069 カイトウ
王都ヘレニウムの商業地区にある美術館の一室。その中央に配置された展示ケースの中には、一枚の予告状が展示されている。
「ヒャッハー! これが怪盗マウスユングと怪盗Carnivoraが狙っているという、怪盗マウスユングと怪盗Carnivoraからの予告状か」
「何をしているんだ、モヒカン。まずは関係者への挨拶が先だ」
「リーゼントの言う通りよ。まずは今回、快くこの美術館の展示スペースを提供してくれた館長へ御礼を言いに行かないといけないわ」
「そうだったな。すまない、リーゼント、カメン」
………。
さて、唐突な展開についていけていない人も多いことだろう。だが安心してほしい。俺もついていけていない。
ネズミが置いていった妙な予告状を受け取った後、俺達は警察へと通報した。そして、やってきた警察官に財布を落としていった男の話をして財布と予告状二枚を渡したんだ。すると、その警察官が急に慌てだしたかと思へばどこかへと連絡を取り始め、その結果………、こうなった。
………。
うん。ここまでの記憶を辿ってみても、正直、何が何だか全くわからん。
わけもわからぬまま目の前の色物警官三人衆を見つめていると、そこへスーツ姿の恰幅の良い男が現れた。
「今回警備を担当される警察の方々ですね? 私は当美術館館長のアートです」
「これはご丁寧に。俺はリーゼント。この二人は同僚のモヒカンとカメンです」
「ヒャッハー!」
「うふふ、カメンよぉ」
「それにしても、今回は急な話にもかかわらずご協力頂き感謝します。この場所が確保できなかったら、危うく警察署の遺失物保管室で怪盗を待つなどという情緒の欠片も無い展開になるところでしたからね」
情緒とか要らんやろ。
なにやらわけのわからない事を言い始めたリーゼントに内心でツッコんでいると、ふと彼が着ている長ランの背中が視界に入る。そこには『4 6 4 9』の文字。
アラビア数字だと!?
目の前の様子を呆れ気味に見つめていると、俺の隣で話を聞いていたカイが館長達のところへ近付いていく。
「そうだよな、やっぱり怪盗との対決にはシチュエーションって大事だよな」
「おや? あなたは?」
「俺はカイ、勇者カイだ。渡りかけた危ない橋だ、俺も警備に協力させてもらうぜ」
「危ないのはお前の発言だよ」
俺達は別に危ない橋を渡る気はない。しかし、そんな俺のツッコミには誰も反応を示さない。まあ、いつものことだ…。
「ヒャッハー、勇者の協力が得られれば百人力だぜ!」
「うふふ、協力に感謝するわぁ」
「それでは、早速警備体制についての話をしましょう」
色物警官三人衆がカイを歓迎していると、そこへ何者かが声を掛けてきた。
「ちょっとお待ちなさい!」
そう叫びながら現れたのは立派な身なりのご婦人。
「李婦人、どうしてこちらに?」
「”どうして?”ですって? 今回の警備、私自らが陣頭指揮を執ると言っておいたはずですよ、アート」
その女性が現れるなり、俺の隣で和留津をモフモフしながら戯れていたウィルが顔を上げた。
「あっ、誰かと思えば李さんじゃないですか。お久しぶりです」
「ウィリアム…?」
声を掛けられてこちらに気付いた婦人が、ウィルを見るなり困惑したように呟いた。すると、カイもこちらを振り返りウィルへと問い掛ける。
「ウィル、知り合いか?」
「はい。彼女は威内斯商会と良きライバル関係にある推Man商会の会頭、李さんです。どうしてここに…って、そういえば、この美術館を設立したのは推Man商会でしたね」
「そうなのか。まあ、何にしても、あんたが今回の責任者ってことだな? この勇者カイ、協力は惜しまないぜ」
「僕も微力ながら協力させてもらいますよ」
カイとウィルが改めて協力を申し出ると、婦人が恭しい態度で口を開く。
「推Man商会の会頭として正式に回答致します」
そして少し間を置くと、キッと鋭い視線を向けて言い放つ。
「お断りよ!」
「「え?」」
「今回の警備は彼等が担当するわ」
そう言いながら婦人が指を鳴らすと、突然、照明が落ちて辺りが闇に包まれる。
直後、部屋の一か所がスポットライトで照らされた。そこには、赤い服を着てなにやら恰好良さげなポーズを決めているイケメンの姿。
「俺と一緒に危険な恋をしてみないか?」
そんな台詞と共にその正面の空中に『俺と一緒に危険な恋をしてみないか? 赤 CV:赤』という文字が浮かび上がる。
俺が言葉を失って立ち尽くしていると、さらにそのすぐ隣がスポットライトで照らされた。すると、これまた赤っぽい服を着てなにやらカッコイイポーズを決めているイケメンの姿。
「お前の熱い視線、いつも感じていたぜ?」
そして、これまたその正面に『お前の熱い視線、いつも感じていたぜ? 紅 CV:紅』という文字が浮かび上がる。
……。
何この乙女ゲームの攻略対象者スチル画面みたいなやつ…。CVも何も本人やん?
