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071 バキヤク ヲ アラワス

挿絵(By みてみん)

どうも、白狐です。


あのが、まさかの再登場です。


「おお、皆の者。精が出るな」


 王宮のとある一室。俺達が舞台稽古をしていると、そこへ国王がやってきた。その両隣には痛痛しい第一王子(オネスト殿下)毳毳しい第一王女(リュラー殿下)の姿。


「ハッハッハッ。平民である貴様等が王家の権威を示す為の舞台を演じる栄誉を得たのだ。精一杯励むんだな」

「皆さん。頑張ってくださいね」


 そんな王族による激励(?)の言葉に稽古をしていた役者の一人が熱血気味に声を上げる。


「わざわざ王族の方々が激励に来てくださるなんて…。今回の舞台、絶対に失敗は許されないな」


 声を上げた役者の名前はギョシャさん。

 今回の舞台において勇者パーティが演じる役以外は、彼が率いる劇団『馬車馬の如く』の団員が演じることになっている。


「皆、疲れた体に鞭を打ってでも一生懸命稽古して、素晴らしい舞台にするぞ!」


 なんだろう。そこはかとないブラック臭がする…。


「そういうわけで、明日からは今までの八時間の稽古を基本に、朝稽古八時間と夜稽古八時間を追加して猛練習だ!」


 うん、アウト。

 ギョシャさんがとてもいい笑顔で言い切ると、周囲の役者達から阿鼻叫喚が上がる。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!」

「い゛や゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」

「おお、皆やる気じゃないか。町娘D率いる町娘連合(ゾンビ軍団)と町娘Vとの最終決戦の場面だな?」


 絶対に違うだろ。完全にメンタルをやられてるよ。


「休゛み゛ぃ゛、休゛み゛を゛寄゛越゛せ゛ぇ゛ぇ゛!」

「え? 何を言ってるんだ、お前達! こんな遣り甲斐の有る舞台を演じられる機会を得たというのに休んでいる暇なんてあると思っているのか。そんなことを言いだすなんて、どいつもこいつも弛んでやがる。俺が気合を入れ直してやる!」

「ちょっとあなた。なんてことを言うのですか」


 明らかにアウトな発言をしながら鞭を持ち出した団長に向かって、リュラー殿下が顎とお腹をゆさゆさと揺らしながら近付いていく。

 すると、所々に白いマーカーのついた黒い全身タイツのような服に身を包みながらカメラに囲まれた一画で演技をしていたカイが、その様子を見るなり小さな声で呟いた。


「弛んでやがる…」


 おい、やめて差し上げろ。

 そんなカイの発言はリュラー殿下の耳には届かなかったようで、彼女はそのまま団長の前まで歩いていくと諭すようにして声を掛ける。


「メンバーの遣り甲斐を搾取しながら稽古を強要するなんて、有ってはならないことですよ」

「遣り甲斐搾取だなんて人聞きが悪い。俺達は皆、演技が好きで役者の仕事をしてるんだ。24時間365日休む間もなく演技のことを考えられるなんて最高の喜びじゃないか。なあ、皆!」


 曇りない眼で熱く語る団長だが、他の団員達は明らかに絶望の表情で首を横に振っている。


「あなたの一方的な考え方を押し付けてはいけませんよ。あなたはこの劇団を率いる立場なのでしょう? ならば、きちんとメンバーの意見にも耳を傾けなさい」


 まるで聖母のように穏やかな表情で語り掛けるリュラー殿下。だが、あの毳毳けばけばしい姿が全てを台無しにしている。


「そんな…、俺が間違ってたのか…?」


 リュラー殿下の言葉と団員達の様子を見て団長は何かを察したようだ。そんな団長に向かって、今度はオネスト殿下が声を掛ける。


「確かに、鞭を振るうだけという今のお前のやり方は感心せんな。生かさず殺さずのギリギリのところで飼い殺す為にも、下々の者達に対しては時には飴も与えてやらねばなるまい。フフフ、上に立つ者は愚かな下々の者を適切に管理してやらねばならぬからな」

