070 オヤ ノ カオ ガ ミテミタイ
王都近郊にある王家所有の菜園。ここでは王宮で使われる各種野菜が栽培されている。
今、俺が立っているのはその菜園の中にあるキャベツ畑。
モンシロチョウが舞うその畑には立派に育ったキャベツがずらっと並んでいる。そして、キャベツの間に置かれた持ち手付きの籠の中にはすやすやと眠っている赤ん坊の姿。
………え?
状況を飲み込めずに呆然とする俺の耳にミーアの鳴き声が届く。ふと我に返ると、籠の中を覗き込んでいたミーアがこちらを振り返りながら俺をじっと見つめていた。
籠へ駆け寄ってはみるものの、いったいどうすればいいのか。というか、そもそもこれはいったいどういう状況なのか。誰か他の人の手を借りようと思って辺りを見回してみるが、こういう時に限って周りには誰もいない。
仕方がないので、とりあえず赤ん坊の入った籠を抱えて菜園の管理棟へと向かうことにする。
そうして菜園の管理棟へと戻ってくると、その入口のところに立っていたカイがこちらに気付く。
「あ、ヒイロ。こっちは犯人に繋がるような手掛かりは見つからなかった。そっちはどうだった?」
「えっと…。それが、その…」
どう説明したらいいものかと考えつつ抱えている籠の中に視線を落とすと、カイも籠の中に視線を向ける。そして、その籠の中に赤ん坊が居ることに気付くと、正気を疑うような表情で俺を見つめた。
「ヒイロ…。俺達は、最近この菜園が何者かに荒らされている事件について調べてほしいっていう王様からの依頼を受けて来てるっていうのに…。それなのに、どうしてお前は犯人探しもせずに子供なんて作ってんだ!」
「俺の子供じゃねぇよ!」
思わず叫んでいると、カイは何かに気付いたように俺の表情を窺う。その顔には疑惑と恐怖が入り混じっていた。
「…え? お前の子供じゃない…? まさか…、お前…、その赤ん坊の皮を剥ぐ為に…攫って…?」
「攫ってねぇよ」
「だったら、どうしたっていうんだよ、その子供」
「いや、ここのキャベツ畑に居たんだよ」
端的に説明するとカイは憐れむような表情で俺を見つめる。
「……ヒイロ、お前、まさか子供はキャベツ畑から生まれてくるなんて思っているのか…?」
おいこら、その憐れむような顔をヤメロ。
カイとそんな不本意なコントを繰り広げていると、管理棟へと戻ってきたハルが俺達に気付く。
「お二人とも、どうされました?」
「あ、聞いてくれよ、ハル。ヒイロの奴、ここのキャベツ畑から子供が生まれてきたって言って聞かないんだ」
「言ってねぇよ?」
どうしてこいつは人の話を聞かないんだ?
「キャベツ畑に子供…?」
ハルはそう呟きながら俺が抱えている籠の中に視線を向ける。そして、そこに赤ん坊の姿を確認すると何か納得したような表情を浮かべた。
「ああ、なるほど。きっと、コウノトリが運んできたのでしょう」
「………え? コウノトリ…?」
冗談で言っているのかと思い様子を窺ってみるが、当のハルは至って真面目な表情である。
「えっと…、ハル…。まさか、本気で言ってる…?」
「はい。状況から考えて、子得ノ盗が運んできたとみて間違いないでしょう」
「んん?」
あ、これ、毎度恒例の俺の理解が及ばないやつだ。
俺の頭の中では、何かを察した理解さんが既に諦めモードである。
「子得ノ盗には、人間の子供を攫う習性があります」
「何故に?」
「大きく育ててから食べる為です」
「食べるの!?」
予想外の説明に思わず驚愕する。
「そうやって子供を攫っていくのですが、子得ノ盗にとっては人間の子供を運ぶというのは大変な作業のようでして、キャベツ畑を見つけると休憩していきます」
「何故にキャベツ畑…」
「そして、キャベツ畑で心身ともにリフレッシュした子得ノ盗は、攫ってきた子供をその場に忘れていきます」
「おい」
「リフレッシュできなかった子得ノ盗は再び子供を連れて飛び立ちますが、巣まで戻って数日子育てをしているうちにすっかり情が移ってしまい、結局食べる為に育てることを諦め、手近な人間にそっと託すそうです」