俺の頭の中では、ゲーム機のリセットボタンにそっと手を伸ばした理解さんの腕を、現実さんが掴んで止めながら首を横に振っている。お願い、リセットさせて?
そんな風に呆然とその様子を眺めていると、さらにその隣が照らされる。
「俺がお前に、真の愛っていうものを教えてやるよ」
『俺がお前に、真の愛っていうものを教えてやるよ 真紅 CV:真紅』
「作ろうぜ、ひと夏の思い出」
『作ろうぜ、ひと夏の思い出 臙脂 CV:臙脂』
「おいおい、俺に会えたからって興奮しすぎんなよ?」
『おいおい、俺に会えたからって興奮しすぎんなよ? 薄紅 CV:薄紅』
「燃え上がるようなひと時を、お前と…」
『燃え上がるようなひと時を、お前と… 丹 CV:丹』
「俺色に染め上げてやるよ」
『俺色に染め上げてやるよ 蘇芳 CV:蘇芳』
「俺に会いたけりゃ、鳥居の下で待ってな」
『俺に会いたけりゃ、鳥居の下で待ってな 朱 CV:朱』
「夕陽に向かって走ろうぜ」
『夕陽に向かって走ろうぜ 茜 CV:茜』
「見せてやるよ、情熱という名のパッション」
『見せてやるよ、情熱という名のパッション 緋 CV:緋』
「「「「「「「「「「全員揃って、個性派イケメンアイドルユニット、『十人十色』!」」」」」」」」」」
「ほぼ赤寄りなんだけど!?」
しかも、全員似たり寄ったりの背恰好に髪型、そして、全員揃って俺様系のイケメン。さらに言うなら皆揃って頭の悪そうな台詞(特に後半)。全員の傾向が偏り過ぎていて、個性なんてものは完全に埋没してしまっている。
俺のツッコミが響き渡る中、照明が戻って室内が明るくなっていく。すると、そこにはドヤ顔を浮かべる婦人の姿。
「彼等は現在売り出し中の推Man商会の推しMen’s達よ。あと、私の個人的な推しメンは茜よ」
「いや、今アイドルユニット関係ないだろ!?」
あと、あんたの個人的な推しには一切興味がない。もう暫くすれば日も沈むし、勝手に夕陽に向かって走り去っていってほしい。
「関係はあるわ。彼等のデビューイベントを企画していた時に今回の話が舞い込んできたのよ。怪盗との対決なんていうおいしい話、利用しない手はないでしょう?」
警備する気あります?