「お兄様は少し黙っていてください」


 ドヤ顔で語るオネスト殿下にリュラー殿下が冷たい視線を向ける中、団長は団員達に向き合うと静かに語り掛ける。


「俺はただ、皆と演技の素晴らしさを共有したかっただけなんだ…。だが、お前達の考え方とは離れてしまっていたようだな…。断腸の思いだが、これからは鞭で叩くだけでなく鼻面へ人参を(やる気を)ぶら下げる(引き出す)策も検討していくよ…」


 いや、まず馬車馬扱いをやめるところから始めてあげてください。


「わかればいいのです。今後は団員の皆さんのメンタルケアをしっかりとしてあげなさい」

「はい…」


 そうして、憔悴しきった様子の団員達は、人参と鞭を持った団長に導かれながらその場を後にした。

 その様子を黙って見守っていたカイだったが、ふと何か気付いてはいけないことに気付いたようにして呟く。


「………レンタルヘア…?」


 その視線は、オネスト殿下の頭頂部に乗っかっている金色の不自然な物体に注がれている。

 おい、やめて差し上げろ。


「やめろ。これは吾輩の自毛で作ったかつらだ。決して借り物ではない。そんな好奇の視線を向けるな!」


 そんなことを言いながら、オネスト殿下は金髪の鬘を頭から外すと大事そうに懐へと抱えた。

 ……。

 俺にはもう何をどうツッコんだらいいのかわからないよ…。

 遠い目をしながら現実逃避気味にミーアのモフモフに癒しを求める。そうしていると、オネスト殿下の頭部への興味を失ったカイが難しい顔を浮かべた。


「しかし、どうするんだ? 役者が揃わなければ舞台なんてできないぞ」

「それなら問題ありません」


 そんな声が聞こえてきたのと同時に部屋の扉が勢いよく開かれる。すると、そこからカミーユさんが入ってきた。


「こんなこともあろうかと、軍の精鋭達に待機してもらっています。防衛省が全面的にバックアップすると言った手前、こんなことで失敗されては困りますからね」


 とりあえず、軍の精鋭達には本業をさせてあげてほしい。


「さあ、入ってきなさい」


 その呼びかけに従ってぞろぞろと入ってきたのは、猿、ライオン、虎、犬、牛、豹、鼠、コアラ、ゴリラ、象、キリン、熊、兎…などのアニマル着ぐるみ達。


「いや…、あの……。…皆さん、どうして着ぐるみを着てるんですか…?」


 困惑気味に尋ねるとカミーユさんが答える。


「軍の精鋭とはいえ、人前での演技は素人。ならば、着ぐるみのインパクトでそれらを誤魔化してしまおうという作戦です」

「だったら、もういっそのこと全員立体映像にしちまえよ」


 そうすれば、俺もあんな衣装着なくて済むからな。

 そう、さっきから俺の視界には悪役令嬢コスチュームを持って熱い視線を送ってくるハルの姿がチラチラと入ってきている。

 さらに、着ぐるみ連中に紛れて一緒に入ってきた赤い陣羽織の熊が、和風魔法少女衣装と熊手型ステッキを取り出して期待の眼差しを向けてくる。

 俺を女装させようとするのはやめてくれ。


「それともう一人、頼もしい助っ人を呼んでいるわ」


 カミーユさんがそう言い終わるや否や、再び部屋の扉が勢いよく開かれた。


「ファンの皆~、遅れてごめんね~」


 明るい大きな声で満面の笑みを浮かべながら入ってきたのは、頭から鹿の角を生やし、下半身が馬の後ろ脚になっている美少女萌えキャラロボット。

 そう、満願皇国のリコリスの街で寿司店(?)を営んでいた狸達が、馬鹿むましかバーガーの販促の為に作成したPRキャラクターのムッチャンだ。


「皆のアイドル、ムッチャンがバージョンアップして帰ってきたよ~。キラッ」


 ………。

 ムッチャンのクオリティが格段に上がっている。

 そして、あざとさも上がっている。

 そんなことを考えながら遠い目をしていると、背後からなにやら強い圧を感じた。そっと背後の気配を探ってみると、そこには馬面で鹿角()が生えた男が立っている。

 !?