「それ、託された人が誘拐犯として捕まらない?」
迷惑な生き物である。
「それは問題ありません。子得ノ盗も攫う子供についてはしっかりと事前調査を行っており、捨て子や虐待されている子供など、誘拐が発覚しにくい子供を狙っているそうですから」
「何その計画的犯行…」
「ちなみに、子得ノ盗達も、薄々、自分達には人間の子供を食べることなんてできない事を理解し始めているようでして、最近では各地の児童相談所と協定を結ぶなどして新しい共生の形を見出している個体もいるそうです」
そんなことを言いながらハルが掲げたスマホのニュースページには、唐草模様のほっかむりを被ったコウノトリとスーツ姿の人間がカメラ目線で握手(?)している写真が掲載されていた。
「ア、ウン。ソウナンダァ…」
遠い目をしながらそんなことを呟いていると、抱えている籠の中の赤ん坊が目を覚ました。
俺を見上げたまま固まっている赤ん坊と目が合う。とりあえず、どうしたらいいのかわからないのでにこりと笑顔を向けてみる。
その結果……………はい、大泣き。
「なるほど。皮を剥がれると察したか…」
黙れ、ポンコツ勇者。
その発言にイラっとして思わずカイを睨み付けると、その空気を察したのか赤ん坊がさらに大きな声で泣き始める。
「あ、ああ…、ごめんよ。泣かないで」
そんな風にあたふたと慌てていると、大きな赤ん坊の泣き声で異変に気付いたのか管理棟からセバスさん出てきた。
「これはいったい…?」
「あ、セバスさん。実は子得ノ盗が攫ってきたと思しき子供をヒイロ様が保護しまして」
「ほう?」
状況を把握し損ねていたセバスさんだったが、ハルからの説明を聞くと籠を抱えてあたふたと慌てている俺に近付いてきた。
「いけませんよ、ヒイロ様。そのように慌てていては赤ん坊にも不安が伝わってしまいます。もう少し落ち着いて優しく扱ってあげなければ」
そう言うと籠の中から優しく赤ん坊を抱え上げ、そのままゆっくりと体を揺らしながらあやし始める。すると、次第に赤ん坊の鳴き声が小さくなっていき、そして、キャッキャッと笑い始めた。
「随分と手慣れていますね」
「娘が…おりましたからな…」
「へぇ。セバスさん娘さんがいるんですか。今はどちらに?」
何気なく尋ねると、セバスさんは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「今は…、遠いところにおります…」
「そう…なんですか…?」
何か事情がありそうな雰囲気に気まずくなっていると、それに気付いたセバスさんがこちらへと視線を向けた。
「…さあ、この子の面倒は私が見ておきますので、ヒイロ様達はどうぞ陛下からの依頼をお続けください」
そう言うとセバスさんは子供をあやしながら管理棟の中へと戻っていった。
「それじゃあ、そろそろこの菜園の従業員から情報収集といこうか」
「ああ、うん。そうだね…」
そう言って移動を始めたカイに同意しつつ続こうとしたその時、ふと引っ掛かりを覚える。
「…あれ? 情報収集はもう済んでるんじゃなかったの?」「何を言ってるんだ、ヒイロ。到着してからここの関係者にはまだ会ってないだろ」
「いや、ちょっと待って? お前、事前の情報収集で今回の件の犯人がキャベツ畑に潜んでいることが判明しているから、俺を囮にしてその犯人を誘き出そうとか言ってたよな?」
そう、だからこそ俺はさっき一人でキャベツ畑に立っていたのである。
「???」
いや、何を本気で覚えてないみたいな顔してやがるんだ。
そんなカイに対して怒りを覚えていると、ふと赤ん坊を見つけた時のことを思い出す。
「おい。そういえば、さっきキャベツ畑であの子供を見つけた時、何故か周りに誰も居なかったよな? 俺を囮にしておいて、お前はそれを忘れてどっか行ってたわけ?」
「え? あ、いや…、その…、実は、囮としてヒイロを送り出した後に問題が起きて…」
「ほう? 何か弁明があるのなら聞こうじゃないか」
怒り混じりに問い質すと、カイは観念したかのように話し始める。