「だからこそ、あなたみたいな有名人に警備に参加されて話題を持っていかれてしまうと困るのよ」
「有名人だなんて、そんな…」
カイが照れながら呟いていると、婦人は俺に鋭い視線を向けた。
「そう、勇者パーティの一人でもある『タワシマスター』ヒイロ。あなたみたいな有名人に参加されると彼等の存在が霞んでしまうのよ!」
「俺にまとわりつくその汚名を霞ませてくれ!」
そんな切実な叫びを上げる俺のことを、カイが『有名人って言われたからって調子に乗るなよ?』とでも言いたげに睨み付けていた。
乗ってねぇよ。
「最近、さらに名前を売る為に威内斯商会の協力で『魔女っ娘♂ヒイロン』としてデビューしようとしているみたいですけど、そうは問屋が卸しません。この国のエンタメ界の頂点は、推Man商会の推しMen’s達が頂くわ!」
「そんなことは、ヒイロ様のマネージャーである私が許しません」
「ハル!? いつからマネージャーになったの!?」
「そうですよ。威内斯商会がプロデュースするんですから、この夏の話題は『魔女っ娘♂ヒイロン』が総取りさせてもらいます」
「もう嫌だ、この人達!」
本人の意思を無視して勝手に話を拡大させていかないでほしい。熊がこの場にいないのはせめてもの救いだろうか…?
そんな傷心の俺の足にミーアがすり寄ってくる。
慰めてくれるのかい?
その場にしゃがんでミーアをモフりながら癒されていると、カイが口惜しそうにしながら呟く。
「クソッ…。ヒイロが調子に乗っちまった所為で、俺の見せ場が奪われちまうなんて…」
なんでもかんでも俺の所為にするのはやめてもらいたい。
すると、婦人が少し考えるような素振りをみせた。
「でも、そうね…。どうしてもというのならばあなた達にも活躍の機会をあげるわ」
「本当か!?」
その発言に食いついたカイに向かって婦人が見下す様にして言い放つ。
「あなた達、噛ませ犬になりなさい。現れた怪盗に勝負を挑んで無様に負けるのよ」
「なっ…、どうして俺達がそんなことしないといけないんだ!」
「十人十色のPRの為よ。あなた達でもそのくらいの役には立つでしょう?」
「ふざけんな! お前は勇者とタワシマスターを何だと思ってるんだ!」
「とりあえず、俺を巻き込むのやめて?」
婦人の発言に対して怒り心頭に発するカイ。すると、こちらに向かって婦人の後ろから十人のイケメン達が口々に声を上げる。
「おい、お前達。李婦人の言うことが聞けないっていうのか?」
「そうだ、李婦人が赤だと言ったら、それが何色であろうともそれは赤になる。それが世の摂理ってもんだ」
「李婦人こそが正義!」
「李婦人が死ねと仰ったのならば、笑いながら死ね!」
「そうよ、私の野望に貢献できることを誇りに思いなさい」
「え…? 何この李婦人…」
そんな李婦人に困惑していると、リーゼントが口を挟んできた。
「しかし、李会頭。今回予告状を送ってきた怪盗マウスユングと怪盗Carnivoraは、今まで活動が確認されたことのない未知の相手です。ここは万全を期す為にも、勇者一行の協力を仰ぐべきかと」
「フフッ。もちろん、私も彼等だけで警備ができるとは思っていないわ。だからこそ、今回はアドバイザーとして怪盗の天敵にも協力を仰いでいるのよ」
「怪盗の天敵…?」
「フハハハハハ!」
婦人とリーゼントが話していると、突如として天井から笑い声が響き渡った。驚いて見上げてみると、黒いシルクハットとマントを身に纏い目元を隠す仮面をつけた半ズボン姿の少年が天井にへばりついている。
「何!? 予告の時間にはまだ早いはず」
リーゼントが驚いた様子で声を上げると、その少年が『ショタッ』という音と共に華麗に着地を決めた。
おい、擬音がおかしい。
そんな怪しさ100%の少年を前にして、皆一様に警戒して構えをみせる。そんな中、婦人がシレッと言い放つ。
「彼は今回協力を仰いだアケチ探偵社の職員よ」
「いや、むしろ怪盗の方だろ!?」
そんなツッコミはスルーされ、目の前の怪しい少年が恭しい態度で礼をする。
「どうも、初めまして。僕はアケチ先生の助手の少年探偵、改心二十面相です」
「心入れ替えてるぅ!」
「先生は今、王都観こぅ…じゃなかった、所用の為に出かけていますが、予告の時間までにはこちらにいらっしゃる予定です」
今、観光って言いかけただろ。
「ですが安心してください。こと怪盗に関しては、僕も一家言を持つくらいに詳しいですから」
「それは本当か?」
「はい。何と言っても、僕も少し前までは名の知れた怪盗でしたからね」
「そうなのか。でも、そんな奴がどうして探偵の助手なんてやってんだ?」
カイが興味津々に尋ねると、二十面相が物思いに耽り始めた。
「そうですね、少しお話ししましょう…」
いや、別に興味無いんだが…?