 すると、それに気付いたハルが淡々とした口調で説明を始めた。


「何度でもフラッシュバックする。それがポニータイガーシンドロームの恐ろしいところです」

「RUNポルチーニも再発してるけど?」


 しかも、再発の仕方がなんだか中途半端だ。馬面になって鹿角()が生えている以外は服も着ているし、虎耳カチューシャも無ければポージングもしていない。


「ん、どうした? 俺の顔に何かついてるか?」


 そのうえ、意識ははっきりしているらしい。

 そんな化物に変貌を遂げたバルザックを前にして、ムッチャンが何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべる。


「馬と…鹿…? まさか、ムッチャンの馬鹿むましかポジションを狙って…?」

「どんなポジションだ?」


 すると、今度はカイが何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべる。


「バルザック…。まさか、勇者パーティのマスカットキャラクターのポジションを狙って…?」


 そんなことを宣ったカイの後ろでは、ウォルフさんが手にマスカットを持ってドヤ顔を浮かべている。そんな彼が着ているインナーには『コラボはじめました』の文字。

 ……ねぇ、妙なコラボレーション(ボケの上塗り)はやめてくんない?

 それはともかくとして、勇者パーティのマスコットはミーアである。異論は認めない。

 足元で毛繕いしているミーアを見つめると、こちらに気付いて不思議そうに首を傾げながら小さく鳴く。とても可愛らしい。

 そんなミーアに癒されていると、バルザックのところへ牛のマスクを膝の上に載せたオーギュストさん(本体)が車椅子の車輪を自分で回しながら近付いてきた。


「バルザックよ、お主、被り物を間違えておるぞ。お主は馬頭めず役ではなく、牛頭ごず役のはずじゃろ」


 違います。彼はミノタウロス役です。より正確に言うならば、ミノタウロスの銅像役です。


「何言ってるんだ、オーギュスト。俺はまだ、被り物なんて被ってないぞ?」

「訳のわからぬことを…。さあ、早くその馬のマスクと鹿の角飾りを外すのじゃ」


 そうして、鹿の角を掴んで引き剥がそうとするオーギュストさん(本体)と、馬面の男の攻防戦が始まった。

 そんな二人をよそに、カミーユさんは軍の精鋭(着ぐるみ)達の方へと向き直る。


「さて、あなた達も忙しいでしょうし、今日は軽く顔合わせだけということにしておきましょう。そういうわけなので、もう戻ってもいいわよ」


 顔、合わせてませんが?


「そうそう、着ぐるみは各自で倉庫に戻しておいて」


 そう告げられると、着ぐるみ達は部屋を去っていった。

 いや、本当に何しに来たんだよ。

 着ぐるみ達を見送っていると、ムッチャンがあざとい仕草を交えながらカミーユさんに尋ねる。


「それでそれで、ムッチャンはどんな役をやるの~?」

「あ、そうね。あなたには町娘Mの役をお願いすることになるわ。この役は物語の序盤において町娘Vの前に立ち塞がる最大の障壁なの。町娘Vに瞬殺されてしまう彼女だけれど、町娘Dの力によってアンデット化して最終決戦にも参戦するわ」


 いや、序盤最大の障壁、瞬殺されとるがな。


「しかし、復讐の為に再び町娘Vの前に立った彼女は、最終決戦の最中、町娘Vが初代国王に本気で恋していることを知ってしまうの。それを知った彼女は、町娘連合(ゾンビ軍団)と袂を分かって町娘Vへ協力する決意を固めるのよ。そして、『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』という名言と共に、その自慢の脚力で町娘連合(ゾンビ軍団)を蹴倒していくの」


 俺はもう、話の全貌が掴めなくなってきたよ…。


「というわけで、町娘M役のあなたには、この馬の着ぐるみを着てもらうわ」

「いや、ムッチャンならそのままでいいんじゃね?」


 そんな本音が思わず漏れるが、ふと別の問題に気付く。


「というか、ムッチャンがどうやってその馬のマスクを被るんですか? 仮に無理矢理被ったとしても、二体目の鹿角の生えた馬面のクリーチャーが爆誕するだけですよ?」

「え…?」


 俺の指摘を受けて、カミーユさんは車椅子の老人と不毛な争いを繰り広げているバルザックに視線を向けながら言葉を失った。

 すると、そんな重苦しい空気を振り払うかのようにムッチャンが明るい口調で言い放つ。


「それなら問題ないよ~。これ、取れるから」


 そんなことを宣いながら自らの鹿角に手を掛けると取り外してみせる。


馬鹿むましかポジションどこいった!?」

「えへへ~。実はね~、ムッチャンは本当は人型ロボットなんだ~。だからだから、このズボンも脱げるんだよ~」

「馬脚を露わす!」


 俺の目の前には、水着っぽいものを穿いて生足を露わにしている女の子。馬鹿むましか要素の欠片も存在しない普通の女の子だ。そんな彼女の前には馬脚ズボンと鹿角が脱ぎ捨てられている。


