過するコースは避けてくれることになったらしい。とはいえ、今夜は冷え込むことが予想される為、寒さ対策をしてほしいとの発表がされていた。
……。
言いたいことは幾つかあるが、まあ、とりあえず寒さ対策をするとしよう。
その時、部屋のドアがノックされる音が聞こえてきた。
ドアを開けると、そこに立っていたのはハル。どうやら、寒さ対策の毛布を持ってきてくれたようだ。
それを受け取って部屋の中に戻ると、さっきまで俺が座っていたパソコンの前の椅子の上にはミーアの姿。後ろ脚で立ち上がり、机の上のマウスに両前足を乗せてなにやら動かしている。
俺の真似ばっかりしちゃって、カワイイなぁ、もう。
そうしてメロメロになりながらミーアに近付くと、パソコンのモニタに猫のおやつの通販サイト画面が表示されている事に気付く。そして、カートには既に商品が入っており、今まさに購入ボタンがクリックされようとしていた。
………。
「え?」
ミーアに視線を向けると、彼女はそっと視線を逸らす。
「え?」
俺には、慌てて逃げていくミーアの後姿を見送る事しかできなかった…。
「えぇ…?」
そんなミーアも、寝る頃には何食わぬ顔で戻ってきた。そして俺が布団に入るとミーアも一緒に潜り込んでくる。
あっ…。にゃたんぽ、あったかい(はぁと)。
そうして眠りについた俺だったが、明け方、布団の中でごそごそと動き始めたミーアによって起こされる。
野生時代の名残で薄明薄暮性の飼い猫も多い。ミーアもいつも早起きである…。
とはいえ、まだ眠気が勝っており目を開くのも億劫だ。すると、ミーアが布団から出ていく気配を感じた。
それからしばらくすると、なにやらカチャカチャという音が聞こえてきた。
ぼんやりとしながらも目を開けて音のする方を見てみると、ミーアは部屋のドアの前に立っていた。後ろ脚で立ち上がり、前脚をドアノブに掛けている。
人間のやっていることを見て、その真似をしてドアすらも開けてしまう。猫は賢い生き物である…。
………。
ん? どこ行くの、ミーア?
気になって、そっとミーアの後を追いかけてみる。そのままついていくと、厨房の前までやって来た。すると、ミーアは辺りを警戒しながら厨房へと入っていく。
こっそりと中を覗き込んでみると、ゴソゴソと棚を漁っている影が二つ。
その正体は、干し肉を咥えた勇者と、煮干しを咥えた白猫。
………え? 勇者の模倣犯…?
その後、俺は心を鬼にしてミーアをダイエットさせた。