066 キヨセイ オツ
小鳥達のさえずりの中、俺は王宮の自分の部屋で目を覚ました。
上体を起こして軽く伸びをすると、ベッドの上で心地よさそうに寝ているミーアとワルツが目に入る。それと同時に、同じくベッドの上で気持ちよさそうに寝ている(?)タワシゴーレムも目に入る。
………。
俺が遠い目をしていると、ベッドの上で寝ていた三体が目を覚ました。
欠伸をするワルツ、伸びをするミーア、そして、ラジオ体操を始めるタワシ…。
………。
いつまでも現実逃避していても仕方ないので、ベッドから起き上がって朝の支度を始める。そして、一通り身支度を終えて落ち着いたところでスマホを取り出す。
さて、今日のガチャの時間だ。
最近、俺はこのガチャに対して思っていることがある。
このガチャって実はタワシしか当たらないんじゃないだろうか? いや、ヘチマが当たったこともあるけど、それってぶっちゃけタワシ枠だろ?
え? 以前、熱量制御が当たったじゃないかって?
…フッ、フフフ、そんなものは存在しなかった。そう、存在しなかったんだ。いいね?
※ヒイロは熱量制御を無かったことにしたいようだ…。
さて、それはともかく、今回もまたタワシが当たるようなら、これは本格的にタワシガチャ疑惑が濃厚になってくる。
そんなことを考えながらアプリを立ち上げると、画面を操作してガチャ画面をタップする。すると、景品名が表示された。
そこには、明らかに『タワシ』とは異なる文字列。そう、『スチールウール』だ。
………。
いや、金タワシやん? ほぼタワシ枠やん?
俺は、そっと膝を抱えた。
そんな俺のところにワルツとミーアが寄ってきて頭をスリスリと擦り付けてくる。
慰めてくれるのかい?
そうしてワルツとミーアを抱えると、そこへタワシゴーレムが寄ってきて頭をスリスリと擦り付けてくる。
いや、痛いよ。
タワシを擦り付けられたことによる手の甲のヒリヒリとした痛みが俺を現実へと引き戻す。
いつまでも沈んでいても仕方ないので、外へ出かけようと思い立つ。立ち上がってコートを羽織りカバンを肩に掛けると、じゃれ始めたミーアとワルツへと声を掛ける。
「ミーア、ワルツ、行くよ」
そうして部屋から出ようとした時、俺のコートの裾を何者かが引っ張った。ふと視線を向けると、そこには哀しそうな表情を浮かべている(気がする)タワシゴーレムの姿。
そんな哀愁漂うタワシゴーレムが『連れてってくれないの…?』というフリップを掲げた。
………。
いや、俺にはタワシを連れ歩くような趣味は無いし…。
そんなことを考えながらスッと視線を逸らすと、タワシゴーレムが『どうして…? そのカバンの中のタワシは連れ歩いてるくせに…』というフリップを掲げる。
いや、別に連れ歩いてるつもりはないんだが?
すると、タワシゴーレムがキッと俺に視線を向けた(ような気がした)。すると、『私とタワシ、どっちが大事なのよ!』というフリップを掲げる。
いや、どっちもタワシやん?
とりあえず、俺はカバンの中のタワシとスチールウール全てをタワシゴーレムの前にお供えし、タワシゴーレムがそれに気を取られている間にそっと部屋を出た。
するとその時、丁度隣の部屋からカイが出てきた。勇者パーティの外部招集組は王宮内に部屋を借りている為、カイはもちろん、バルザックとオーギュストさんの部屋もすぐそこだ。
「あれ? ヒイロ、随分と早起きだな」
「あ、カイ。おはよう」
そんな風に挨拶をしていると、カイが急に感心したように頷き始める。
「そうかそうか、お前、文化祭の準備とか始まるとワクワクして夜も眠れないタイプだろ」
「おい、急に何の話を始めた?」
「俺もワクワクしすぎて眠れなくてさ」
「だから何の話だ?」
「お前も楽しみで仕方ないんだな」
「ねぇ、俺の話聞いてくんない?」
「そうだよな…。なんといっても、今日から勇者が主演の舞台の準備が本格的に始まるんだからな」
「知ったことか!」
カイが『結局、昨日は全く打ち合わせできなかったからな』とか呟いているが、正直言って俺の知ったことではない。俺を巻き込むことなく勝手にやっていてほしい。
すると、カイがバルザックとオーギュストさんの部屋の扉を叩き始めた。
「おい、起きろバルザック、オーギュスト。今日は大事な打ち合わせの日だぞ。いつまでも寝てるんじゃない」
「ヤメロ。周りの迷惑だ」
俺の制止も聞かずに扉を叩き続けるカイ。すると、オーギュストさんの部屋の扉から幽霊が上半身だけすり抜けて現れた。
「カイよ、いったい何事じゃ?」
「何してるんだ 、オーギュスト。早く準備しろ」
続いて、ホルスタインの着ぐるみパジャマ姿のバルザックが不機嫌そうに部屋から出てきた。
俺の中でのお前のイメージは、どちらかというと黒毛和牛なんだが?
