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007 ユウシヤ ヲ カタル

「お困りかい? 勇者様」


 突然後ろから声をかけてきたのは、さっきのイベントで『勇者なりきりセット Ver2』と書かれたカバンを持っていたおじさんだ。


「空き巣の情報になるかはわからんが、最近怪しい奴らが集まっている店なら知ってるよ。よかったら案内しようか?」

「怪しい奴らだって? よし、案内してくれ!」


 おじさんの提案にカイが同意し、おじさんの先導で歩き始める。


「それにしても、勇者様の役に立てるとか感動だよ。オラは昔から勇者に憧れていてな、よく勇者ゴッコで遊んだもんだ」

「そうなのか、おっさん良い奴だな。勇者を好きな奴に悪い奴はいないからな!」


 おじさんは過去形で語っているが、この人は今『勇者なりきりセット』とかいうカバンを持っている。

 今でも、隠れて勇者ゴッコをしているのではないだろうか?


「オラは、七年前の先代勇者様にも会ったことがあってな…」

「そうなのか? 俺の先輩の話か…。詳しく聞かせてくれ、おっさん!」


 カイにそう促され、おじさんが先代勇者について語りだす。


「七年前、あれはオラが家で仕事をしていた時だった。そしたら隣の部屋から物音が聞こえてな…。これはまずいと思って、オラはそーっと隣の部屋の様子を見に行った」

「へぇ、それでそれで?」

「そっと部屋の中を覗いてみると、そこにはタンスを開けて中を物色している金髪の少年がいた。その少年の後ろには、身の丈2mはあろうかという大男と杖を持った少女が一直線に並んでいた。そして、少年が移動すると、後ろに並んだ二人は一定の距離を保ったまま少年が歩いたのと同じ経路をぴったりとついて行った」

「あ、それって…」

「ああ、そうだ。オラはその時にピンときた…、この人は勇者様だと」


 勇者を語るおじさんは止まらない。カイも楽しそうだ。

 だが、なんかいろいろと間違っている。


「オラは、勇者様に会えた感動で思わず泣き出しちまってなぁ…。

おっと、目的の店が見えてきたよ。あそこだ」


 話している間に目的の店の近くまで来ていたらしく、おじさんが話を打ち切って前方を指さした。

 そこにあったのは近代的なビル。その一階部分はガラス張りになっており、そこに看板がかかっていた。

 『街のぼったくりステーション OOZON(おおぞん)

 …とりあえず、この店で買い物してはいけないということは理解した。


「よし、あそこに怪しい奴らが集まっているんだな?」

「ああ、そうだよ」


 カイがおじさんに確認し、外から中の様子を窺う。

 すると、中ではスーツをビシッと決めた数人の男女が、レジ前で店員と談笑していた。

 特に怪しい感じでもない。むしろ仕事ができそうなエリートといった感じだ。

 その時、ガラス扉を開けて三人の男女が店の中に入って行った。

 モヒカンでメタル風な服装に斧を持った男、リーゼントで長ランを着て木刀を持った男、ボディラインを強調するきわどい服を着てマントを羽織り、目元を覆う仮面を着けて鞭を持った女の三人だ。

 とりあえず、全員の傾向を統一してから出直してこい!


「ヒャッハー! 全員動くな!」


 店に入るなり、モヒカンがそう叫んだ。


「あいつら、強盗か?」

「それはまずいな! よし、俺達も中に入るぞ!」

「え…? ちょっと待て、カイ」


 突入していったカイを追って、俺とハルも店の中へと入る。

 次の瞬間、モヒカンが懐から一枚の紙を取り出した。


「ヒャッハー、警察だ! この店の家宅捜索をさせてもらう。これが令状だぁ!」

「ちょっと待て! おかしいだろ、その恰好!」


 俺のツッコミは見事にスルーされる…。

 ついでに、後ろから見て気が付いたんだがリーゼントの長ランの背中には『四六四九』の文字。

 せめてもう少し頑張れよ。


「家宅捜索か…。つまり、押し入って物品を差し押さえるんだな。よし、それは勇者らしい!」

「違うだろ!」


 彼らは令状に基づいて証拠品を押収するだけだ。勝手に押し入っているわけじゃない。

 というか、家宅捜索ってこういうもんだっけ?