「元々ね~、ムッチャンは人型ロボットとして開発されてたんだ~。でもでも、完成間近という時になって依頼主の狸さん達から方針変更の連絡があったの。馬鹿むましかバーガーの販促キャラを作りたいから人型じゃなくて馬鹿むましか型にしてくれって。ほんと、急な仕様変更なんて反則だよね~。そうはいっても、お客さんには逆らえなくて仕様変更が決まったんだよ~。だけどだけど、その時には既に予算はほぼほぼ使い切ってたんだ~。だからだから、急遽、鹿の角と馬脚ズボンを用意して誤魔化すことになったんだよ~」


 なにやら説明を始めたムッチャン。だが、説明しながら俺の方へ視線を向けると少しずつ頬を膨らませてムッとした表情へと変わっていく。


「ねぇねぇ…、ヒイロさん」

「ん~。何~?」


 俺が上の空な様子で返事をすると、ムッチャンが不満気に口を開く。


「どうしてムッチャンの生足よりも、馬脚ズボンの手触りに興味津々なの?」


 ……。

 いや、だって。目の前に置かれた馬脚ズボンの触り心地がどうしても気になったんだもん。

 そんでもって、触ってみたら思いのほか触り心地が良かったんだもん。


「ねぇねぇ、そんなことされるとムッチャン傷ついちゃうよ?」


 ムッチャンだけでなく、背後から不満気な様子で俺を見つめるチベットスナニャンコがいらっしゃる…。

 だが、馬脚ズボンをモフる手は止められない。


「クッ…。また一人、ヒイロに生皮を剥ぎ取られた犠牲者が…」


 黙ってろ、ポンコツ勇者。

 苛立ちながらも馬脚ズボンを手放せずにいると、カミーユさんから着ぐるみを渡されたムッチャンが何かに気付いた。


「あれあれ~? ねぇねぇ、これ、頭は馬だけど、体の方が鹿だよ?」

「あら、間違えたかしら?」

「これじゃあ馬じゃなくて馬鹿むましかの着ぐるみになっちゃうよ」


 何か問題でもあるのだろうか?


「仕方ないわね。ちょっと倉庫まで取りに行ってくるわ」


 すると、そこへオーギュストさん(幽霊)がふよふよと漂ってくる。


「カミーユよ。それなら儂が取ってこよう。ちょうど試してみたいこともあったしのぅ」

師匠せんせい? 試してみたいこと…ですか?」

「そうじゃ。実はのぅ、儂が編み出したこの精神体を発生させる術なんじゃが、もうそろそろさらなる高みへと発展させる時が来たようなのじゃ」


 いや、さらなる高みへ昇ると昇天してしまうのでは…?


「さらなる高み…ですか?」

「そうじゃ。今こそ儂は有線式ではなく、無線式へと進化するのじゃ!」


 カミーユさんの問い掛けに答えながら、幽霊は手刀で自らに繋がっている半透明の紐のようなものを断ち切った。

 俺の頭の中では、集中治療室のベッドの上に今際の際の理解さんが横たわっている。誰でもいいから理解さん(俺の理解)を助けてほしい。

 目の前の状況を理解できずに放心している俺のことなどお構いなしに、幽霊は車椅子の老人の方へと視線を向ける。

 すると、バルザックと不毛な争いを繰り広げていた車椅子の老人が何かを感じ取ってこちらを振り向くなり、とても良い表情でサムズアップしてみせた。

 それを見た幽霊の方もとても良い表情でサムズアップを返す。

 その瞬間、俺の頭の中にピーッという音が鳴り響いた。どうやら理解さんの心肺が停止したようだ。そして、ベッドに横たわる理解さんの頭から透き通った何かが抜け出ると、そのままさらなる高みへと昇り始める。

 逝かないで、理解さん。


「どうやら、上手くいったようじゃのぅ。これで儂は有線のしがらみから解き放たれたというわけじゃ」


 俺の頭の中では、理解さんが生のしがらみから解き放たれ……って、解き放っちゃダメェ!