足元でミーアが『気にするべきはそこニャの?』とでも言いたげに俺を見上げている気がする。
「朝っぱらから騒々しいな。いったい何だ?」
「バルザック、何を寝ぼけたこと言ってんだ。早く着替えてこい。今日は大事な打ち合わせだぞ」
何か納得がいかないながらも、カイに促されて準備を整えたバルザックとオーギュストさん×2が部屋から出てくる。
ちなみに、オーギュストさんの本体の方は昨日の魔女の一撃の余波をくらって腰をやってしまったらしい。再び車椅子のお世話になっている。
「ところでさ、カイ」
「何だ、ヒイロ?」
「そもそも、その打ち合わせってのは本当にこんな朝早くからやるのか? 俺はまだ朝ごはんすら食べてないんだけど?」
「安心しろ、ヒイロ。朝食どころか昼食を食べる余裕もあるぜ。打ち合わせは午後一時からだからな」
「だったら、何故二人を叩き起こした?」
俺の率直な疑問に対して、カイは悪びれる様子もなく言い放つ。
「心の準備が必要だろ?」
「何の?」
そんなやり取りをしていると、バルザックが急に怒り出す。
「おい、カイ。いっつもいっつも俺達を振り回しやがって。今日という今日は許さねーぞ。その性根叩き直してやるから表へ出ろ!」
俺を振り回すっていう意味では、お前も大概だよ。
「何だ、バルザック。俺とやろうってのか? いいぜ、相手になってやる!」
はい。そんなわけで、俺達は王宮内にある屋外訓練場まで移動してきました。
………。
あれ? 俺も一緒に来る必要あった?
今更ながらそんなことを考えつつミーアとワルツをモフっていると、目の前でカイとバルザックが対峙する。
「誤るんだったら今の内だぜ、バルザック!」
「誤ってるのはお前だよ」
お前こそがその誤植について謝罪するべきだ。
俺のツッコミに対し、足元のミーアが『ヒイロには何が見えているの!?』とでも言うように驚いた表情で俺を見上げた。
………いや、何も特別なものなんて見えてニャいよ…。多分…。
「ハッ、抜かせ。いつも勝手なことばかりしやがって。俺がきついお灸を据えてやるよ」
「強がっていられるのも今の内だけだぜ。お前なんか、俺の牛肉ヲ喰ラウ者で一発だからな」
牛肉扱い?
カイが掲げる邪剣が禍々しい姿に変貌すると、ニタリとほくそ笑みながら舌なめずりをする。
「舐めるな。お前こそ、俺のメタルアックスの露にしてやる」
バルザックはそう言うと、急に右腕を空に向かって掲げてみせる。すると、何処からともなく羽搏きの音が聞こえてきて巨大な斧をぶら下げた一羽の白鷺が飛んできた。
こいつ、前にもこんなことして潰されてなかったっけ…。
そのまま様子を見ていると、白鷺は斧を投下することなくバルザックの前へと降り立った。
「バルザックさん、意識が戻ったようでよかったです。さて、それでは、こちらバルザックさんへのお届け物です。代金引換なので支払いをお願いします」
「…………そうだな…」
バルザックはやり場を失った右腕をそっと引っ込めると、スマホを取り出して裵さんが持っている端末に翳す。すると、『Critical!』という音と共に決済が完了した。
……前から思ってたけど、こいつ、地味にヒットコインのクリティカル率高いな。
どうでもいいところに気を取られていると、『8』という刻印が入った斧を引き渡した裵さんが天使モードに姿を変えながら俺の方へと歩いてくる。
「おはようございます、ヒイロさん」
「あ…、おはようございます…」
挨拶をしてきた裵さんは、そのまま俺の隣に立つと対峙している二人の方へと視線を向ける。
「この模擬戦、ヒイロさんはどちらが勝つと思いますか」
「え?」
いや、果てしなくどうでもいいんだけど?