「あれは、ある夏の出来事でした。とある病院の院長室に展示されている絵画を狙っていた僕は、看護師に変装して病院に潜入していました。そんなある日、院長の回診に同行していた僕の前に入院患者に扮したアケチ先生が現れたんです。そう、アケチ先生は僕がその病院に潜入しているという情報をどこかで入手して、罠を張って待ち構えていたんです。アケチ先生の変装はなかなかのものでしたよ。開頭手術を終えたばかりの患者に扮することで、自然に顔を包帯で隠していたんですから」
「開頭手術なら、顔にまで包帯を巻く必要はあるのかな?」
顔を隠したいなら、もっと別の理由にするべきだったと思うよ? というか、そもそもそれって変装なの?
「それでも、僕だって変装のプロですからね、アケチ先生の正体には直ぐに気付きました。僕は、まだ僕の正体にまでは気付いていないアケチ先生をその場で始末してしまおうと考えて、空気を混入させた点滴の針を刺そうとしました。しかし、その時でした。アケチ先生は、プリティな少年が看護師をしているという些細な違和感に気付いて僕に会心の一撃をくらわせたんです」
「些細かなぁ?」
「床に倒れて涙目で見上げる僕の姿を見て何かに目覚めた先生は、その瞬間、事務所の職員を全て少年にすることを決意したそうです」
「あれ? 急に何の話になったの?」
唐突なアケチ先生の趣味の話に困惑する俺をよそに、カイが口を挟む。
「なるほど。さすがは怪盗の天敵。凄い探偵なんだな。そんな探偵と勇者の共闘、熱い展開じゃないか!」
「さあさあ、それではアケチ先生がいらっしゃるまでに警備体制について固めてしまいましょう」
「アケチ先生とやらの意見は聞かんのかい」
「アケチ先生の御手を煩わせるまでもありません。こんな初めて名前を聞くような新参者の犯行予告なんて、僕の愛刀『怪刀欄間』の力で鮮やかにスパッと解決してやりますよ」
「快刀乱麻!」
思わず声を上げた俺を尻目に、二十面相は腰に下げていた巨大な刀を抜き放った。
すると、露になったのは木製の刀。その幅広い刀身には花鳥風月の透かし彫りが施されていた。
何その芸術性の高い木刀…。強度大丈夫か?
妙な不安感を抱いていると、婦人が咳ばらいを一つして話し始める。
「さて、先ほども申しました通り、今回の現場指揮は私が執ります。その上で、今回の警備方針をお伝えしましょう。……と、その前に…」
そこまで言うと婦人が俺を見据える。
「美術館の展示物が怪盗に狙われているとわかった時、どう警備するのが最適かわかるかしら? 答えてみなさい、タワシマスター」
「タワシマスター言うな」
「…いえ、今この場では十人十色のライバル、魔女っ娘♂ヒイロンと呼ぶべきだったわね」
「魔女っ娘♂ヒイロン言うな」
「口答えを許した覚えはありませんよ。あなたは聞かれたことにだけ答えなさい!」
ほんと、何この李婦人…。
「さあ、答えなさい、魔女っ娘♂ヒイロン!」
「…えぇ……。…とりあえず、展示を取りやめて金庫の中にでもしまっておくのが一番いいんじゃないですか…?」
仕方がないので、困惑しながらも正直に思ったことを話してみる。
だが、こうして改めて考えてみると現状の異常さが際立つな…。自分の予告状を盗みに来る怪盗って何? そんでもって、どうして予告状が展示されてんの?