「あらぁ、何かしら? あなた達は?」


 こちらに気付いた仮面女が、威圧的な態度で訪ねてきた。


「俺は勇者カイだ! 勇者の模倣犯を追っていて、この店が怪しいという情報をつかんだ!」

「あらぁ、さすがは勇者といったところかしら。確かに、ここは盗賊と繋がりがあるわ」


 こら、勇者の模倣犯で理解するんじゃない!


「うちが盗賊と繋がりがあるだって? いったい何を証拠にそんなことを?」


 話を聞いていた店員が、素知らぬふりでそう言った。


「うちは真っ当な商売ですよ。『コブン‐オヤブン』という名の盗賊フランチャイズシステムを運営しているだけです」

「何だよそれ!」

「…! 君、興味があるのかい? 加入希望者は大歓迎だよ!」


 別に加入する気は一切無い。思わずツッコんでしまっただけだ。

 あと、すでに盗賊と言ってしまったぞ、こいつ。


「『コブン‐オヤブン』は、ここ『街のぼったくりステーション』を本部としたフランチャイズシステムで、親分は子分達に電子錠の解錠システムやコンピュータウイルス、劇場型詐欺のノウハウなどを提供する。その代わり、子分は奪った物の『九(わり)()(りん)(もう)()(こつ)()(せん)(しゃ)(じん)(あい)(びょう)(ばく)』を親分へのロイヤリティとして納める。さらに、かかった経費はすべて子分持ち。そして、『あなたもゾンビに、二十四時間働けますよ』を合言葉に、子分達は目標達成まで寝る間も惜しんで、今日も元気に略奪アゲインだ!」

「ちょっとストップ! なんかいろいろおかしいぞ!?」


 店員が熱弁をふるっているが、これを聞いて加入したいと思う奴がいるのか?

 そして、ロイヤリティ細かく刻みすぎな上に、子分に残る分が無いだろ。


「キャッチコピーは『子分親分いい気分』だ!」

「おい! いい気分なの親分だけじゃねぇか!」


 ドヤ顔して言い切った店員に対してツッコミを入れる。すると、店員が不機嫌そうに言葉を続けた。


「失礼な! きちんと契約に従って運営している。子分も全員契約書に同意してるんだから文句を言われる筋合いはない!」


 百歩譲ってフランチャイズ契約は良いとして、結局のところ盗賊なんだろ?

 いや、盗賊じゃねぇな…。どちらかというと知能犯?