まあ、でも、バルザックが勝つところって想像つかないしね。
「……カイが勝つんじゃない?」
一応そんな風に返事をしていると、彼女の肩に一羽のヒヨコが乗っている事に気付く。
「ヒヨコ…?」
思わず呟くと、そのヒヨコがピヨピヨと鳴きながら小さな翼を一生懸命にバタつかせ始めた。翼が三対六枚あるように見えるのは、きっと物凄いスピードでバタつかせている所為だよね?
「え? ああ、この子ですか?」
そのヒヨコの頭の上には、裵さんと同じくリングが浮かんでいる…。
あれ? もしかして、ヒヨコじゃなくて鷺のヒナ?
「まさかとは思いますが、裵さんのお子さんだったり…?」
「いいえ、違いますよ。このヒヨコは私のところへと降臨した天の使いです」
「降臨…?」
ヒヨコがバタつかせていた翼を止めると胸を張ってドヤ顔を浮かべてみせる。
あ、やっぱりその翼三対六枚あるんだ…。
「はい。一昨日の夜、一仕事終えてオノタロウの廃墟で休んでいたところ、急に空に一筋の光が差して、そこからこのヒヨコが現れたんです。そして、星のような眩い輝きと共に私の前へと舞い降りると、たちどころに倒れた大木を、その癒しの力をもって復活させたんです」
「……え? 鷺のコロニー復活しちゃったの?」
「その癒しの力と神々しい姿から、このヒヨコにはラファエルと名付けることにしました」
「名前負けしてません?」
「このヒヨコはきっと、私と同じく何か重要な使命を帯びて地上へと舞い降りた天使なのでしょう」
「黙れ、裵天使」
なにやら誇らし気な顔に苛立ちを覚える。
「…あ、そうだ。そんなことよりも裵さん、あれはいったいどういうことなんですか?」
「あれ、とは…?」
「アレックスさんに送ったタワシですよ。どうしていつの間にかタワシゴーレムなんていう得体の知れないものになってるんですか!」
ふと思い出して語気を強めながら尋ねると、裵さんは不思議そうに俺に視線を向けてきた。
「私はヒイロさんの指示通りにしただけですよ?」
「はぁ? 俺、何か指示なんてしましたっけ?」
「何言ってるんですか、御呪いをかけるように紙で指示してきたじゃないですか」
「え…? いや、あれをそう受け取ったの…?」
正直、あの時の俺にそこまでの深い意図など無かったよ。
「ですから、王宮に出入りしていた辮髪の祈祷師に御呪いをかけてもらったんですよ。私達はただ荷物を運んでいるわけではないですからね、お客様の想いも一緒に運んでいるんです」
「俺の想いは置き去りにされてますけど?」
なにやら誇らし気な顔に苛立ちを覚える。
さて、そんな会話をしている間にも、模擬戦の方ではバルザックがカイの手によって血祭りに………上げられてないだと!?
俺の目の前では邪剣を構えて息を切らしているカイと斧を構えて余裕な表情を浮かべるバルザックが対峙している。
「バルザック…、お前、意外とやるじゃないか…。だが、いつまでも躱し続けられると思うなよ。くらえ!牛肉ヲ喰ラウ者!」
カイは大きな口を開けた邪剣をバルザックめがけて振り下ろす。しかし次の瞬間、邪剣がバルザックをヒョイッと躱してみせた。
すると、カイが悔し気に顔を歪ませる。
「どうしてだ…、どうして俺の牛肉ヲ喰ラウ者がこうも悉く躱されるんだ!」
ああ、なるほど。どうやら邪剣にとってバルザックは牛肉判定ではないらしい。
ミーアが、『ヒイロはあの邪険の何を知っているの?』とでも言いたげに俺を見上げている。
………。
最近、この世界に毒されつつある俺の代わりにミーアが健気に頑張っている気がする。
そんなことを感じつつ労いの意味も兼ねてミーアの顎の下を撫でていると、バルザックがドヤ顔を浮かべた。
「フッ、俺の実力を思い知ったか、カイ」
一応言っておくが、この牛さんは特に何もしていない。ただ突っ立っているだけである。
すると、カイが何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべた。
「そうか…、そういうことか…。どうやら俺は思い違いをしていたらしい…。牛肉ヲ喰ラウ者じゃお前は倒せない…。なぜなら、お前はまだ食肉処理されてないんだな?」
今後も食肉処理される予定は御座いませんが?