遠い目で展示ケースを眺めつつそんなことを考えていると、婦人は俺に蔑むような視線を向けてきた。
「フッ…。浅いわね、魔女っ娘♂ヒイロン。そんな模範解答みたいな貧困な発想で、エンタメ界の頂点に立とうなんて片腹痛いわ。ここは、あえて一度怪盗に目的の物を盗ませて、それを取り返すという見せ場を作るべき場面よ」
「残念ながら、今はエンタメじゃねぇんだわ」
苛立ちながらツッコミを入れてみるものの、『さすが李婦人』『深いお考えだ』などと騒ぎ立てる十人十色の声にかき消される。
「そういうことなので、あの予告状が一度怪盗達の手に渡るまでは、怪盗へ手出しすることを禁じます。いいですね?」
念を押す婦人に対して皆が納得したように頷いた。納得いかないのは俺だけだろうか?
そして、婦人は展示ケースの方へと視線を向けると、その周囲に立っている男女へ向かっても念を押す。
「そこのあなた達も、いいですね?」
「「え?」」
急に声を掛けられて不思議そうに振り返る男女。
その二人の姿をよく見てみると、ねずみ色の装束を着て頭にねずみ色のバンダナを巻いた金髪の男とレオタード姿の女。
………。
一瞬の沈黙の後、男はこちらを向いたまま徐に腕だけを振り上げると、それを振り下ろして展示ケースを叩き割る。
そして、そこから予告状を取り出すと急にポーズを決めた。
「世の為人の為、悪徳商人懲らしめて、恵まれぬ俺様に愛の手を。齧歯の貴公子、怪盗マウスユングとは俺様のことだ」
「闇夜に輝く可憐な瞳、あなたも虜にしてあげる。食肉目系猫娘、怪盗Carnivora」
突然のことに驚く俺達だが、ふと我に返った二十面相が声を上げる。
「怪盗…? ちょっと待ってください。外はまだ明るい、予告の時間にはまだ早いはずです」
「フッ…、俺様は時間なんかに縛られない」
「だったら、予告状なんて出すんじゃねぇ!」
反射的にツッコミを入れた俺のことなど完全にスルーし、二十面相が険しい顔で二人の怪盗を睨み付ける。
「新参者が…。あなた達には、怪盗の美学ってものがわからないみたいですね。僕が先輩として再教育を施してあげますよ!」
「なんだか良くわからねーけど、俺の出番だな!」
刀を抜き放った二十面相に続いてカイも邪剣を構えて怪盗へと向かっていく。
「カメン、モヒカン、俺達も続くぞ」
さらに、それぞれ木刀、斧、鞭を携えた色物警官三人衆も続く。十人のイケメン達はそんな彼等を値踏みでもするように眺め、その後ろでは李婦人が『さあ、無様に負けなさい』とでも言いたげに見下した視線を向けている。
するとその時、 迫ってくるカイ達の足元に向かってCarnivoraが何かを投げつけた。
「これでもくらいなさい!」
直後、勢いよく走っていた連中が何かに躓いてその場に転ぶ。彼等の足元を見てみると、そこには反射板付き道路鋲が埋め込まれていた。
………。
どうしよう、ミーアの可愛い御目々が『ツッコまニャいの?』と訴えかけてくる。
「さあ、今の内よ」
「フッ、それでは諸君、また会おう」
そうして逃げようとする怪盗を見ながら婦人が怪しい笑みを浮かべる。
「逃がさないわ。さあ、出番よ、十人十色!」
それを合図に十人のイケメン達が一斉に走り出し、そして、あっという間に二人の怪盗を取り囲んだ。
「そう簡単に逃げられると思うな」
「見ての通り十対二」
「数の差は明白だ」
「お前達に勝ち目はない」
「それがわかったら」
「おとなしく捕まりな」
「おっと」
「卑怯だなんて言うなよ?」
「世の中は理不尽なものなのさ」
とりあえず、一人ずつ喋るのやめろ。鬱陶しい。
「そう、世の中は李婦人のものなのさ」
何言ってんだ、こいつ。
そんなイケメン達に苛立っていると、怪盗マウスユングが不敵な笑みを浮かべる。
「フッ。こんなことで俺様を捕まえた気になるなよ。数の差だって? それをいうなら、俺様には一個連隊に匹敵する戦力がある」
「負け惜しみを」
「負け惜しみ…? それは、これを見てから言ってもらおうか。出でよ、『Very Important Intelligence Infantry』、略して『最重要諜報歩兵連隊』」
「それは、略じゃなくて訳だ!」
しかも意味がわからない。
「…………略して、VIII!」
「言い直した!?」
しかも略称というには少し飛躍しすぎだ。むしろ通称?