 ……。

 現在、必死に理解さんの蘇生活動が続けられています。理解さんが息を吹き返すまで暫くお待ちください。


「さて、それでは少しだけテストといこうかのぅ。儂の体よ、初めてのおつかいじゃ。今から倉庫へ行って馬の着ぐるみを持ってくるのじゃ」

「なぬ? ちょっと待つのじゃ。儂は今バルザック(こやつ)の相手で忙しい。お主が行ってくれぬか?」

「何じゃと!?」


 制御できてねぇ…。

 というか、体と幽霊、どっちがメインなの…? 有線とか無線とか関係なしに、もう既に自律式になってるよね?

 辛うじて息を吹き返した理解さんに、これ以上の負荷をかけないでほしい…。


「…仕方ないのぅ。儂が行くとしよう…」


 そうして、渋々ながらもオーギュストさん(幽霊)は部屋を出ていった。

 去っていく幽霊を遠い目をして見つめていると、黙って俺達の様子を見ていたオネスト殿下が嘲笑を浮かべる。


「貴様等、さっきから全く芝居の稽古などしておらぬではないか。そんな調子でまともに芝居などできるのか?」


 その発言にカイが少しムッとした表情で反論する。


「なんだよ、本番の舞台にも立たない奴が偉そうなこと言うんじゃねーよ」


 一応言っておくが、このポンコツ勇者も本番の舞台には立たない。

 そんな反論を受けてオネスト殿下がこめかみの辺りをピクピクと震わせながらカイを睨み付けた。


「フフッ、ハッハッハッ…。平民風情が良く吠えた。いいだろう。そこまで言うのであれば、吾輩の演技力がどれほどのものか教えてやろうではないか」

「何言ってんだ。そんな大怪我してる状態で、まともに演技なんてできるわけねーだろ」

「フッ、貴様は何か勘違いをしているようだな。これは怪我などではない!」


 オネスト殿下はマントを翻すと、左手を自分の顔の前に翳して何やらポーズをつけながら続ける。


「そう、この左目には鬼神オーガを、この右腕には鬼神オウガを、そしてこの左手には鬼神Ogreを封印しているのだ!」

「何だって!? その怪我にそんな深い理由が?」


 カイがなにやら驚いているが、どの辺に深い理由があるのだろうか?

 完全に置いてけぼりをくらっている俺を放置して、カイが悔し気に続ける。


「なるほど…、つまり、あんたはその封印を悟られないように常に怪我をしている演技をしていたってことなんだな? クッ、なんて演技力だ…」


 意味がわからない。

 そもそも、包帯や眼帯やギプスをつけてはいるが別に痛がるような素振りも、その部位を庇うような仕草もしていない。まあ、左足のギプスの所為で若干歩きにくそうではあるが、それだけだ。演技でも何でもない。

 でも、恥ずかし気もなく人前でこんな姿を晒せるというのは、もしかしたら演技をする上でとても重要な才能なのかもしれない…。


「フッ、吾輩の偉大さを理解したようだな。そう、吾輩は厨二病の第一王子という道化を演じているにすぎないのだ。その演技力の前に、誰一人として吾輩にもう一つの裏の顔が存在するなどと疑いすらしていない」

「え? 裏の顔?」


 疑問を抱いたカイが呟くと、オネスト殿下が一瞬ハッとしたような表情を浮かべて固まった。


「そ…、それは貴様が知る必要の無い事だ。気にするな」

「いや、そこまで言ったんだったら最後まで言えよ。気になるじゃねーか!」

「むぐぅ…」


 やけに興味津々なカイを前にしてオネスト殿下が押し黙ると、その様子を冷静に眺めていたハルが軽く溜息を吐きながら不満気な様子で口を挟んできた。


「不本意ではありますが、実はオネスト殿下は私が所属する猫愛護団体『プリティキャット』の創設者であり裏の会長なんです」


 不本意なの?