「つまり、お前はまだ牛肉じゃない。牛だってことだ!」
というか、今更だけど本当に食われたら洒落にならなくね?
「なあ、カイ。これ以上はやめた方が…」
そんな風に止めに入ろうとした俺の目の前で、カイがバルザックに向かって邪剣を振り被る。
「バルザック、ここからは俺も本気だ。これでもくらえ! 牛ヲ喰ラウ者!」
カイが邪剣を振るうと、それに合わせて邪剣が大きな口を開く。しかし次の瞬間、目の前の男が馬面になり、さらにその角から鹿角がニョキッと生えてきた。
!?
急な展開に邪剣が混乱して口を閉じる。すると、邪剣がバルザックの横っ面にクリーンヒット。バルザックの巨体がきりもみ回転をしながら宙を舞い、勢いよく地面へと叩きつけられた。
そんなバルザックのところへオーギュストさん(幽霊)が近付いていく。そして、その顔を覗き込むと安堵したような表情を浮かべた。
「……ふぅ。一瞬、バルザックが馬面になったように見えてしまったが、どうやら気のせいだったようじゃのぅ」
「確かにそれも気になりますけど、心配するべきはそこでいいんですかね?」
邪剣の一撃を受けて大きく歪んだ顔に、地面に叩きつけられてあり得ない方向へと曲がった手足。
はたして彼は生きているんだろうか?
「グハッ…。この俺に傷を負わせるとは大した奴だ。だが、俺はこんなかすり傷程度で倒れはせん!」
「既に倒れてますが?」
精一杯…というかここまでくると意味不明な虚勢を張るバルザックにツッコんでいると、何処からともなくヒュンヒュンと風切り音が聞こえてきた。
音の聞こえてくる上空を見上げてみると、バルザックの斧が回転しながら落下してくる。
その時、俺の頭の中では、理解さんが管制室のような場所にあるモニタの前に座って軌道計算を始めていた。そんな理解さんが導き出した結果は、もちろん仰向けで倒れているバルザックへの直撃コースだ。
すると、バルザックも斧が自分めがけて落下してきていることに気付いたようだ。その顔が恐怖に歪む(既に歪んでいるが)。しかし、その場から逃げようにも体は思うように動かない。
そして、無情にも斧はバルザックの元へ…。
断末魔が止むと、沈痛な面持ちでカイが呟く。
「バルザック…、いい奴だった…?」
「疑問形かよ」
しかも、殺ったのは他でもないこのポンコツ勇者だ。
その時、俺と共に事の成り行きを見守っていた裵さんが少し慌てたようにバルザックとカイの方へと駆け寄っていった。
「ちょっとカイさん、困りますよ。ウチの金づ…金蔓になんてことしをてくれるんですか」
「いや、俺もまさかこんなことになるとは…。おとなしく牛ヲ喰ラウ者をくらっていれば、証拠なんて何一つ残らなかったはずなのに…」
おい、何を完全犯罪企ててんだ。
追いつめられて観念した犯人のように肩を落とすカイに対して裵さんが続ける。
「バルザックさんが死んでしまったら、ウチの倉庫にある大量の斧が不良在庫になってしまうじゃないですか」
ちなみに、バルザックは大量に造った斧の代金は既に支払い済みらしい。つまり、初めからその大量の斧とやらの所有権はバルザックにある。心配するべきは倉庫代の方ではないだろうか?
※本当に心配するべきはバルザックの安否のはずである。
「仕方がありません。こうなったら在庫一斉処分です」
裵さんがそんなことを呟くと上空に斧をぶら下げた鷺集団が現れた。
「さあ、大地を蹂躙しなさい! 戦斧流星群!」
その裵さんの叫びと共に上空の鷺集団が一斉に斧を投下する。
「何だって!?」
大量投下された斧の前に慌てるカイ。
そんなカイの様子を見てドヤ顔を浮かべるバルザック。
「フッ。見たか、俺の真の実力を」
「いや、お前の実力じゃないだろ!」
………ん?
つい反射的にツッコんでしまったものの何かがおかしいと思ってバルザックをよく見てみると、斧はバルザックの脚の間、股下1cm程のところの地面に突き刺さっていた。
こいつ、本当に悪運だけは強いな。
すると、オーギュストさん×2が顔を綻ばせながら喜びの声を上げる。
「バルザックよ、生きておったのか。危ないところじゃったな」
「そうじゃな、もう少しずれておったらbullからoxにジョブチェンジするところじゃったぞ」
去勢、落つ……?