そんな俺の叫びが響き渡る中、館内がカタカタと微かに揺れ始める。すると、扉の隙間や通気口から次々と軍服に身を包んだネズミの大群がなだれ込んできた。
怪盗二人を取り囲む十人をさらにネズミ達が包囲する。すると、そのネズミの大群の至る所で黒い靄が集まり始め、それが幾つかの塊を形成すると重厚な戦車へと姿を変えた。ただし大きさはネズミに合わせたサイズだ。
「そして、これがVIIIが運用する専用の装軌車両、VIII号戦車だ」
「歩兵連隊とは!?」
俺のツッコミは戦車砲の一斉射撃の爆音によってかき消された。
集中砲火を浴びるイケメン達が為す術無く逃げ惑う中、ネズミ達の隙を突いてカイがマウスユングに向かって一気に駆け出した。すると、禍々しい笑みを浮かべる邪剣に何か不穏なものを感じたのか、リーゼントが声を上げる。
「勇者カイ。裁判なしに始末するのはまずいです。そいつらは捕縛してください」
「何!? …わかった、任せとけ!」
そう答えると、カイはマウスユングに向かって大きな口を開いた邪剣を振り被る。
本当にわかってるのか、こいつ?
「くらえ! 甘噛み!」
すると、邪剣がマウスユングの体をカプッと優しく咥えこんだ。器用だな、この邪剣…。
マウスユングが拘束から逃れようともがき始めると、カイが勢いのまま邪剣を振り抜く。
「アーンド、リリース!」
「いや、リリースしちゃダメ!」
放り投げられたマウスユングだが、華麗な着地を決めるとネズミ達に指示を出す。
「VIII、その男を始末しろ!」
すると、戦車砲が一斉にカイに向けられる。しかし、一斉射撃が始まるよりも早く、カイが邪剣を振り抜いた。
「そうはさせるか、これでもくらえ! 戦車ヲ喰ラウ者!」
その場の戦車が一掃されると、そこには驚愕の表情を浮かべるネズミ達が残されていた。
「何!? チッ、仕方ない。こうなったら奥の手だ」
マウスユングも一瞬驚いたような表情を見せるものの、すぐに立て直すとネズミ達へと指示を出す。
「緊急指令! 総員に次ぐ。お前達の内に秘めたる真の力を解放しろ。必殺、死の接吻!」
そんなマウスユングの隣でCarnivoraが投げキッスをしているが、おそらく深い意味はない。
それはともかく、緊急指令を受けてネズミ達が一斉に俺達へと狙いを定める。それぞれ手近な対象を見定めると、その対象のある特定の部分へと熱い視線を送り始める。
「こいつら…、俺の唇を狙ってる…?」
おいポンコツ勇者、トキメクな。
熱い視線の向かう先に気付いたカイが頬を染めながら自らの口元を手で覆っていると、ネズミ達は目の色を変えて襲い掛かってきた。
「そのネズミ達に口付けされた者は、あらゆる状態異常に苛まれた挙句、衰弱して命を落とすことになる」
このネズミ達、内にどんな病原菌を秘めてるんですか?
そんなことを考えていると、向かってくるネズミに威嚇を試みるミーアを視界に捉える。しかし、多勢に無勢。劣勢を察したのか、直ぐにすごすごと退散して俺の胸元に跳び込んできた。
シュンとしているミーアをモフりながら慰めていると、ネズミ達が入り乱れて手近な人間の口元めがけて襲い掛かり始める。
それを器用に躱してみせるカイと二十面相、そして色物警官三人衆。十人のイケメン達はネズミ達と情熱的な口付けを交わしながらひと夏の思い出を作ることに忙しそうだ。李婦人はそんな彼等のことを『推しのキスシーンを見るのは複雑な心境だわ…』とか呟きながら見つめていた。はたして、そういう問題だろうか?