「それは……。一、バルザックが突然発生した竜巻に吹き飛ばされたので、捜索に行くべきかどうか悩んでいた。二、オーギュストに視線を向けたら、ふと『そういえば、あの半透明のオーギュストは何者なんだろう』という疑問に駆られてそれについて考えていた。三、菜園に来てテンションの上がったウォルフが野菜の講義を始めてしまったので、どうやって抜け出そうか考えていた。四、ハルが晩御飯用の野菜を収穫し始めたので、手伝うべきか考えていた。五、忘れてたんじゃない、失念してたんだ! …さあ、どれだと思う?」
「御託を並べるな!」
何だこいつ。途中からイキイキし始めやがって。
「まあまあ、そんなに怒るなよ、ヒイロ。お前がキャベツ畑に行ったおかげであの子供を保護できたんじゃないか。さて、それじゃあ、そろそろ情報収集に行こうぜ」
「おい、話はまだ終わってねぇぞ」
「ハル、案内を頼む」
ポンコツ勇者はハルに案内を促すと俺を無視してさっさと歩いていく。
そうしてハルの案内で着いた先に居たのは腰布を巻いた二体のゴブリン。ただし、色は茶色っぽくて、持っているのは棍棒ではなく鋤と鍬である。
「彼等は、ここの従業員の楊さんと馬さんです」
「従業員…? 俺には、モブゴブリンの中身の色違いに見えるんだけど…?」
すると、ハルが淡々とした口調でその疑問に答える。
「色や大きさ、持ち物などを変えて別のキャラとして仕立てるのは、昔からよく使われている手法です」
「何の話かな!?」
そんなツッコミは当然の如くスルーである。
「まあ、それはともかくとして、彼等は実は人ではありません」
「うん、それは一目瞭然かな」
「彼等は幸運鬼です」
「あー、うん。………何て?」
「幸運鬼です。遭遇すると幸運が訪れると言われています」
「幸運…?」
「はい。具体的には忙しい人に代わって田畑を耕してくれます」
「何その割と限定的な幸運…」
呆然と呟いていると、従業員の二人を見ながら黙って何かを考えていたカイが口を開く。
「なるほど。こいつらが今回の容疑者ってことだな?」
「いつのまにそんな話になった?」
当然の疑問を差し挟むものの、カイは俺の言葉など聞く耳持たずに続ける。
「それじゃあ、まずはお前達二人のララバイから聞かせてもらおうじゃないか」
「泣いてる子供はもう居ないよ!?」
何を歌わせる気だ、こいつ。
カイの唐突な発言にツッコんでみるものの、それに対する反応はやはり返ってこない。すると、楊さん…いや、鍬を持ってるのは馬さんだったっけ(?)が戸惑いがちに口を開く。
「僕達のアリバイですか…?」
おいこら、何事もなかったかのように話を進めるな。
「…そんな…、僕達を疑っているんですか…?」
馬さんに続いて楊さん(鋤を持ってるから、おそらくこっちが楊さんで良いと思う)が絶望の表情を浮かべる。
「どうした? アリババがないってんなら、自動的にお前達が犯人ってことになるんだぞ?」
「ならねぇよ!」
よくわからないコントに付き合わされて辟易していると、なにやら金属がぶつかり合うような音が聞こえてきた。音のした方に視線を向けると、揃いの全身鎧に身を包んだ騎士の一団が一糸乱れぬ動きで行進しながら近付いてくる。そして、俺達の前に止まるとその場に整然と並ぶ。その様はまるでコピペでもしたかのようだ。
すると、その整然と並ぶ騎士達の前に立っている男がこちらに話し掛けてきた。
「貴様等、そこで何をしている?」
男は他の騎士達と違って頭部に兜を被っていないものの一際立派な鎧に身を包んでいる。そして、背中には円弧状の飾りとそこについている複数の小さな太鼓。
どこかで見覚えがあるような気がするその特徴的な鎧について思い出そうと首を捻っていると、カイが訝し気な表情を浮かべながらも男へと応じる。
「ん? 何をって…。俺達は王様からの依頼で、最近この菜園を荒らしている犯人を探しているところだ」
「そうかそうか、なるほど、陛下からの依頼か…。だが、貴様等はもう帰っていいぞ。この件は、我々近衛騎士団が引き受ける」
近衛騎士団…?
