006 ユウシヤ ノ シゴト
「ローリエの街が見えてきましたよ」
猫じゃらしでミーアと遊んでいたら、ハルに声を掛けられた。
俺達が乗っている輸送車はちょっとした丘の上を走っており、小窓から外を覗いてみたら街全体を俯瞰することできた。
中央には大きな塔。その周りに街が広がっており、街全体が高い壁で囲まれている。
「中央に建っているのが偃月の塔です」
「偃月の塔? どっかで聞いたような…?」
「カイ様の紹介の時ではないでしょうか?」
そうか、確か偃月の塔の賢者がカイを勇者に推薦したんだったか?
「カイを勇者に推薦した賢者がいる塔か…。この街にあるんだ?」
「はい、そうです。この街にマリオ様がいるおかげで、魔物の襲撃を受けても今のところ大きな被害は出ていません」
「へぇ、そうなんだ…」
賢者マリオか…どんな人だろう?
「そうはいっても、街の人の不安は大きくてね。その不安を解消する為にも、勇者が来たということを大々的に宣伝する予定なんだ」
ウォルフさんがそんな話をしてくれた。
勇者による演説でもやるのだろうか?
***
ローリエの街に到着後、俺達は街の広場まで来ていた。
その広場にはステージが設営されており、そこには『レニウム王国公認 勇者カイ 握手会会場』の看板がかかっていた。
周辺には仮設のテントがあり、『勇者グッズ販売中』の幟が立っている。
テントの下には、数々の商品と共に『勇者写真集 ¥3,000』 『勇者Tシャツ ¥1,500』といったPOPが並んでいる。
この国の通貨は『円』なのか? いや、もしかしたら『人民元』という可能性も…?
いや、今はそんなことはどうでもいいな…。
「これ…何…?」
「街の人達の不安を払拭する為の、勇者のPRイベントだよ」
半ば呆れたように呟いた俺の問いにウォルフさんが答えてくれた。
俺はこれを見て、むしろ不安になったんだが?
多分に政治的要素が含まれている勇者だというのは理解している。
だから、勇者としてメッセージを発したりということは重要だろう。
だが…、方向性が間違っていないか? この国は勇者をどうしたいんだ?
これでは、勇者というよりアイドルだ。
勇者の仕事って何だろう…。
「勇者ってのは、やっぱり人に慕われてこそだよな!」
カイがそんなことを言っているが、お前はそれで良いのか?
イベントが始まった。
カイは、並んでいる人達と順番に握手している。
勇者グッズの販売も順調だ。そして、何故か俺は売り子の手伝いをしている。
はて、俺は異世界に来てまで何をしているのだろうか…?
ちなみに、この国の通貨は『圓』というらしい。
だが、皆『ヒットコイン』とかいう電子マネー(何かを彷彿とさせるが、あくまでも電子マネーだそうだ)を使ってスマホ決済していく為、一度も現金を見ていない。これを使って買い物をすると、『ヒットポイント』が貯まってお得になるらしい。
ちなみに決済音は『Hit!』だ。さっきから何連コンボ発生しているんだろう。さらに追加情報として、偶に『Critical!』という決済音が鳴ることがあるらしい。それが鳴ると『ヒットポイント』が二倍貰えるそうだ。
その時、西の方から爆発音が聞こえた。
「何の音!?」
「ああ、おそらく魔物の襲撃だよ。マリオ様が仕掛けた罠に嵌ったんだろう」
俺が驚いてあげた声に反応し、近くにいたおじさんが教えてくれた。
そのおじさんは、腕時計をして『勇者なりきりセット Ver2』と書かれたカバンを持っている。
なんだ、そのカバン…?
「最近よくこの街に魔物が襲ってくるんだが、マリオ様がいれば大丈夫さ」
「そうそう、魔物が壁を越えてきたことは無いしな」
「勇者様も来てくださったし、もう安心よ」
周りの人々が口々にそう言った。
「でも…」
そんな中、写真集を購入したおばさんが不安気に口を開く。
「…最近は外の魔物なんかより、街の中の治安が良くないのよ。うちもこの間空き巣に入られて、T‐LEX を盗られたのよ」
「あら、そうなの? 私の隣の家もこの間空き巣に入られたみたいなのよ…」
唐突におばちゃん達の井戸端会議が始まった。
このおばちゃん、恐竜でも飼ってるのだろうか?