俺の隣ではハルが向かってくるネズミを素手で払い除け、少し離れたところでは簡易型スピードメーターを構えるウィルに対して何故かジリジリとゆっくり迫っていくネズミ達。その隣では警察帽を被った和留津が自分の尻尾を追い掛けながらクルクルと回っている。何あの犬のお巡りさん。カワイイ。
俺はといえば、ワンコに目移りした事に機嫌を悪くしてジトッと見上げてくるミーアを抱きながら、いつも通りのコートによるオートガードのお世話になっているだけだ。
その時だ、突然、丹後さんが部屋に駆け込んできた。その胸にはなにやら光沢を放つ黒い立方体を抱えている。
「ウィル、準備ができたわよ」
「あ、丹後さん。ありがとうございます」
「操作アプリはスマホの方へ送ったわ。圧縮しているので解凍してから起動してみて」
「わかりました」
そんな会話を交わすとウィルがスマホを取り出して操作を始める。すると、程なくして丹後さんが抱えていた立方体がふわりと浮かび上がった。
「これは、威内斯商会が開発した小型気象制御装置、その名も、天変地異」
浮かび上がった立方体がカシャッカシャッと音を立てながら組み替えられるようにして変形すると、その隙間から淡い光を放つ。直後、その周囲で放電現象が始まった。
「いい機会なので、ここで性能テストをさせてもらいます」
ウィルがさらにスマホの画面を操作すると、立方体の周囲に風が巻き起こる。それが渦を巻き始めると雷を伴った竜巻へと発達した。
おい、なんてもんを開発してんだ。
呆然と佇む俺の前で竜巻に巻き上げられていくネズミ達。それでもなお竜巻は発達し続け、そしてついに天井を突き破った。
その様子を見ながらウィルが真顔で呟く。
「あの…、丹後さん」
「どうしたの? ウィル」
「……今思ったんですけど…、これって室内で使うような物じゃないですね」
「そうね、ウィル」
「……どうしましょう」
すると、丹後さんは少し考えてから優しく微笑んだ。
「今回の失敗を糧にして次に生かせばいいわ」
「そうですね、丹後さん」
「いや、次を考える前にまずはアレを止めろよ」
勝手に自己完結して笑顔で向き合う二人にツッコんでみるが、俺の相手をしてくれるのは、同情するような表情で俺の肩を前足でポンポンと叩いてくるミーアだけだ。
そんな中、カイが走り出すと、竜巻を前にしてあたふたしている怪盗達の背後を取った。
「くらえ! 甘噛み!」
その叫びと共に邪剣がマウスユングとCarnivoraの体をカプッとまとめて咥え込む。
二人の怪盗が拘束から逃れようともがき始めると、カイは勢いのまま邪剣を振り抜いた。
「アーンド、リリース!」
「いや、だからリリースすんなよ!」
何故同じ過ちを繰り返すんだ、このポンコツ勇者。
マウスユングは不敵な笑みを浮かべると今度も華麗に着地…とはいかなかった。そう、彼等が放り投げられた先には猛烈な勢いで風が渦を巻いている。
悲壮な表情で竜巻に吸い込まれていく二人の怪盗。二人は求め合うようにしてお互いに手を伸ばす。
「ジェリーーー!」
「トーーーム!」
おいこら、名前言っちゃっていいのか? いや、そもそも顔さえ一切隠してないんだけどさ…。
どうやら、怪盗マウスユングがトム、怪盗Carnivoraの方がジェリーという名前らしい。
………。
うん、逆じゃね?
いや、”何が”とは言わないけど…。
俺が別の何かに気を取られている間にも、二人の怪盗はお互いの手を掴んで引き寄せ合うと、まるで最期の時を共に過ごすかのような雰囲気を醸し出しながら抱擁を交わした。
はて、俺はいったい何を見せられているんだろうか…?