あ、思い出した。この人、近衛騎士団長のフウ・ジーン侯爵だ。
その瞬間、カイも何かを思い出したかのようにハッとした表情を浮かべた。
「あっ、思い出したぞ。お前、第一王子のきなこ餅の…」
「太鼓持ちな」
「そうそう、第一王子の磯巾着の…」
「腰巾着な」
「そう、なんかそんな感じの近衛騎士団長じゃないか!」
「やかましいわ!」
俺とカイの連係プレー(不本意)に対して、近衛騎士団長はご立腹のようだ。だが、ポンコツ勇者はそんなことは気にしない。
「なんだって近衛騎士団がこんなところにまで出張ってきてやがるんだ」
「この菜園は我々近衛騎士団の管轄だ。勇者といえども手出しは無用」
すると、ハルが淡々とした口調で口を開く。
「確かに、この菜園は王家の所有ですから、同じく王家所有の近衛騎士団が対応するのが筋でしょうね」
「そういうことだ。わかったのなら…」
「ですが」
騎士団長の言葉を遮りつつ、ハルは続ける。
「私達は陛下から直接依頼を受けています。あなた方に指図される謂れはありません」
ハルの反論を受けて、騎士団長が不愉快そうに少し顔を歪める。そこへさらにカイが続く。
「そういうことだ。こんな事件、勇者である俺にかかれば即解決だ。あんたらこそ帰っていいぜ」
煽るな、ポンコツ勇者。
「そういうわけにはいかんな。我々は敬愛するオネスト殿下からの頼みで来ている。オネスト殿下が楽しみにしておられるほうとう鍋の為にも、そして、私がオネスト殿下からお褒めの言葉を頂く為にも、我々近衛騎士団が解決せねばならんのだ」
おいこら、私情を挟むな。
すると、カイが急に好敵手でも見つけたかのように瞳を輝かせた。
「そうか、だったらどちらが先に問題を解決できるか勝負だ!」
「いいだろう。望むところだ」
………。
あれ? なんか勝手に勝負始まっちゃったよ?
こうして、何かよくわからないまま勇者パーティと近衛騎士団による菜園荒らしの犯人探し勝負が始まることになった。
「勇者に任命されて調子に乗ってしまったのかもしれんが、我々に勝負を挑んだこと、直ぐにでも後悔することになるぞ。なにせ、近衛騎士団に所属する騎士は全員が貴族とその子弟で構成されている。そう、即ち幼少の頃より英才教育を受けてきたエリート集団なのだ」
その時、ふと鎧を身に纏った集団の後ろで束帯姿の男がこちらの様子を窺っていることに気付く。
「おい、一人だけ毛色の異なる貴族が混じってんぞ?」
目が合った瞬間、その束帯姿の男がドヤ顔を浮かべながら前に出てきた。
「麿は、麿の騎士団副団長のコノエでおじゃる」
「おい、この副団長、絶対に団長の座狙ってんぞ?」
そんな俺のツッコミにはいつも通り反応はない。唯一、ミーアだけが『ヒイロには何が見えているの?』とでも言いたげに俺を見上げていた。
「今回、この件の為だけに、王宮の警備も、オネスト殿下以外の王族の警備もほっぽり出して団員を動員しているでおじゃる」
「その通り。この場にいる以外の団員達には既に菜園内の捜索にあたらせている。我々近衛騎士団の動員力に勝てると思うな」
仕事せぇや。
騎士団長がドヤ顔で語る中、副団長が騎士団長から顔を背けるとニヤリとほくそ笑む。そして、小さな声で呟くのが聞こえてきた。
「そう、そして今回の騎士団長の問題行為が明るみに出たあかつきには、いよいよ騎士団長の座は麿のものでおじゃる。ふっふっふっ」
でも、この状況だと副団長のあなたも処分を免れないと思いますが?
少し呆れながらも聞き流していると、騎士団長が見下すような視線を向けてくる。
「団員達が何か情報を見つけるのも時間の問題だ。貴様等は、我々が事件を解決し、私がオネスト殿下に褒められるのを指を咥えて見ているが良い」
いちいち私情を挟んでくるのはやめてほしい。俺は別に第一王子に褒められたいとは思わない。
そんなことを考えていると、そこへ一人の騎士が近付いてきた。
「団長。あちらに怪し気な痕跡が」
「そうか、案内しろ」
騎士団長は近付いてきた騎士にそう応えると、カイへと視線を向ける。
「どうやら、直ぐにでも決着がついてしまいそうだな。ハッハッハッハッ」
見下すような態度でそう言い放つと、騎士団長は団員達を伴ってその場を去っていった。
すると、その様子を見送りながらカイがニヤリとほくそ笑む。
「フッ。あいつら、どうやら気付かなかったみたいだな…」
「え? 何に?」
「俺達が既に容疑者を二人にまで絞り込み、その身柄を確保しているということにさ」
「「え!?」」
カイの発言に、ちょっと存在を忘れられつつあった楊さんと馬さんが驚愕の声を漏らした。
すると、楊さん…いや、馬さん…? あれ? 鋤持ってるからやっぱり楊さん?