 そういえば、確かに襟元の冠を被った猫の形をしたバッジはハルが持っていた『プリティキャット』の会員バッジと同じ物だ。

 そんなことを思い出していると、ハルが続ける。


「包帯やギプスは猫を保護する際に受けた反撃の傷を隠す為のものです」

「……フッ、フフフ。そう、その通りだ。バレてしまっては仕方がない。この左目には猫神バステトとの、この右腕には猫神バストとの、そしてこの左手には猫神Bastetとの激闘の痕が刻まれているのだ!」

「そんな…、あの厳つい顔で猫に優しいだって? そうか、あんた、ギャップ萌えってやつを狙ってたのか…」


 何言ってんだ、こいつら…。

 目の前の状況に冷たい視線を向けていると、オネスト殿下は咳払いを一つして俺達を見据える。


「とにかくだ、王家の権威を取り戻す為にも、この舞台の失敗は許されない。馬鹿なことをやっていないで稽古に励むことだな」


 そう言い放つと、オネスト殿下は足早にその場を後にした。



 ***



 部屋を後にして中庭に面した回廊を足早に進むオネストに向かって、回廊の柱の陰から何者かが声を掛ける。


「殿下。今は大事な時期です。あまり迂闊な発言はなさいませぬよう」


 オネストは足を止めると横目で声が聞こえてきた柱に視線を向ける。


「聞いていたのか、トランプ」

「私の耳目は宮殿内の至る所にありますので」

「そうか。まあ、だが心配はいらん。確かに多少口を滑らせたが、咄嗟の機転で上手く切り抜けた。あの場に居た者共が吾輩の本当の裏の顔に気付くことはなかろう」

「万が一ということもございますので…。……できれば、これ見よがしに身に着けているそのバッジも外して頂きたいのですが…」

「フッ…、貴様も知っているはずだ。これは、我々の誇りである。貴様等こそ、何故常に身に着けておらんのだ」

「そんな自ら積極的に正体を暴露するような真似をするわけには参りませんので…。殿下が幻影道化師ファントムクラウンの総帥のジョーカーであり、幻影道化師ファントムクラウンを率いて帝国や大公国と内通し、この国の実権を掌握して王政復古を目論んでいることは、今はまだ誰にも知られるわけにはいかないのです」

「え?」


 突如として聞こえてきた声に、オネストが驚いて振り返る。すると、そこに居たのは中庭を突っ切る形で回廊に現れた着ぐるみを持った半透明の老人。


「…………殿下。今は大事な時期です。あまり迂闊な発言はなさいませぬよう」

「今のは吾輩の所為ではないと思うが?」


 トランプの唐突な責任転嫁に驚きつつも、オネストはオーギュストの方へと向き直ると鋭い視線を向ける。


「だがまあ、聞かれてしまったのならば仕方がない」


 その尋常でない雰囲気にオーギュストが慌てた様子で口を開く。


「ま、待つのじゃ。儂は何も聞いておらぬぞ。お主が実は幻影道化師ファントムクラウンの総帥のジョーカーであり、幻影道化師ファントムクラウンを率いて帝国や大公国と内通し、この国の実権を掌握して王政復古を目論んでいる、などという話はいっさい聞いておらぬ!」

「一言一句漏らさず聞いておるではないか」

「確かに……」


 ハッとした表情で呟いたオーギュストだったが、すぐに厳しい表情を浮かべる。


「むぅ……。しかし、まさか幻影道化師ファントムクラウンがこれほどまで深く王国内に入りこんでおったとはのぅ…。道理で、我が愛弟子達が調べても尻尾を掴めぬはずじゃ…」