ネズミが飛び交う竜巻の中で抱き合う男女を見ながらそんなことを考える。
そのまま呆然と事の成り行きを見守っていると、二人の怪盗はネズミ達と共に空の彼方へと吹き飛ばされていった。
すると、天変地異を停止させる為にスマホを操作していたウィルがふと何かに気付いて空を見上げる。
「あ…。予告状ごと吹き飛ばしちゃった…」
「今回の失敗を糧にして次に生かせばいいわ」
「そうですね、丹後さん」
勝手に自己完結して笑顔で向き合う二人の近くで、カイが悔し気な表情を浮かべる。
「何てことだ、予告状を守り切れなかった…。俺達の負けか…」
……。
正直、あの予告状を盗られたところで俺達は何一つとして困らないんだが? というか、直ぐにでも本来の用途で送り付けられてくるんじゃない?
するとその時、割れた展示ケースにふと視線を向けた二十面相が声を上げた。
「大変です!」
「何だ? どうした?」
その声に一早く反応したカイに続いて、俺達も割れた展示ケースのところへと向かう。
「これを見てください」
割れた展示ケースの中を覗き込むとそこには一枚の予告状。
……あれ?
「どういうこと?」
「どうやら、怪盗達は展示ケースの中の『ペンギンの着ぐるみを盗むと予告していた予告状』ではなく、今回この予告状を展示する為に付けておいた説明文に添えられていた『予告状を盗むと予告していた予告状』の方を持っていったようです」
ややこしいわ。
すると、ウィルが笑顔を浮かべながら少し離れたところで呆然と佇んでいる婦人へと声を掛ける。
「よかったですね、李さん。偶然発生した竜巻のおかげで、怪盗の目的だった予告状は盗まれずに済んだみたいですよ」
「そうね、ウィル。全ては偶然発生した竜巻のおかげね」
「さて、偶然発生した竜巻のおかげで怪盗騒ぎも無事に解決したみたいですし、そろそろ帰りましょうか」
「そうしましょう」
「わふ」
そうして何事もなかったかのように黒い立方体を回収して去っていく威内斯商会の面々。
「予定よりも早くスパッと解決しちゃいましたね。それじゃあ、僕もアケチ先生に合流して王都観光してこようかな」
観光って言い切っちゃったよ。
そう言いながら二十面相も出口へと向かっていたが、ふと何かを思い出したように婦人へと近付いていく。
「あ、そうだ。これ、今回の請求書です」
彼は呆然と佇む婦人の手に請求書を握らせると足早にその場を後にした。
「李会頭、この場を貸してほしいと依頼したのは我々警察ですが、その条件としてあなたが現場指揮を務める事になっていたはず…。つまり、この状況の責任は全てあなたにあるということです」
「そういうわけなのでぇ、この惨状に関して警察は一切責任を持たないわぁ。さて、そんなことより逃げた怪盗達を早く捕まえないといけないわねぇ」
「そうだな、カメン。こうしてはいられない。早急に手配をかけるぞ」
「ヒャッハー」
そんなことを言いながら駆け出していく色物警官三人衆。
そうして残されたのは、廃墟と化した美術館を見つめながら呆然と佇む一人の女性。その周囲には十人のイケメン達がぐったりと倒れている。
………。
「あー…、えっと……。それじゃあ、俺達も帰ろうか…?」
「そうですね、ヒイロ様」
「次こそは絶対に捕まえてやる。勇者の名にかけて!」
「ニャ」
…………。
「………え? 何この理不尽な仕打ち…」
去り際、背後から李婦人がそんなことを呟く声が聞こえた気がした。
数日後、王都から数十キロ離れた地にて、軍服を着た大量のネズミが空から降ってくるという珍現象が発生したらしい…。
===
アケチ 「え? 俺の出番は…?」
※ありません
===
二十面相を見て、ウィルがひそかに思っていたこと…。
ウィル (僕とキャラが被るな…)
※文章だけだから余計にね…。