……あ、面倒臭いな。もう鋤持ってる方でいいや。ということで、鋤持ってる方が慌てた様子で口を開く。
「ちょっと待ってください。まだ僕達を疑ってるんですか!?」
「だって、お前達はアリババじゃないんだろ? だったら、それはつまり盗賊ってことじゃねーか!」
「この少しの間に、お前の中でいったいどんな思考の飛躍があった?」
俺の疑問は当然スルーで、今度は鍬持ってる方が口を開く。
「僕達を盗賊扱いするのはやめてください」
「お前達はここで従業員のふりをしながら他の38人の盗賊仲間を引き入れるタイミングを狙っていたんだろ?」
「この人、どうして僕達の話を聞いてくれないんですか?」
だって、それがこのポンコツ勇者の標準仕様だもん。
そんなことを考えつつ同情していると、鋤持ってる方が続く。
「僕達に盗賊の仲間なんていませんよ」
「それに、お前達が犯人だっていう証拠だってあるんだ」
「どうしましょう。全く話が噛み合いません」
そんな困惑する鋤持ってる方を無視して、カイは大きな声を上げる。
「犯人は現場に戻るっていうからな。つまり、現場にいたお前達が犯人だ!」
「その理屈でいくと、今こうして現場にいるお前が犯人でもいいよな?」
すかさず指摘してやると、カイが驚愕の表情を浮かべ、そして、ゆっくりと俺に背を向けた。
「おいこら、こっち見ろ」
しかし、カイは振り向くこともなく何か遠いところに思いを馳せるようにしながら呟く。
「フッ…。『都合の悪い事には背を向けろ』。それが、親父の教えだ…」
「何だよそれ。親の顔が見てみたい」
思わずツッコむと、カイは激しく同意とでも言いたげな表情でこちらを向いた。
「それは俺も見てみたい」
「ああそうだね。お前、父親の顔知らなかったね!」
若干キレ気味に返しつつ、カイの父親がこいつに対して常に背を向けていたらしい事を思い出す。そう、父親の背中だけを見て育ったこいつは、父親の顔を見たことがないらしいのだ。
……意味がわからないかもしれないが安心してほしい。俺にもわからない。
「ああ、もういいよ。お前と話していても埒が明かない」
そうして俺はカイを無視して話を進めることにした。
「そもそも、菜園が荒らされてるって話ですけど、どんなふうに荒らされてるんですか?」
すると、鍬持ってる方が俺の質問に答える。
「ああ、それなんですが…。実は主に二つのパターンに分けられまして」
「二つのパターン?」
「そうです。まず一つ目ですが。畑の野菜が引っこ抜かれたり、ずたずたに引き裂かれたりしているんです。そして、その荒らされる範囲には特徴がありまして」
「特徴?」
「はい。荒らされている範囲が一定の幅でずっと続いていくんです。そう、それはまるで竜巻被害にでもあったかのように…」
「うん、ただの自然災害では?」
なんだかとても恐ろしい怪異にでも遭遇したような表情をしているが、既に答えに辿り着いてない?
すると、今度は鋤持ってる方がこの世の終わりのような怯えた表情で口を開く。
「そして、もう一つのパターンですが…。これは口にするのも恐ろしい…」
「へぇ、今度は何ですか?」
正直、だんだんと投げやりになりつつある俺が居る。
「食い荒らされているんです」
「へぇ、食い荒らされている?」
「はい。被害に遭うほとんどがアブラナ科の野菜なんですが、畑一面のそれらの葉がたった一晩で葉脈だけを残した無残な姿に変わり果てるんです…」
「うん、殺虫剤でも撒いたら?」
そういえば、さっきもモンシロチョウが大量に飛んでたしね。
いや、もう解決しちゃったじゃん。
竜巻はどうしようもないけど、後は俺達、殺虫剤撒くお手伝いでもして帰ればいいの?