 そう言いながらオーギュストは柱の方へと視線を向ける。


「なんといっても、この国の諜報組織のトップがそちら側なのじゃからな……。のぅ、セバスよ」


 すると、柱の陰からグレーの髪の燕尾服の男が現れる。


「…さすがはオーギュスト様。私の正体にも気付いておられましたか」


 現れた男に厳しい視線を向けながらオーギュストは続ける。


「いや、中庭から丸見えだっただけじゃが?」


 その発言を受けて、セバスはさっきまで自分が立っていた柱の陰に視線を向けた。


「………」


 そして、何事もなかったかのように再びオーギュストへと視線を向ける。


「フフッ、私の正体に気付くとは、さすがはオーギュスト様。あなたを生かしておいては今後の計画に支障を及ぼしかねません。ここで消えて頂くしかないようですな」

「お主、無かったことにしようとしておらんか?」

「ハハハ、何の話ですかな?」


 すっとぼけながらも、軽い殺気を放ち始めるセバス。それに対してオーギュストが身構える。


「くっ…。どうしてもやるというのじゃな? じゃが儂とて勇者パーティーの一員。簡単にやられはせぬぞ」


 そう言うと、オーギュストの周囲に幾つかの光球が浮かび上がる。そして、それらがセバスへ向かって一斉に撃ち放たれた。

 しかし、セバスは素早い動作でそれを躱すと一瞬のうちに距離を詰める。そして、オーギュストの腹めがけて手刀を差し込んだ。


「フッ、セバスよ、儂に物理攻撃など効きはせぬぞ」


 余裕を浮かべてみせたオーギュストだったが、セバスが差し込んだ手の内で5枚のカードのようなものを広げながらボソッと何かを呟くと様子が一変する。


「なぬ…? うっ…、これは…」


 直後、カードから眩い光が放たれる。


「ぐあぁぁぁぁぁ!」


 断末魔と共にオーギュストの姿が光の中へと掻き消えていく。

 その光が収まった時、そこにオーギュストの姿はなく、彼が持っていた馬の着ぐるみだけが残されていた。


ムッチャン 「ファンの皆~、遅れてごめんね~。この物語の真のヒロイン、ムッチャンが、満を持しての再登場だよ~。キラッ」

白狐 「違います。この物語の真のヒロインはミーアです」

ヒイロ 「え? 人間の女の子を…」

白狐 「誰が何と言おうとミーアです! ミーア以外のヒロインは認めません!」


結論: ミーアは可愛い。


挿絵(By みてみん)

白狐 「というわけで、コスプレミーア、ムッチャンバージョン。なんか作者の勝手なイメージで衣装は踊り子風」

ヒイロ 「へぇ」

白狐 「でも、描いてはみたものの、どうにもあざとさが足りない…」

ヒイロ 「だから、足りないのはお前の画りょ…」 ブツン! ザーッ…。

………

白狐 「ヒイロが再起不能(諸般の事情)に陥った為(により)、次回から主人公が代わります」

※代わりません。


===

挿絵(By みてみん)

白狐 「コスプレミーア、王族バージョン。左からライアー三世、オネスト殿下、リュラー殿下です」

ヒイロ 「………え? 一番右、ミーア…?」

白狐 「コスプレに命を懸けているミーアはこの為に体重を三倍に増やしました」

ヒイロ 「文字通りの命懸け!?」

白狐 「冗談です。この猫はたまたま近くを通りかかったちょっと太め(過少表現)の白猫さんです。ほら、その証拠にミーアのトレードマークである赤いスカーフを首に巻いてない」

ヒイロ 「どっちにしろあのマフラーで見えないだろ…。というか、絵にしてみると第一王女がいよいよもって王女とは思えんな…」

白狐 「うん。作者も描いてみて思ってた以上に成金おばさん…というかどっかの間違ったセレブ像(?)だなって思った。ていうか、虹色に染められた毛皮のマフラーって何やねん!」

ヒイロ 「お前が考えたんやろがい!」

白狐 「……ヒイロ。あんまり反抗すると、もう一回抹消()すよ?」

ヒイロ 「………」


おまけ

挿絵(By みてみん)

白狐 「これがレニウム王国の王家の紋章だ」

ヒイロ 「イワトビペンギン……?」

白狐 「ああ、中央の? あれは初代国王が『なんかカッコイイよね』というノリで決めたらしい」

ヒイロ 「それでいいのか…? あとさ、周囲の植物ってもしかして…」

白狐 「もちろんナズナです」

ヒイロ 「ペンペン草…?」


===

挿絵(By みてみん)

白狐 「コスプレミーア、セバスバージョン」

ヒイロ 「やっぱり、見た目完全に執事だよね」

白狐 「でも、彼は執事ではない……はず…」



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