「ああ、わかったわかった…。とりあえず、今のは自白ってことで良いか?」

「…そ、そんなわけないだろ。いやだなあ、お巡りさん…」


 黙って聞いていたリーゼントが頭を掻きながら尋ねると、店員が目を泳がせながら答えた。

 そこへ、カイが前へと躍り出て叫ぶ。


「そんなことはどうでもいい! お前達が勇者の名を騙っていることが問題なんだ! 勇者の名を騙っての悪行三昧! そんなことは、この勇者カイが許さない!」


 いつの間にか、カイの頭の中では勇者の真似事どころか勇者の名を騙ったことになっているらしい…。


「クソッ! 何かよくわからんが、ここまでのようだな…。お前等、やっちまえ」


 店員がそう言うと、スーツ姿の男女がスタンガンや銃を手に構えて襲ってきた。

 色物警官三人衆とカイがそれに応戦する。ハルも渋々参戦する。

 俺は、ずっと後を付いて来ていたミーアを保護して店の外に一時退避だ。だって、俺は戦えない。

 戦闘は相手が不憫になるくらいに一瞬で終わった…。

 まあ、仮にも勇者と王国で五本の指に入ると言われるほどのメイドだ。そこらのチンピラに負ける要素が無い。

 そして、スーツ姿の男女と店員は、色物警官三人衆に連行されていった。

 …どっちがどっちだかわからんな。


「さすが勇者様だな。これでオラも安心して仕事ができる」


 一部始終を見守っていたおじさんが、カイにそう声を掛けてきた。


「おっさん。さっきの話だけど、途中になってたから続きを聞かせてくれ!」

「おっ? そうだな…どこまで話したんだったか…?」

「おっさんが勇者と会って感動で泣いちまったってところだ」

「おお、そうだったな。そう、オラは感動で思わず大きな声を出して泣いちまったんだ。そしたら、勇者様がこう言ったんだ。『静かにしてくれ、この家の家主に気付かれてしまう』って」


 ……ん???


「でも、もう遅かった…。家主が起きてきちまってね…。オラは年貢の納め時だと思ったんだ…。だが、勇者様が助けてくれたんだよ。勇者様は家主に向かってビシッと言ったんだ、『俺様は勇者だ! 国に申請すれば損害は補償してもらえる。だから安心しろ』って。そして、オラも勇者様の仲間だってことにしてくれたんだよ。あの姿には痺れたねー」

「さすが勇者だな!」

「後で、何で助けてくれたのかを尋ねてみたら、『同業の誼だ』って…」


 ツッコみきれない…。

 とりあえず、七年前の先代勇者がとんでもないクズだったということは理解した。

 でも、今はまずやらなければならないことがある。


「おじさん…、その腕時計どこで手に入れた?」


 そう、このおじさんは立派な腕時計をしている。

 その腕時計の文字盤には、『T‐LEX』の文字と何やら恐竜のロゴ。


「えっ? 何でそんなことを聞くんだ?」


 おじさんが明らかに挙動不審になる。


「そのカバンの中…、見せてもらえない?」

「そ、そんなことできるわけないだろ…」


 おじさんが大量の冷や汗をかいている。

 俺がおじさんのカバンに向かって手を伸ばすと、おじさんが慌ててそれを避けようとする。

 そして、勢い余ったおじさんの手からカバンがすっぽ抜け…中身がぶちまけられた。

 中からは、霧吹き・小型バーナー・手袋・ペンチ・バール・ドライバー・懐中電灯が出てきた。焼き破りの手口かな?


 観念したのか、おじさんが話し始めた。


「…オラは、もともとピッキング専門だったんだ…。でも、最近は電子ロックが増えちまってなぁ…。だから、『コブン‐オヤブン』なんて言う勇者互助会に手を出しちまった…」


 とりあえず、あれは勇者互助会などではない。


「ようやく『勇者なりきりセット Ver2』を用意して、勇者互助会からは抜けようかと思ったんだが、契約を盾に違約金を請求されてな…。それで、丁度良いところに勇者様が現れたんで、潰してもらおうかと…そう思ったんだ…」

「そんな…おっさんも勇者を騙っていたなんて…」

「すまない…勇者様…」


 このおじさん含め、誰一人として勇者を騙ってなどいない。

 強いて言うなら、七年前の先代勇者が、勇者を騙る悪党(国家ぐるみ)と呼ぶに一番ふさわしいと思う。


「いや、謝らないでくれおっさん…。おっさんは、あいつらとは違って、本当に勇者に憧れての行動だったんじゃないのか? いや、きっとそうだ…。だって勇者を語るおっさんの顔は輝いていた! 

だが、おっさん…、それでも勇者を騙るのはやっぱり許されることじゃない。きちんと勇者を騙った罪を償ってくれ。そして、罪を償ったらまた会おう。…いつかまた、一緒に勇者について語り合おう!」

「勇者…様…」


 そう言っておじさんが泣き崩れた。


 何なんだ、この茶番…。

 はっきり言っておくが、空き巣は決して勇者の真似ではない。そして、勇者であろうと空き巣は犯罪だ。

 決して真似をしてはいけない。


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