呆れ気味にそんなことを考えていると、ハルが何か納得がいったといった雰囲気で口を開く。
「なるほど…。だんだんとこの菜園を荒らしていたモノの犯人像が見えてきましたね」
「うん、そうだね。ここまで大事にしておいてこの結果って…、何なんだろうね…」
呆れ果てて呟いていると、ハルが続ける。
「おそらく犯人は超蝶でしょう」
「あっれぇ~? またなんか怪し気な生き物の名前が出てきちゃったよ~?」
そんな俺の足元には『ちょっとテンションおかしくニャい?』とでも言いたげに俺を見上げるミーアの姿。
だが、ここまで相次いで怪し気な生き物を紹介されれば、テンションの一つや二つおかしくもなろうというものである。
ああ、でも、いつも通りのお約束として、やっぱりここはそいつが何者なのか尋ねておくべきなのだろう。
「えっと…。その超蝶ってのはいったい…?」
「超蝶は、蝶々を超える蝶々を創りたいという虫捕りの媼の思い付きによって生み出された超長距離攻撃用生体兵器だといわれており、バタフライエフェクトを応用して羽搏き一つで任意の場所に嵐を巻き起こすことができます」
「応用とは…?」
遠い目をして呟く俺を放置し、ハルの説明は続く。
「一見、普通のモンシロチョウのような姿をしていますが、普通のモンシロチョウとは違い、翅の黒い斑紋が『揚羽蝶』の家紋になっているのが特徴です」
「へぇ」
最近、理解さんに諦め癖がついてきた気がする。
それはともかくとして、モンシロチョウか…。
「あのさ…。俺、さっきキャベツ畑でモンシロチョウ見たよ」
すると、カイが俺に詰め寄ってきた。
「何だって!? それは本当か、ヒイロ!」
「うん…」
「そうか、やっぱり俺の勘は当たっていたのか。だったら、もう一度ヒイロ囮作戦で…」
「やめろ」
誘き寄せなくても普通に飛んでるから。…というか、俺、さっき襲われなくてよかったな。
「まあいい。とりあえず、今直ぐにキャベツ畑に向かうぞ!」
そうしてやってきましたキャベツ畑。
目の前に拡がるは、一面のキャベツ畑とそこに舞うモンシロチョウ…改め、超蝶の姿。そして、畑の端には虫捕り網と虫捕り篭を携えた騎士団員達が整然と並んでいる。
その光景を見てカイが悔し気に呟く。
「クッ…、何てことだ…。先を越された」
すると、騎士達の前に立っていた副団長が声を上げた。
「さあ、今こそ麿の騎士団の連携を見せてやるでおじゃる」
それに応えるように騎士団員達が一斉に叫びを上げる。
「「とくと見よ、我が騎士団の一糸乱れぬ連携を!」」
叫びと共に全員が同時に虫捕り網を構える。そして、一斉に畑に向かって飛び出すと一糸乱れぬ動作で虫捕り網を振るい始めた。
全ての騎士団員が、一つの意思を共有しているかのように寸分違わぬ動きで網を振るう。その様は、まるでコピペでもしたかのようだ。
しかし、当然のことながら超蝶達の動きはばらばらである。全ての騎士団員の目の前に超蝶が居るわけではない。
………。
無駄多! 何なんだろう、このコピペ騎士団…。
その時、急に畑のあちこちで竜巻が巻き起こった。
「超蝶の反撃が始まったようですね」
ハルが冷静に事態を見極めながら呟く中、一人の騎士が竜巻に巻き込まれた。その瞬間、他の騎士達が自らに風魔法を使って竜巻に巻き込まれた騎士と全く同じ動作で天空へと舞い上がる。
………。
俺にはもうミーアと共に冷めた視線を向けながら事態を見守る事しかできない…。
そんな俺の目の前に騎士団員達が振ってきた。そして、全員同時によろよろと上体を起こしながら、一斉に呟く。
「「そんな…、俺達の連携が通用しないだと…?」」
だって、連携の効果、全て戦闘とは関係ないところで発揮されてるんだもん。マスゲームでもやったら?
すると、その様子を見ていた騎士団長が騎士団員を一喝する。
「貴様等、それでも名誉ある近衛騎士団員か!」
そんなご立腹の騎士団長の背中にある太鼓の飾りがバチバチと放電を始める。
「不甲斐ない貴様等に、この私自らが手本を見せてやろう」
そう言うと徐に手を翳す。
「風神の羽衣」
その瞬間、騎士団長の周囲に風が巻き起こり、騎士団長の体がふわりと浮かび上がった。
「この私の前で、風魔法を使って無様な姿を晒す事は許さん。風魔法はもっとスマートに、もっと華麗にあらねばならぬのだ」
唖然として言葉も出ない俺の前で、華麗な動作で浮かび上がった騎士団長は、暫くの間華麗に空を舞うと華麗なポーズを決めながらふわりと着地した。
「ジーン侯爵は、風神と称されるほどの風魔法のエキスパートです」
「あの太鼓、何のために付いてんだよ!」
「演出装置だそうですよ」
「うん、まず鎧着替えてこい!」
ハルの説明に思わず反応をしていると、着地したジーン侯爵の周囲に騎士団員達が集まり始める。
「我々近衛騎士団は、オネスト殿下に仕える者として恥ずかしくない所作を身につけねばならない。もっと華麗に風魔法を使いこなすのだ」
「「はい、団長」」
あなた達は王家に仕えているはずでは…?