「どうしたんだ?」
その時、握手会の最中だというのに、カイが近付いてきた。
「あら、勇者様じゃない」
「キャー。近くで見るとやっぱり良い男ね。私、握手券外れちゃったから…」
おばちゃん達が、そんなことを言いながらカイのことをべたべたと触っている。
「最近、空き巣が多いわねって話してたのよ」
「空き巣だって?」
「そうそう、他人の家に勝手に入って家中を物色し、金目の物を見つけるとそれらを根こそぎ持ち去っていくの。時には、家の中に人がいても構わず入ってくることもあるんですって…。怖いわよねぇ」
そう聞いた瞬間、カイが間髪入れずに声を上げる。
「ちょっと待て。それは勇者の仕事じゃないのか!?」
「違うだろ!」
そんな俺のツッコミは見事にスルーされ、隣で聞いていたハルが話し出す。
「確かに、七年前に魔王の討伐を目的として勇者が選定された際には、『勇者の権限及びその行動における影響への補償に関する特別措置法』、通称『勇者特措法』によって、勇者の権限による物資の現地徴収と、それに対する国家補償が行われておりました。しかし、この法律は既に失効しております。
今回のカイ様に関しては、『国家非常事態法』の勇者規定適用による認定となっておりますので、そのような権限は与えられておりません」
…えーっと?
とりあえず、その『勇者特措法』とやらは、ゲームでよくある勇者の行動を法律で無理矢理正当化するものなのだろうというのは理解した。
なるほど、ファンタジーの世界にはそんな裏設定があったのか…って、そうじゃない。
「勇者って法律で規定されてるんだ…?」
「法治国家ですから」
俺の呟きに、ハルからそんな答えが返ってきた。
勇者って何だろう…。
ファンタジーって何だろう…。
「何にしても、勇者の模倣犯を放っておくわけにはいかないな!」
カイは、何故こうも頑なに空き巣を勇者の仕事だと思っているんだろうか?
あと、勇者の模倣犯という言い方をされると、そもそも勇者が犯罪者のように感じるんだが…。
「だが、どうやってその勇者の模倣犯を見つければ良い?」
「…いや、警察に任せておいた方が良いんじゃないか?」
「なるほど、警察に協力を仰ぐのか。頭良いな、ヒイロ!」
俺は警察に任せておけと言ったんだが…。
この勇者、人の話を聞かない。
「よし、それじゃあ早速そこの交番で話を聞こう!」
そう言って、俺の腕を引いていく。
「え? 俺も?」
「当然だろう? 勇者のブレーンなんだから!」
俺はいつからそんな役回りになったんだ?
そんなことを考える俺を、カイはお構いなしに引っ張っていく。
「最近噂の勇者の模倣犯について教えてくれ」
「え? 勇者様…? いきなり何のお話ですか?」
交番に着くなり尋ねたカイに、警官は困り顔だ。まあ当然だろう。
「だから、勇者の模ほぅ…」
「この街で噂になっている空き巣について教えてもらいたいんですよ」
カイに任せても埒が明かないので、彼の言葉を遮りつつ俺から説明をする。
「空き巣ですか?」
「はい。最近、この街で空き巣被害が増えていると聞いて、勇者がその解決に協力したいと言っているんですよ」
俺が、カイを前に押し出しながら説明をすると、警官が少し考えた素振りを見せてから答える。
「…勇者様には、もっと他にやるべきことがあるのではないでしょうか?」
仰る通り。俺もそう思う。
でも、この勇者、人の話聞かないんだもん。
「困っている人を助けるのが勇者の仕事だ!」
カイが言っていることは間違っていない気がするが、それでもやはり役割に応じた優先順位というものがある。
勇者には、もっと他に優先順位の高い仕事があるはずだ。
「そうは言われてもねぇ…。上に掛け合ってもらわないと、私らも勝手に捜査情報を漏らすわけにはいかないしなぁ…」
「それは、俺が探偵じゃないからか?」
「それは関係ないですねぇ」
この警官は、自称探偵に対して情報漏洩を繰り返すような無能ではないらしい。
「組織が違いますからねぇ。勇者様は特殊諜報局(Special Intelligence Agency)所属でしょう?」
「…そうなのか?」
俺も知らなかったけど、お前は知っているべきじゃないのか?
「そうですね、カイ様は特殊諜報局、通称SPINA所属となっています。勇者の称号授与の際に、一通り説明があったはずだと思うのですが?」
「全く覚えてない!」
ハルの説明に対して、カイがきっぱりと言い切った。
ハルが呆れたような目でカイを見ている。
「…そうですか、では改めて説明させて頂きますが、今回の勇者の称号は形式だけです。『国家非常事態法』では非常時における勇者称号の付与についてしか規定されておりませんので、とりあえず特殊諜報局預かりということになっています。ですが、勇者及び勇者パーティは事実上首相府直下に置かれています。また、『勇者特措法』が失効した今、勇者の権限に関して定義された法律は存在しません」
「へぇ~…?」
わかってないな…この勇者。
まあ、この勇者は放っておこう。
「でも、勇者の権限不明ってそれで良いの?」
「…放置国家ですから」
「ダメじゃん…」
「…特殊諜報局の局員としての立場と権限はありますので問題ないでしょう。もっとも、セバスさんの判断でカイ様の権限は制限されていますが…。暴走しそうなので…」
最後に小声でなんか言った…。
まあ、わかる気がするが…。
ところで、何でそこで執事の名前が出てくるんだ?
「何でセバスさん?」
「特殊諜報局の局長はセバスさんですから」
何者なんだ、あの執事…。
ちなみに、ハルも特殊諜報局の局員らしい。