いや、とりあえず今はそれどころじゃないな。
この状況では、俺達も斧の巻き添えになりかねない。すると、カイが静かな闘志を燃やしつつ口を開く。
「フッ。バルザック、確かにお前は強い…。だが、俺も勇者としてこんなところで負けるわけにはいかないんだ」
こいつら、何の勝負してるんだっけ…?
そんなことを考えていると、カイはキッと鋭い視線を向け斧へと立ち向かう。
「くらえ! 斧ヲ喰ラウ者!」
そうして、その場の全ての斧は邪剣へと呑み込まれた。
「見事だ、カイ。もう、お前に教えることはない…」
見事に戦斧流星群を打ち破ってみせたカイを見届けたバルザックは、そう言うと静かに目を閉じた。
「巨星、堕つ…」
「あいつ、巨星と呼べるほど大物か?」
悼むように呟いた幽霊に対して思わず率直な感想を漏らしていると、裵さんがバルザックの肩を揺さぶり始める。
「ちょっと、バルザックさん、寝ないでください。今使った斧、締めて394本分の代金をまだ頂いていないんですから」
この期に及んでまだ搾取する気なのか…?
ちなみに、394本という数字もおそらく盛られている。だって、鷺そんなに沢山居なかったし。
すると、目を覚まさないバルザックに痺れを切らした裵さんは、肩に乗っているヒヨコに声を掛けた。
「こうなったら仕方がありません。ラファエル、今こそあなたの力を示す時です」
それに応えるようにヒヨコは翼の先端を拳のように丸めると、気合を入れてみせる。
「頑張るぞ!」
おいこら、喋るなヒヨコ。
そうしてヒヨコが翼をバタつかせると、どういう原理かはわからないがふわっと飛び上がってバルザックの上方まで移動する。
すると、ヒヨコの周囲に黒い靄が集まって、その小さな六枚の翼が急に六枚の純白の立派な翼へと成長を遂げた。
そして、その翼でバルザックを包み込むようにして抱えると、辺りがポワッと優しい光に包まれる。
「これこそが、大木を復活させたラファエルの癒しの力です」
裵さんが得意気に語る横で、翼の中から『ボキッ』『グシャ』『ゴキッ』『グチャ』『ジュー』『ドロッ』『ガガガガッ』といった不穏な音が聞こえてくる。
暫くして音が止むと純白の翼が黒い靄となって散っていく。
すると、その中から頭にヒヨコを乗っけたバルザックが現れた。
「ガハハ、生まれ変わったような清々しい気分だ」
爽やかな笑顔を浮かべるバルザックに裵さんが近付く。
「良かった、バルザックさん。さて、それでは斧の代金と治療費の支払いをお願いします」
「え?」
「締めて、このくらいになります」
「え?」
裵さんがそう言いながら電卓をバルザックの顔の前に突き付けると、バルザックの顔が青褪めた。
「おや? まさかバルザックさんともあろう方が、この程度の金額を支払えないなんて言いませんよね?」
「あ、当たり前だ。こ、この程度のはした金、い、いい、一括でまとめて払ってやるさ」
声、震えてますが?
すると、その光景を見ていた幽霊が皮肉交じりに呟く。
「虚勢、乙www」
………。
意外にネットスラングに詳しい幽霊を前にしつつ、俺はその時、朝ごはんをまだ食べていないことを思い出しながら虚空を見つめていた。
お腹空いたな…。
ヒイロ 「………」(無言の圧力)
白狐 「……いや、だって変換したら最初に出てきたから…」
ヒイロ 「だからってそのまま残すなよ」
白狐 「つい出来心で…。一部の誤植についてはここで改めて謝罪します。申し訳ない」
ヒイロ 「でも修正する気はないんだ?」
白狐 「………」(目逸らし)
===
ヒイロ 「あれ? そういえば、この間持ち帰った『7』の斧はどうなったの?」
白狐 「あの斧は裵さんが裏ルートで転売しました」
ヒイロ 「あの鷺、ちょいちょい小銭稼いでんな」
ちなみに、結局バルザックは裵さんとの交渉の末に支払いを分割払いにしてもらったらしい。
いや、そもそも本当に払う必要性があるのかに疑問の余地があるのだが…。
===
ラファエル