うん、まあいいや。放っておこう。
「それで、あっちは放っておくとして、この超蝶はどうすればいいの? 殺虫剤でも撒く?」
そんな提案をしてみると、ハルが応える。
「この菜園では有機無農薬栽培を実践していますので農薬は使えません。そもそも、超蝶には並みの農薬では効果がありませんしね」
「そうなの? あ、だったら、カイに一掃してもらえば…」
あいつの邪剣なら器用に超蝶だけを一掃できるだろう。
そんなことを考えつつさっきまでカイが立っていた方へ視線を向けるが、そこにカイの姿はない。
「って、あれ? カイ、どこ行った?」
「カイ様でしたら、あちらに」
ハルに示された方を見てみると、そこには騎士団員達の輪に加わっているカイの姿。『やっぱ、戦闘におけるカッコよさって大事だよな』とか言いながら、騎士達と熱く語り合っている。
………。
ポンコツ勇者に対してミーアと共に冷たい視線を向けていると、幸運鬼達がわなわなと体を震わせ始めた。
「これ以上、僕達の菜園で好き勝手されるのは我慢なりません」
「近衛騎士団も勇者も頼りにならないなら、僕達がなんとかしないと」
鋤と鍬を高く掲げて気勢を上げるものの、なんだかとても弱そうだ。
「えっと…、とりあえず直ぐにカイを呼び戻してくるから、あいつに任せた方が…」
「ヒイロ様、そんなに心配なさらなくても良いと思いますよ」
「え、でも…」
「幸運鬼は、超蝶が相手であれば大きなアドバンテージを有しています」
「アドバンテージ?」
「はい。超蝶はバタフライエフェクトを応用した気象操作で攻撃してきますが、幸運鬼は気象予報が得意です。超蝶の攻撃はまず彼等にあたらないでしょう」
「ヘェ、ソウナンダ」
理解さん、再度の諦めモードへ…。
「それに、彼等には奥の手もあるようですし」
「奥の手?」
そんな会話をしていると、急に不安気な表情を浮かべた鍬持ってる方へと鋤持ってる方が励ます様にして語り掛ける。
「でも、僕達にできるかな…」
「僕達ならできるさ。諦めたらそこで試合終了だよ」
「うん…、そうだね…。僕達も、いよいよ殻を脱ぎ捨てて大空へ飛び立つ時が来たんだね」
二人は目を見合わせると力強く頷く。そして、その場に縮こまると動かなくなった。
「え? どうしたの?」
困惑していると、その様子を見てハルが呟く。
「どうやら羽化の準備に入ったようですね」
「うん?」
理解さん、諦めたら試合終了らしいですよ?
だが、理解さんは相変わらず諦めモードである。
「ああ見えて、幸運鬼は鬼やん魔の幼体なんです」
「うん? ……え? こいつら、ヤゴなん?」
「あ、ほら、ヒイロ様。羽化が始まりますよ」
そんな俺の目の前で、幸運鬼二体の背中がぱっくりと割れる。すると、そこから全長1m程の巨大なトンボが現れた。
初めは白かった体がみるみるうちに色づくと、トンボ達はその場から飛び立つ。そして、一匹が近くの黒い物体の上にとまり、一匹がそのまま空中に留まる。
どうしよう。鋤と鍬で区別していたのに、どっちがどっちだかわからなくなった…。
現実逃避気味に割とどうでもいい感想を抱いていると、飛んでいる方が声を掛けてきた。
「これで超蝶討伐の為の条件はだいたい揃いました。後は、ヒイロさんの協力さえあれば完璧です」
「え? 俺?」
困惑していると、すかさずハルが説明を始める。
「鬼やん魔は単体では大した攻撃ができません。ですが、人の頭部に結合することで、その真の実力を発揮することができます」
「いや、それ絶対ロクなことにならないやつじゃん」
俺の頭に狙いを定めてスイッ、スイッと近付いてくるトンボに対して警戒心を露わにしていると、もう一匹のトンボがとまっていた黒い物体が急に立ち上がった。
突然のことに驚きつつもよく見てみると、それは褐色の肌で頭から角の生えた大男。
「バルザック!?」
そんな俺の驚きの声には何の反応も示さず、白目を剥いて頭に巨大トンボを乗せたバルザックはノソノソと歩き始める。その先に有るのは丁度収穫時期を迎えている大豆畑。
すると、バルザックは徐に枯れた大豆の苗を刈り取り始めた。そして、刈り取った大豆の苗をそのまま頭上のトンボの口元へ運ぶと、トンボがそれを丸ごと飲み込む。
次の瞬間、トンボが腹部を丸めてお尻の先をキャベツ畑に向ける。刹那、その先端から勢いよく何かが打ち出され、ひらひらと舞っていた超蝶を撃ち抜いた。
唖然とする俺の頭に、飛んでる方の巨大トンボが迫ってくる。
「あんなふうにヒイロさんが大豆を刈り取ってくれれば、僕が脱穀して撃ち出します。さあ、協力して超蝶を倒しましょう!」
そんなことを宣いながら俺の頭部を狙ってくるトンボを寸でのところで躱す。
「どうして避けるんですか。大丈夫ですよ、僕も鬼じゃありません。ちょこっと頭の中を弄り回して僕の思い通りに動くように改造するだけですから」
「いや、鬼やん」
「大丈夫ですよ。自分の意思で体を自由に動かすことはできなくなりますが、意識だけはきちんと残しておきますから」
「鬼! 悪魔!」
「ヒイロさん。僕達、鬼やん魔の御眼鏡に適うなんて滅多にない名誉なことなんですよ」
「周りの状況に合わせてころころ変わる色眼鏡で俺の何がわかるって言うんだ!」
そうやって俺が逃げ回っている間にも、白目を剥いたバルザックが大豆の苗を刈り取ってはトンボの口元へと運ぶ。そして、トンボはそれを丸ごと食べては対空機関砲よろしくお尻のところから大豆を打ち出す。
超蝶達も反撃を試みるが、バルザックはまるで予知でもしているかのように的確に竜巻を避けながら収穫を続ける。
すると、俺を追いかけていたトンボが急に方向転換した。
「仕方ない。こうなったら最終手段だ」
そう言うとそのままバルザックの方へと飛んでいく。そして、既にバルザックの頭に止まっているトンボを少しだけ押し退けるようにしながらその頭にとまる。
頭の左右に巨大なトンボを乗せた大男の大豆収穫スピードが加速すると共に対空砲火も激しくなる。
そうして畑一面の大豆を刈り終えるころには超蝶達は全滅していた…。
すると、トンボ達が呟く。
「ふう、一仕事終えた後は気分がいいですね」
「やっぱり、皆で協力すると収穫も早く終わりますね」
「目的変わっとるやん」
そもそも、大豆、盛大に撒き散らかしとるやん。
荒れ果てた畑を呆然と眺めていると、ハルが声を掛けてくる。
「そういえば、御存じですか?」
「何を?」
「鬼やん魔も超蝶と同じく虫捕りの媼の思い付きによる生体実験の末に生み出された生体兵器らしいですよ」
俺は今、猛烈に生みの親の顔が見てみたいよ。
ヒイロ 「ねぇ、小説なのにときどき唐突に作画コストを削減しようとしてくるの何なの?」
白狐 「いや、だって、作者はどちらかというと漫画を描きたかった人だし…」
ヒイロ 「絵心もない癖に」
白狐 「………」 (´・ω・`)
実際、作者は話を考える時、頭の中では割と画像としてイメージしている節がある。そのイメージを現実の画像としてアウトプットできるだけの絵心がない為に文章に落とし込んでいるのである…。まあ、文才の方も微妙だが…。
ちなみに、一応、文章で書くと決めてからは文章だからこそのネタも考えるようにしている。
いずれにしても、絵心も文才もない為にネタにはしりがち…。というか、この作品がギャグになったのってそれが理由だし…。
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Q カイが並べ立てた五択、正解はどれだったの?
A 全部です。
ヒイロ 「だから管理棟に戻ってきたハルは籠いっぱいの野菜を抱えていたの!?」
白狐 「ちなみに、今回登場しなかったウォルフさんは、管理棟の裏手辺りでオーギュストさん相手にずっと講義を続けていました」
ヒイロ 「どいつもこいつも!」
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白狐 「コスプレミーア、近衛騎士団バージョン」
ヒイロ 「おい、一体だけ毛色の異なるワンコが混じってんぞ?」
白狐 「いや、だって和留津には自前の麿眉があったから、つい…」
ヒイロ 「あれは麿眉というわけではないが…」
白狐 「ちなみに、コピペ騎士団…じゃなかった、近衛騎士団は、この世界で昨年行われた世界水泳のアーティスティックスイミングの覇者です」
ひょっこり半蔵 「つまり、儂等が倒すべき相手ということか」
ヒイロ 「勝手にやってろ」
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子得ノ盗